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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第7章
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October Story9

どうか、もう少しだけ、あの子といさせてほしい───叶うのか、叶わないのか、不確かな願いを胸に、Jは、帰路につこうとしていた。

 公園から家に帰ってすぐ、蒼太の元に、葵から電話があった。


「今ね、あたし、おじいちゃんの家にいるんだけど」


 葵の声は、ワクワクしているのが伝わってくるものだった。


「お母さんが忙しいからってことで、おばあちゃんがご飯食べさせてくれることになったの!それでね、良かったら、蒼太も一緒にどうかなって思って」


 まだ、父が帰ってくる前だった。


 葵のおじいちゃんとおばあちゃんだったら……と、思い、蒼太は葵の誘いを受けることを決めた。


 葵の祖父母宅は、"素朴な一軒家"といった感じだった。


 広くはなく、かといって狭いわけではないリビングには、大きなダイニングテーブルが置かれていた。


 6人分の椅子が置かれており、蒼太は葵たち家族4人を迎え入れるためのものなのだと理解した。


「優樹菜は友達とご飯食べに行ったんだー」


 席につくと、葵が言った。


「あっ……そうなんだ」


 蒼太は僅かに驚いた。


(何ていうか……優樹菜さんが"遊んでる"っていうイメージが、あんまりなかった……)


 蒼太の中では、誰よりも仕事をきっちりと行い、一時も休むような姿を見せない───それが優樹菜に対するイメージになっていた。


 優樹菜は"ASSASSIN"のメンバーである以前に、1人の女子高生なのだ。学校に仲の良い友達がいれば、その子と時間を合わせて遊びに行くこともあるのだ。


「はい、お皿」


 蒼太の前に、青色をした綺麗な器が置かれた。


「あっ……ありがとうございます……」


 蒼太は葵の祖母───中野 みどりに、ぺこりと頭を下げた。


「ゆっくり、たくさん食べていってね」


 緑子は笑顔を見せた。くしゃりとした、優しい笑顔だった。


 テーブルに並んだのは、秋の野菜を使った煮物と、皿に山盛りになった天ぷらだった。


「蒼太くん」


 奥からした声に、蒼太は顔を上げた。


 台所の方から出てきたのは、葵の祖父である中野 だいだった。


「何か、飲むかい?」


 蒼太は「あっ……」と葵を見た。


 目が合うと、葵は首を傾け、「お茶にする?」と言った。


 蒼太が頷くと、「おじいちゃん、お茶!」と葵が大治に呼びかけた。


「いつもありがとうねえ、あおと仲良くしてくれて」


 テーブルにやって来た緑子が、ニコニコとしながら言った。


「あ……いえ……」


 蒼太は首をぶんぶんと振った。仲良くしてくれていることにお礼をしなくてはいけないのはこちらの方だ。


「何だか、嬉しいねえ」


 緑子はそう、大治を振り返った。


「孫が増えたみたいで」


「そうだなぁ、男の子の孫ができたみたいだ」


 大治は緑子と同じ優しい笑顔を見せた。


 蒼太は「初めて会ったのに、そんな嬉しいこと言ってくれるなんて……」と、視線を下に向けた。


「どう?美味しい?」


 緑子に問われて視線を上げると、葵が「うん!」と元気よく頷いた。


「おばあちゃんの作るご飯いっつもおいしい!大好き!」


 それを聞いた緑子は「ふふふ」と、心から嬉しそうに笑った。


 蒼太は「あっ……」と思った。


 孫を見る目だ───と、蒼太は思った。


 父方も、母方も、祖父母には会ったことのない蒼太にとって、その存在は、未知だった。


 だからといって、祖父母がいないことを悔やんだりしたことは、今までにない。


 ただ、"どんな感じなんだろう?"と想像したことは、今までに何度かある。


 蒼太は、皿に乗った野菜の煮物を見つめた。


 葵が言うとおり、緑子が作ってくれた料理は、とても美味しいものだ。


 こうして、美味しい料理を作ってくれたり、優しい笑顔で見つめてくれて、心から可愛がってくれる───祖父母とは、そういう存在なのかと、蒼太はこの瞬間に、知った気がした。


 視線を上げると、大治の姿が見えた。


 大治は目を細め、葵がご飯を食べる姿を見つめていた。


 その目に────蒼太は、はっとした。


(あの目……)


 "優しい子だな"───そう言った優しい声と、あの時に感じた温かい感情が、蒼太の中に蘇った。


(Jさんも……あの時、同じ目をしてた……)


 ※


 10月の夜は、空気がかなりひんやりと感じられる。


 彼はコートの襟に顔を疼くめるようにして、街灯のない道を進んだ。


 この道は、車も走らなければ、人の姿もなく、植物も生えていない。そういう場所の、そういう道なのだ。


 彼の耳に届く音は、何もなかった。


 僅かに届く光が、ここが死後の世界ではないことを示しているようだった。


 暗がりの中、彼は立ち止まった。


 さっと辺りを見回し、誰にも───何にも見られていないことを確認する。


 彼はその場で屈み込み、地面をトントンと拳で叩いた。


 そうすると、内側から、地面の一部───扉が開いた。


 彼はその中に体を滑り込ませ、扉を閉めた。


 ここは、彼の住居がある地下街だった。


 外の暗さとは裏腹に、温かい光が、先に伸びた道を照らしている。


「Jさん、おかえりなさい」


 右下の方から、声がした。


「ただいま。異常は、なかったか?」


「はい、問題ないです。Jさん、今日は、どちらまで?」


「町の方に行って来た。いつもの場所だ」


「ああ、あの公園ですね。何をされに行ったんですか?」


 彼は、歩く足を止めた。


 この声の主は、Qという名の若い仲間だ。


 彼は土の壁にできた、小さな窪みに目を向けた。


 この奥に、Qがいる。Qはこうして、毎日住人の出入りを管理しているのだ。


 彼は、深く息を吸い込んだ。


「ある───男の子に会いに、な」


「男の子?」


 Qの声が跳ねた。


 住人の自由奔放さを日々誰よりも目にしているはずのQが、ここまでの反応をすることは、滅多にないことだった。


「絵を描いてもらっているんだ。画家になりたいらしく、公園で絵の練習をしているところ、出会ったんだ」


 Qは「へぇ……」と答えた。興味はあるが、興味のない振りを装う時に使う「へぇ……」だった。


「絵、ですか。そういえば、Jさん、前から画家を探してましたよね。その子が適任だった、ということなんですか?」


「そういうことだな」 


「何に使うんですか?その絵」


「それは、誰にも、話すつもりはなかったんだが……そうだな、君には、教えてあげよう。随分と、世話になったからな」


「それは、お互いさまですよ。あ、でもJさん、お話なら、もう少し後にしていただけませんか?まだ、Dさんが帰っていないんですよ。今日は、遅くなるかもって言ってたから、夜中に帰ってくるのかもしれません」


「あぁ、そうか。そうだな。すぐに終わる話ではないから、また今度、時間のある時にしよう」


「はい。よろしくお願いします」


 彼は窪みから踵を返し、奥へと向かった。


 111室───彼は自室の鍵を開けた。


 灯りを点けぬまま、硬いベッドに腰を下ろす。


 老いた身体に、のしかかるものを感じながら、彼は目を閉じた。


 そうして思い浮かんだのは、あの少年の顔だった。


 清水蒼太───公園で出会った、画家を目指す、小学生の男の子。


(見ず知らずの私の身勝手な頼みを引き受け、約束を守り、話を聞いてくれた……)


 なんて、いい子なのだろう───あの時、あの瞬間に感じていたことを、彼は思い出した。


(あの子を傷付けるようなことは……したくない)


 そう、彼はこの瞬間に、強く思った。


 合わせた手指を額に押し付け、彼は深く、頭を垂れた。


 どうか10月31日までの間───あの子と過ごす時間を許してほしい。


 そう、神に願った。


 それが許されるのなら、その後に訪れる断罪は、どんなに恐ろしいものだろうと構わない。

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