September Story31
光は、今回の事件を依頼してきた、警察上層部の人間に対し、不信感を感じていた───。
蒼太が部屋を出て行ってから、15分が経った。
光は15分の間、事件のことに思いを馳せていた。
被害者は大手企業の社長。殺し屋の犯行である可能性。棺型のチャームの付いたネックレス。酒癖の悪い夫。夫に暴力を振るわれた妻。真実を語った娘。妻の嘘。妻の自首。無罪の証明。真犯人の逮捕。犯人は被害者の友人であり副社長。依頼人は被害者の秘書。
捜査指揮を依頼されてからここに来るまでの出来事が蘇り、光は「それが、もうすぐ終わるんだ」と思った。
この数日間は、光にとって初めての経験ばかりだった。
事件を捜査すること───それが、自分にとってどれほど未知の世界だったかということを、光は知った。
いや───同年代の子たちならば、誰だって普通はそうだろう。事件解決のプロセスを知識として持っている少年少女は、珍しいという言葉で足りない。
(だけど……)
この人は例外かもしれない───と、光はそっと、勇人に目を向けた。
捜査を進める間、勇人は全くと言っていいほど、自ら意見を出すようなことはしなかった。
彼がしていたのは、光にとってすれば、"補佐"のようなものだった。
(たしか……お父さんが警察の人、なんだっけ……)
だからか───と決め付けてしまうのは、いけないような気がした。何処となく、光は、"それだけ"ではない何かを、勇人から感じていたからだ。
この事件が解決したら、この班は解散になる。
ならば───今しかない。
光はそう思い、背筋を伸ばした、
「あの、勇人くん」
呼ぶと、勇人の目が、自分を向いた。
「私、一つだけ、引っかかることがあって」
光は勇人の目を見つめ返した。
「今回の、この事件……私たち"ASSASSIN"に捜査を依頼をしてきた、警察の上層部の人は、"事件の解決"そのものが、目的だったのかなって」
光は「何ていうか……」と、捜査に使われた資料の束を見つめた。
「元々は、私たちが実際に現場に行くことを依頼主さんは望んでたんだけど、社長が私たちの正体が知られるのを防ぐために、"捜査指揮"という形にした。依頼者さんは、"捜査を専門としていない私たちに、現場に行って捜査をさせたかった"────それが、どうしてなのか、気になるんです」
光は、「もしかしたら……」と、勇人の目を見つめた。
「依頼者さんは、私たちの正体を、探りたかった───結果的に、捜査指揮となった今回だって、私たちがどんな捜査の方法を取るのか、知ろうと思えば知れること。……今回の依頼者の目的は、事件の解決以前に、私たちのことを調べることにあった───私は、そんな気がしているんですけど、勇人くんは、どう思いますか?」
尋ねてから、光は、静かに、言葉を重ねた。
「もし、そんなことがあるとしたら、その人は、私たちに関して調べたことを、どんなことに使うと思いますか?」
光はそこで言葉を止め、勇人の答を待った。
自分がしているのは、確かな根拠のない、"仮定"の話だ。
だが、光は、聞きたかった。
自分の予想に対しての、矢橋勇人の、答を。
数秒して、勇人は左腕を後方に動かした
「理解しようとするだけ無駄だ」
そうして、髪の毛を掻きながら、勇人は言った。
「真っ当な考え、持たないような奴なんだろ」
それはまるで───依頼主を知っているかのような口調だった。
(真っ当な、考え……)
光はその言葉を心の中で繰り返した。
事件を解決し、被害者の未練を果たし、残された遺族の心にほんの僅かでも光を灯したい───それは、そんな、警察官としての使命のような考えのように、光には思えた。
(やっぱり……今回の依頼者は、"事件の解決"……それだけを目的にしていたんじゃないのかもしれない……)
光は、答に、辿り着いた。
自分の考えは、正解とは言えなくとも、間違いでは、なかった。
それが、確信できた。
「……わかりました」
光は勇人に向かって言った。
「ありがとうございます」
頭を下げて上げた時には、勇人の視線は逸れていた。
光はそっと、息を吐き出した。
「聞けて良かった」───そう思った。
そして、この依頼を受けて良かったとも思えた。
そのお陰で、勇人のことを、少し知れた───光はようやく、勇人と"仲間"になれたような気がした。
※
『……おはようございます』
ボイスチェンジャーによって加工された声が取調室に響いた。
「誰?」
紗綾が眉を寄せた。
「何者なの?」
翔子のスマートフォンの向こうにいる声の持ち主は『……あ……』と、口ごもるように声を上げた。
『……"ASSASSIN"の、メンバーです……』
「アサシン?」
紗綾が鋭い声を出した。
「何よ、それ」
「私から説明しましょうか?」
翔子は画面に向かって呼び掛けた。
数秒間があって返ってきたのは、『あっ……いえ……』という声だった。
『大丈夫です……。……ありがとうございます……』
すぅと、小さく息を吸う音がした。
『"ASSASSIN"……は、殺し屋を取り締まる活動をしている組織です……』
声は言った。
『正式名称は……"異能組織暗殺者取締部"。名前にある通り……メンバーは全員、異能力者です』
紗綾がチラリと翔子を見た。
「あんた、厄介なのに頼りやがったわね」───そう、その目が語っていた。
「───それで?」
紗綾は画面に向かって言った。
「あんた、名前は何ていうの?」
声の主が息を呑む気配を、翔子は感じた。
紗綾は僅かに首を傾け、「言えないの?」と問い詰めるように言った。
『え……ええと……』
翔子が口を開こうとした瞬間。
『あっ……アール、です……』
声は答えた。
「アール?」
紗綾が目に怪訝の色を浮かべた。
「犬の名前みたいね」
翔子が思ったのと同じことを紗綾は口にした。
『……ぎ、偽名です……』
声───アールは気まずそうに言った。
「そんなの分かってるわよ」
苛立ったような声を紗綾は上げた。
『すっ、すみません……』
アールは大きく動揺したようだった。
翔子は紗綾の様子を伺いながら、アールの正体について、ある程度の理解をした。
(男の子……それに、まだ幼い。きっと、小学生くらいの子ね……)
性格としては、大人しい子なのだろう。喋るのが得意とはとても言えないようだ。
翔子は目にその色を浮かべないように気をつけながらも、アールのことが心配になった。
『えっと……』
アールは声を発した。
『黒島、紗綾さん……?』
呼ばれた本人は答えることなく、威圧するような視線を画面に向けていた。
それが伝わったのか、アールは口を噤んだ。
「大丈夫ですよ」
翔子は声を掛けた。
「こちらの準備は整っています。アールさんのタイミングで初めていただいて構いません」
そう告げると、アールは少し落ち着いたようだった。
『じゃ、じゃあ……』
再び、アールは口を開いた。
『質問を……始めます……』
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