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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第7章
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October Story3

公園で絵を描く蒼太は、前日に見掛けた風変わりな老人から、声を掛けられ───?

 彼は、木々間に作られた道を一人で歩いていた。


 若いカップル、ジョギング中の男性───すれ違う人々は皆、彼のことを物珍しそうな目で見つめてきた。


 その理由に自覚がある彼は、貼りつくような視線をもろともせずに歩き続けた。


 気付けば、並木道は終わりを迎えた。


 先に、塀に囲まれた、大きな池が見える。


 彼は池に向かって歩いた。


 塀越しに覗き込むと、昨日降った雨の影響か、水はどんよりと濁っていた。


 ここに、この中に、生き物は住んでいるだろうか。


 水中に住む者たちは、何を考えて生きているのだろうか。


 そう考えた時、遠くから人の気配を感じて、彼は顔を向けた。


 向こうの道から歩いてくる小さな姿が見えた。


 少年だった。


 おそらく、小学高学年くらいだろう。水色のパーカーに、七分丈のズボンを履いている。


 前方にあったベンチに目を向けると、そこに腰を下ろした。


 リュックを下ろし、中からスケッチブックを取り出す。


 白い髪に、水色の瞳。


 少年は開いたスケッチブックを見つめている。


 彼は、じっと、その姿を見つめた。


("絵描きの少年"……か)


 少年は、スケッチブックに真剣な眼差しを向けている。


 その姿を見て、彼は思った。


 "あの子"も、何かに夢中になる時は、いつも、あんな目をしていた───。


 ───その時。


 彼の頭の中に、ある考えが降ってきた。


 彼は、無意識の内に、歩き出した。


 少年に向かって。


 少年に、話しかけるために───。


 ※


 足音に、蒼太は画用紙から顔を上げた。


 そして、目を大きく見開くことになった。


 つばの広い帽子。黒いコート。灰色のスーツ。


(昨日のおじいさんだ……)


 老人は、真っ直ぐに、こちらに向かって歩いてきている。


 気のせいだろうか───自分のことを見つめているような気がして、蒼太は老人から目を離せなくなった。


 老人はゆっくりとした足取りで、蒼太に近付いてきた。


 そして、ベンチの側で立ち止まった。


 蒼太は、老人を見上げた。


 話しかけられるのだろうか───と思った時、老人は体の向きを変えて、ベンチの空いているスペースに腰を下ろした。


 ほっとした直後、蒼太は居心地の悪さを感じることになった。


 絵を描き始めようと思っていたのだが、隣に知らない人がいる状態でやりたくないと思ってしまったのだ。


(でも……他の場所に移動したら、"人嫌いな子どもだな"って思われるかもしれないし……)


 それは嫌だ───と、蒼太は思った。


 だとすれば、今は我慢するしかない。


 蒼太はそれなりに時間が経つのを待つことにした。立ち上がっても不自然ではないタイミングを探せばいいのだ。もしかしたらその間に老人がこの場を避るかもしれない。


 蒼太はそれまでの間、過去に自分が描いた絵をそれとなしに眺めることにした。


 パラパラと捲って、最初に「あっ……」と思ったのは、海の絵だった。


 水色の空に、青い海。蒼太がこの町で一番好きな景色だ。


 ページを捲る内、描きかけの絵に辿り着いた。


 目の前にある───この公園の、池の絵だ。


 そして、続くページには、昨日ここで描いたばかりの、黒い帽子の絵があった。


(描いてる内に思い出せるかなって思ったんだけど……)


 結局、何も思い浮かばなかった。


 秋の涼しい風が、辺りを流れた。


(あっ……)


 不意に、蒼太の頭に、思い出された言葉があった。


("シルクハット"……)


「絵を描くのが、好きなのかい」


 すぐ側で、しわがれた声がした。


 蒼太は驚きのあまり、ビクッとその場で飛び上がった。


 隣の老人が、じっと蒼太を見つめていた。


「絵を描くのが、好きなのかい」


 同じ質問を繰り返され、蒼太は目を見開いたまま、おどおどと、頷いた。


「そうか」と、老人は答えた。


 そして、老人は視線を僅かに下に向けた。


「少し、見せてもらっても構わないか」


 蒼太は、その視線を追った。


 そこには、スケッチブックがある。


「え……?あっ……え、ええと……」


 蒼太は動揺した。


 老人は蒼太を見続けている。


 蒼太はあたふたと「あ……ちょ、ちょっと……」と返事をし、シルクハットが描かれたページをおぼつかない手付きで剥した。


「どうぞ……」という意味を込めて、蒼太は恐る恐る、老人にスケッチブックを差し出した。


 老人はゆったりとした手付きでそれを掴んだ。


 老人がスケッチブックを捲っている間、蒼太は胸がドキドキするのを感じた。


 老人は一枚一枚をじっくりと眺め、やがて、丁寧な手付きで表紙を閉じた。


「どうもありがとう」


 その言葉とともに、蒼太の手にスケッチブックは返された。


 目が合うと、老人は「上手だな」と言った。


 蒼太は首を振って謙遜した後で、「ありがとうございます……」と礼をした。


 老人は、微かに咳払いをすると、


「この町の子だね?」


 と、静かに言った。


 その、分かっていながら確認するかのような問いに、蒼太はいささか意表を突かれるがまま、「は……はい……」と、頷いた。


「そうか。ここには、良く来るのかい?」


「あっ……ええと……はい……」


 老人は、今度は、「そうか」とは言わなかった。


「ここで、絵を描く練習をしているんだな」


 そう、僅かに柔らかみを帯びた声で言った。


 蒼太はこくんと首を動かして、老人を見つめた。


 痩せこけた頬と首には、くっきりと皺が刻まれている。瞼はどんよりと下がり、目は虚だ。帽子の下から覗く白髪は薄い。


(こうして近くで見ると……結構なおじいちゃんだ……)


 具体的に何歳くらいなのかは、蒼太には判断できなかった。一方で、自分よりずっと年上なのだという実感が、じんわりと湧いてきた。


 老人はすっと首を動かし、向こうを向いた。


 蒼太はその横顔を見つめて、首を傾けた。


(子どもが、好きなのかな……?)


 だからこうして自分に声を掛けてきた───ということなのだろうか。


 風変わりな老人は、長く、息を吐き出した。


 その吐息は、重くて、疲労の色を秘めているように、蒼太の耳に届いた。


 老人が、再び蒼太を向いた。


「将来は、絵描きか?」


 またも唐突な問いに、蒼太は思わず「へっ……?」と声を上げた。


「あっ……えっと……、その……、が……画家になりたいなって思ってます……」


 そう答える声は、言葉が進むにつれて小さくなった。


 老人は、頷いた。その後で「そうか」と言った。


("絵描き"と"画家"って、同じ意味か……)


 蒼太は同じ意味を重複してしまった自分に気が付いた。突然の問いに、焦ってしまったのだ。


 老人は体の向きを変えて、蒼太と向き合うような体制になった。


 間近に目が合い、蒼太はドキリとした、


「会ったばかりでこんなことを言うのはどうかと自分でも思うが」


 老人は、皺の入った薄い唇を動かした。


「そんな君に、頼みたいことがある」


("そんな君に"……?)


 蒼太が首を傾けると、老人はすっと、僅かに───悲しい目をした。


 そして、こう言った。


「私の人生を、絵にしてくれないか?」

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