October Story2
北山警察署に届く、殺害予告の電話。
”第一の殺人”と称された現場へと向かう亮助は、そこで見覚えのある光景と遭遇し───?
10月17日。午前11時6分。
原田有那は受話器を手に取った。
「はい、北山警察署です」
『…………』
「もしもし?聴こえますか?」
有那は呼びかけた。
『……あ、ああ……き、聴こえてる。き、聴こえてるよ……』
返ってきたのは、男性の声だった。
「北山警察署です。どういったご用件でしょうか?」
『あ……あのさ……』
男の声は微かに震えていた
『今から、俺……すげぇ変なこと言うんだけど……どうか、切らずに、最後まで聞いてほしいんだ……』
有那はメモを開き、ペンを握って「かしこまりました」と返事をした。このような電話がかかってくることは、珍しいことではない。
『俺……、殺し屋なんだけどさ』
「えっ───?」
有那は、目を見開いた。
『今……ある男に拘束されて、身動き取れないようにされてるんだ』
「ちょ、ちょっと待ってください……」
振り返って上司を探すも、そこには誰の姿も見当たらなかった。
『こうして電話してるのも、そいつの命令で、それで……、伝言を、頼まれたんだ』
「伝言……?」
『今から……読み上げるな……。───"愚かなる警察諸君。私は神から与えられし力を宿す者だ。私は今日からニ週間の間に、三つの殺人を犯す。諸君が、私の罪を暴き、私の正体に辿り着けるか───私は、それを試そうと思う"』
男の激しい息遣いが、有那の耳に響いた。
『"そして───今宵、この場に、第一の殺人を起こすことを宣言する。───それでは、諸君の健闘を祈る。"』
ブスリ、と鈍い音がした。
直後に響いたのは、何か、重たいものが床に落ちる音。
10月17日。午前11時8分。
第一の殺人が発生した。
※
「“神から与えられた力”、ねぇ……」
舞香は耳から白いイヤフォンを外して、息を吐きだした。
「飛んだ勘違い野郎。自分がしていることは“正義”だって思い込んでるタイプか」
「かなり、大胆でもあるな」
亮助は答えた。
「真っ向から勝負を仕掛けるような真似をして───相当自分に自信があるんだろう」
舞香は「本当に理解できない」というように、大きく肩をすくめた。
赤信号で車が停車すると、舞香は顔を正面に向け、
「原田ちゃん、可哀相にね」
心配げな表情を浮かべた。
「今年入ったばっかりの子なのに、あんな電話受けさせられて。あの子、繊細な方だから、“自分が止められなかったせいだ”とか思わないといいけど……」
原田有那が受けた電話の内容は、すぐさま、特別組織対策室へと伝えられた。録音のデータが出来上がる前、亮助は有那の口から直接事情を聞いたのだが、彼女は大いに動揺していた。
それは、彼女が新人だから───というだけではないと、亮助は思う。
「今までに、例がないよね、こういうケースって」
舞香が亮助の思っていたものと全く同じことを口にした。亮助は「そうだな」と頷いた。
警察に殺し屋が連絡してくる───今までにそんな話は、一度も聞いたことがない。
亮助は信号機の背後にある空が、どんよりとした色をしているのを見た。
信号が青に変わった。
亮助はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
現場と特定されたのは、山奥にある、古い山小屋だった。
かつて人が住んでいた痕跡が薄っすらと残っているが、割れた窓ガラスから除く屋内は昼間とは思えぬほど暗かった。
舞香が玄関のドアを開けると、外の光が暗い室内に差し込んでゆっくりと広がった。
そして、そこに───床の上に、男性の遺体が現れた。
「間違いないね」という視線をした舞香に、亮助は頷いた。
遺体はうつ伏せに横たわっていて、全身が血にまみれている。
「まだ、動かさない方がいいよね」
舞香が言った。
「そうだな。俺たちが現段階で任されたのは、あくまで"確認"だ。上の指示を待った方がいい」
「了解」
舞香は頷き、「私、連絡してくる」と外に出て行った。
上の指示───亮助は自らの言葉を振り返り、息を吐き出した。
今回のこの件には、特別組織対策室の責任者───飯岡茂が確実に絡んでくる。
("ASSASSIN"の名を出すことがないといいが)
流石に、先月の"捜査指揮"の件の直後だ。今の飯岡ならば、事件の解決よりも、"ASSASSIN"が本来の活動を満足に行うことを望んでいるだろう───そう想像したいところだが、実際のところは、飯岡茂本人しか知り得ないことだ。
"ASSASSIN"がこの事件に関わることになる可能性は、1から100の間に存在する───。
亮助はそう考えて、その考えを振り払うためにゆるりと首を振った。
このことは、今考えるべきではない───そう思った。
亮助は血で濡れていない部分を探して床を移動した。
遺体の顔は見えず、この状態では、はっきりとした外傷も特定できない。
この山小屋には、家具など、その他のものは一切残されていなかった。
(拘束されているという話だったが、床に座らされた状況だったということか)
考えながら視線を動かしていくと、遺体の頭から少し離れたところに、ロープが落ちているのが見えた。
変わった色をした───紫色をしたロープだった。
「亮ちゃん?」
後ろから舞香の声がした。
亮助はそこで、自分がその場に立ち尽くしていることに気付いた。
「どうかした?」
声だけで、舞香が不思議がっているのが分かった。
「いや……」
亮助は答えて、ロープから目を離した。
(まさか、な……)
電話の録音を聴いてから微かに感じていた心のざわめきが一気に広がったような気がした。
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