September Story23
捜査を進める"ASSASSIN"と翔子のもとに、思いがけない事態が訪れる。
「何度も、申し訳ございません。田所です」
そう挨拶をすると、長い間の後、
「なんですか……?」
と、脱力したような声が返ってきた。
「晴美さん」
翔子は電話の相手を呼んだ。
「今、どちらにいらっしゃいますか?」
また、間があった。
「……家、ですけど……」
翔子は腕時計を確認した。
───4時40分。
「帆希ちゃんは、帰宅されていますか?」
「いえ……」
直後、晴美は「あっ……」と、か細い声を上げた。
「しています……、今、2階の、自分の部屋にいます……」
翔子は「そうでしたか」と答えた。
「お時間をいただけるのであれば、帆希ちゃんも一緒に3人でお話を───と、考えていたのですが、そういうことならば、後日、またお伺いします」
「勝手に決めないでください」───そんな、感情的な返事があることを予想していた翔子は、
「ちょっと……待って……」
という晴美の声に、思わず、「え?」と、声を上げた。
「待ってください……、刑事さん……」
晴美は、何かに縋るように、しがみつく様に、そう言った。
「私の……私の話を、聞いてください……」
「奥さん?晴美さん?」
翔子は、呼びかけた。
「私を……、私を……」
晴美の嗚咽が、聴こえてきた。
「たすけて……、助けてください……」
※
翔子からの返信を待つ間───光は、資料に再度目を通しながら、頭では様々なことを考えていた。
(私が出した“答え”は……正しかったのかな?)
そもそも、“殺人”において、正しさなど存在するのだろうか。
(晴美さんの携帯に、何かしら、事件に繋がるようなことが残っていたら……捜査は進むだろうけど……)
残っていなかったら───仁堂晴美は、潔白ということになるのだろうか。そう考えても、良いのだろうか。
───分からない。
(“ASSASSIN”は、捜査を専門にした組織じゃない……って、そう弁明すれば、済む話なのかもしれないけれど……)
光はそっと、下唇を噛んだ。
(そんな気持ちで、いていいわけない……。今の私には、“事件を捜査する”っていうことに対しての、知識も、自覚も、責任も、何もかも足りてない……)
光がここに来て───この依頼を担当してから初めて、ここまでの悔しさを感じる原因は、すぐ近くに存在していた。
光は本人に察せられないよう、ほんの僅かに視線を向けた。
矢橋勇人───光にとって、彼という存在は、今も、未知に近かった。
(最初……一番最初の印象は、“群れない人”って感じだった……)
光はメンバーになる前───“ASSASSIN”とは、“依頼者”として関わっていた時。
“萩原くん以外のメンバーって、今日、会った3人だけ?”───光はそう、翼に尋ねたことがあった。
“ああ……いや、もう一人いるけど、あんまり来ないんだ、その人“───翼は、そう答えた。
その言葉の意味は、メンバーになってから分かった。
メンバーの会話に度々登場するが、メンバーの前に、姿を現すことはない。メンバーでありながら、メンバーであることを避けている───それを察するのに、それほど時間はかからなかった。
矢橋勇人───彼は、自ら、人との関わりを拒絶していた。
そこに何か理由があるのか───光はこれまで、そのことを誰かに聞いたことも、聞こうとしたこともない。
彼は何故、"ASSASSIN"のメンバーになったのか。
どうして、この組織に居続けるのか。
そんな疑問を抱えながら、その答がいつか見つかる日を、光は、密かに待っていた。
そして、その答は、自然に見つかった。
"ASSASSIN"のメンバーとして過ごすうち、優樹菜、葵、翼、そして蒼太が、勇人に対して抱いている感情に、少しずつ触れることができるようになった。
そして、そこから、印象が変わって行った。
この人は、周りの人たちに大切にされている人なのだと───光は、勇人をそう思うようになった。
たとえ、勇人自身が誰かと交わることを拒否していたとしても、彼のことを絶対に見捨てないという心を持つ人物が存在が、勇人のことを"一人"にしない。
それこそが、勇人が、"ASSASSIN"の存在している理由なのだ───そう、今の光は思う。
この1週間の間に、光はいきなりと言っていいほど、密に勇人と関わることになり、彼の新たな一面を知ることになった。
そして───こんな印象を持つようになった。
この人は、一体、何者なのだろう───。
土曜日、初めて3人で依頼解決を行った時に思ったことと同じことを、光はこの瞬間にも思っていた。
“自分として考えてみろよ”───あの言葉が、頭に張り付いて離れなかった。
(何て言うか……)
光の頭の中には、勇人に対することしか浮かばなくなった。
(感覚が、一人だけ違う……そんな感じがする……)
班行動3日目の今日。2日目に参加できなかった光だが、勇人は初日から変わらず、“自ら意見を出すことはしない”といった様子だった。
(逆に……)
光はこれまでの勇人の言動を振り返り、
(私たちに、答を導くヒントみたいなものを用意してくれてる……?)
そんな気がした。
(でも……、どうして……?)
光は、分からなくなった。
(何で……、この人───勇人くんは……)
捜査というものを、知り尽くしているような、そんな空気を持っているのだろうか───。
そう思った時、不意に、勇人が動きを見せた。
光はドキリとした。
勇人が取り出したのは、スマートフォンだった。
(あっ……)
光はその姿を見て、不思議とこんなことを思った。
(携帯……持ってたんだ……)
勇人は画面に映った、何かを見つめた。
そして、左手を持ち上げると、黒い髪を掻き始めた。
(ん……?)
光は首を傾けた。
(何だろう……?)
何か───見つかりでもしたのだろうか。
その時、ドアをノックする音がした。
「やあ、お疲れ様」
入って来たのは、新一だった。
「ごめんね、作業中に」
新一はそう、眉を下げて、小さく笑った。
「いきなりで、申し訳ないんだけど───」
新一は、続けて、こう言った。
「今日の捜査は、これで、打ち切りにしてもらいたいんだ」
光は、「えっ……?」と、目を見開いた。
「それって……」
「どういう……」という、蒼太の、呆然としたような声が続く。
「仁堂晴美さんがね」
新一は、言った。
「自首したらしいんだ」
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