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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第7章
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October Story4

私の人生を絵にしてくれないか?───老人が、蒼太に声を掛けた理由とは?

「殺し屋から連絡?どういうことだ」


 飯岡茂の声は焦りと苛立ちを帯びていた。


「まだ殺し屋と決まったわけじゃないですよ」


 舞香が言葉を返した。


「電話で殺し屋を名乗った男性が、殺害されているのが見つかったんです」


 電話越しの飯岡は聞いているこちらがうんざりするほどの盛大な溜息を吐いた。


「けしからん……全くもってけしからん」


 独り言のような飯岡の言葉に、舞香がチラリと視線を上げた。


 亮助が頷き返すと、舞香はスマートフォンに向かって身を乗り出した。


「北山で起こっていて、うちの署に電話がかかってきた、しかも殺し屋が関わった可能性がある事件───これだけの条件が揃っているということは、私たちが担当していいんですよね?」


「何を言っている。まだ、私の頭が追いついていないうちに勝手な判断をするな」


「ですけど、飯岡さん、今回の件は、スピードが命だと思いますよ」


 舞香が言った。


「提示された期間は、今日から2週間。こうしている間にも、時間は過ぎています。人員を手配するより、元いる私たちを使ってもらった方が効率的ではないかと」


「うるさい。そんなことは分かっている。中野、お前は少し黙っていろ」


 飯岡の声が尖った。


「そんなに私たちのことが信用ならないんですか?」


 舞香の目がすっと細くなった。


「お前らに信用などあるか。いつも余計な手出しで私の邪魔ばかりして。お前らに任せるとろくな事にならん───同じことを何度も言わせるな」


「飯岡さん」


 舞香の目に不快と怒りの色が浮かんだのを見て、亮助は口を開いた。


「中野の言う通り、残された時間は長くありません。その中で、俺たちが"使えない"という判断があれば、即座に捜査から外していただいて構いません」


 飯岡は沈黙した。


 数秒後、長く息を吐き出し、


「やれるものならやってみろ」


 と、飯岡は吐き捨てるように言った。


 舞香がしかめっ面をするのを亮助は見た。


「その間、"ASSASSIN"はどうする気だ?」


 問われて亮助は壁に掛かったカレンダーに目を向けた。


 これから2週間の間、自分たち2人は四六時中捜査をし続けることになる。その間で、"ASSASSIN"に何かが起こった時、すぐに対処するということは、難しくなる───。


 だからと言って、2週間を丸々休みということにするには、気が引けた。飯岡は、それで納得しないだろう。


「明日から一日置きに活動───というのは、どうでしょうか」


 亮助はスマートフォンの画面に視線を戻した。


「捜査の合間に、依頼を送れるよう手配します」


 確認の意味を込めて舞香を見ると、真っ直ぐな眼差しと頷きが返ってきた。


「そういうことならば、問題ない」


 飯岡が言った。やけに満足げな声だった。


「"ASSASSIN"さえ動かすことができれば、それでいいんだ。───じゃあな、くれぐれもしくじるなよ」


 ブツリ、と電話は切れた。


 切ったのは飯岡ではなく、舞香だった。


 舞香は息を吐き出し、「クッソじじい」と投げ捨てるように言った。


 亮助はその言葉には答えず、「"ASSASSIN"が関わることにならずに済んだな」と返した。


「そうだね。亮ちゃん、流石だよ」


 舞香はそう笑った後、「だけどほんとにあのじじい」と不貞腐れたような目をした。


「何で、ここが作られたのか忘れたのかな?そんなわけないよね。自分が作ったんだから」


 ここ───特別組織対策室のことだ。


「"殺し屋関与の事件を解決する"───それが本来の目的なのに。今じゃ何?"ASSASSIN"への通過点みたいな扱いしやがって」


「しまいには"ASSASSIN"に殺し屋に関すること全てを任せようとする始末だ」


 亮助は椅子に腰を下ろした。


「本当にどうしようもない男だよな」


「どうやったらああいう物の考え方になるんだろうね」


 舞香が、眉を寄せて言った。


「生まれ育った環境とか?どういう人生歩めばああなるの?」


 生まれ育った環境───その言葉に、亮助は僅かに身体が反応するのを感じた。


 そして、思い出されたのは、ある光景だった。


 開け放たれた障子。

 赤く染まった畳。

 ぶらぶらと揺れた白い足。

 紺色のスカート。

 黄緑色のカーディガン。

 茶髪。

 紫色のロープ。


 亮助は立ち上がった。


「……悪い、少し、外出てくるな」 


 舞香に何かを問われる前に、亮助は背を向けて部屋を出た。


 ※


「私の人生を絵にしてくれないか」───そう告げられた時、蒼太は大いに戸惑った。


 まず、頭に浮かんだのは、何故、自分に───?という疑問だった。


 すると、老人はそれを察したかのように口を開いた。


「実は、長いこと、絵描きを探していてね」 


 老人はそれが事実なのかどうか見極められなきい───表情のない目で言った。


「私は、もう先が長くない。けれど、後世に遺すものを何も持ち合わせていないんだ。何かないかと考えて、自分の人生を絵にして遺したいと思った」


 蒼太はそれを聞いて、戸惑いが増すことになった。


 その話自体は、理解し難いものではなく、

「そういう事なんだ」と思うことができるのだが、一方で、蒼太の中に、大きく浮かぶ疑問があった。


「あの……」


 蒼太は、恐る恐る口を開いた。


「どうして……ぼくなんですか……?」


 老人は蒼太の目をじっと見つめた後、


「君の絵が、素敵だと感じたからだよ」


 そう言った。


 蒼太は出会ったばかりの老人を見つめた。


(何ていうか、この人……)


 蒼太は思った。


(不思議な雰囲気がある……)


 老人は、すっと、僅かに目を背けた。


「断ってくれても、構わん」


 ぽつりと、老人は言った。


「もちろん、無理強いはしない。所詮、これは、私の身勝手な望みにしか過ぎないのだから」


「ただ、な」と老人は再び蒼太の目を見た。


「何度も言うようで悪いが、君の絵は、本当に素晴らしい。私はこれまで、画家を探し歩いてきて、沢山の作品を見てきたが、君の絵が一番だ。シンプルで、純粋で、みずみずしい。何より、君自身が楽しんで描いたことが伝わってくる───さっき見せてもらったのは、君の作品の一部に過ぎないのだろうが、私は心の底から感動した。是非、君に描いてもらいたいと思ったんだ」


 真っ直ぐな言葉だった。真っ直ぐな瞳だった。


 蒼太は、その言葉に、心を動かされた。


 何て優しい言葉を掛けてくれる人なんだろう───そう思った。


「2週間だけ、私に付き合ってくれないか?」


 老人が蒼太の目を覗き込むようにして言った。


「2週間……?」


「2週間───今日から、10月31日まで。その間で、君が来れる日でいい。2週間中、私は、日没まで、ここにいる。どうだろうか?考えてみてくれないか」


 蒼太は「え……」と、答に戸惑った。


(2週間……日没までの、間……)


 だとしたら、平日はまず無理だろう。最近は、本拠地を出る時間───5時過ぎ───にはあたりが暗くなりかけている。


(土日しか来れない……。そんな何日かで、人生を絵にすることなんて……できる……?)


 蒼太は「えっ……ええと……」と目を泳がせた。


(絵のこと、あんなに褒めてくれたのに……)


 断るなんて───してはいけないことだ。


 その時、太腿に感じた振動に、蒼太は、文字通り、飛び上がった。


「あっ……ちょ、ちょっと……ごめんなさいっ……」


 蒼太は老人にあたふとと頭を下げ、ポケットからスマートフォンを取り出しながら、ベンチを離れた。


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