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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第6章
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September Story16

b班の2日目。

光の到着が遅れるとの連絡を受けた蒼太は、勇人としばし2人きりになる状況を察し───?

 蒼太の元に光から連絡があったのは、蒼太が資料室に入ったタイミングだった。


「ごめん、蒼太くん」


 光の声の後ろからは、ガヤガヤとした音───学校の音が響いていた


「私、今日、急に委員会入っちゃって……それが結構掛かりそうなんだよね」 


 もしかしたら遅くなるかもしれない───とのことだった。


 早口にそう語った光が、学校内の何処か目立たないような場所で電話を掛けているのだと、蒼太は悟った。


 電話が終わり、スマートフォンを下ろした瞬間───蒼太は、「ていうことは……」と、心臓がドキリとするのを感じた。


(兄ちゃんと2人きりになるってこと……?)


 蒼太はそれを実感して、どうしたらいいのか分からないほどの緊張を感じた。


(どうして……?何で、ぼく……)


 蒼太は自分で自分に混乱しながら、目をあちこちに動かした。


(兄ちゃんに……人見知りしてるんだろう……?)


 蒼太が最後に勇人と言葉を交わしたのは、6月のあの日───北山警察署の一室で、2人きりになった時だ。


 あれから少し経って、勇人は本拠地に姿を現すことが増え、以前に比べて、関わり合うきっかけが増えたはずなのに───蒼太は、真逆に、自分にとっては、"減ってしまった"ような気がしてならなかった。


(何だろう……、何でなんだろう……)


 あの日の前までとは、違う。


 勇人と話すことが、怖いわけではない。


(話したいのに、話せない……みたいな……)


 もどかしい───その言葉が、蒼太の頭の中に浮かんだ。


(でも……今日は、話さないわけには行かないし……) 


 "田所さん、現場に行って写真撮ってくるから、それ送るまで待っててほしいって言ってた!"───不意に、葵の声が蘇った。


 それを、勇人に伝えなくてはいけない。


 悶々とした思考の中に、何とか結論を導き出し、蒼太は心を落ち着かせるために、息を吐き出した。


 そうして目を上げて、蒼太は目の前の本棚を埋め尽くす、フラットファイルやノートの列を見つめた。


(これ……たしか……社長が持っていたものと、"ASSASSIN"ができてから入ったものがあるんだっけ……)


 それにしても、すごい数だ。


(この中に、殺し屋に関する資料が詰まってる……)


 蒼太は、この世に存在する殺し屋の数を、肌で感じたような気がした。


(そういえば……今まで、考えたことなかったけど……)


 蒼太は不意に浮かんだ疑問に、首を傾けた。


(何で……この町には、殺し屋がたくさんいるんだろう……?)


 資料の列を目で追っても、答えは見つかりそうになかった。


 蒼太は立ち上がり、本棚に近付いた。


 ファイルの背表紙には、その中に何の資料が入っているのかを示すシールが貼られていた。


 年数、町名、事件名───蒼太はその一つ一つを見つめていった。


 そうしていると、


(ん……?)


 一冊のノートが、目に止まった。


 シールが貼られていない、使い古されたような跡がある、緑色の背表紙。


(何だろう……?これ……)


 蒼太は、そのノートに、手を触れた。


 取り出してみると、薄い茶色の表紙であることが分かった。しかし、そこには、何も書かれていない。


 蒼太は、表紙に薄っすらと付いた埃を、手で拭った。


(見て……いいのかな……?)


 蒼太は何故だが、このノートに、物凄く、心を惹かれた。


 この中には、何かがある───そんな気がした。


 廊下から物音がした。


 蒼太は、はっと身体を揺らして、ドアの方を見た。


 ドアは閉めずに、開け放したままだ。


 蒼太は咄嗟に、ノートを背に隠した。


 直後、勇人が部屋に入って来た。


「あっ……」 


 蒼太の口から、声が漏れた。


「お……お、おは……」


「おはよう」と言いそうになって、蒼太は「じゃない……」と思い直した。


(今の時間だったら……、こんばんは……?)


 蒼太が迷っている間に、勇人は部屋を横切っていた、


 挨拶のタイミングを失った───蒼太は、行き場のない感情を感じながら、手を後ろに組んだまま、その場に腰を下ろすしかなかった。


 蒼太はこの瞬間、自分は一体、どこに視線を置けばいいのか───という思考に駆られた。


(き……)


 蒼太は胸がドクドクするのを感じた。その理由は、後ろにあるノートの存在が気になるせいではない。


(……気まずい……)


 何とか勇気を振り絞るしかない───そう思った自分は、どこかに消えていってしまったらしい。


(何か……前にも、これと似たようなこと……あったような気がする……)


 あれは───先月半ばのことだ。


(特別組織対策室のデータベースを借りた時……、ぼくがオフィスに一人になって……)


 使う時のためにログインしておこうと、パソコンに手を触れたのだ。


(けど……途中で行き詰まって……その時に、兄ちゃんが来て……)


 ひどく慌てた気持ちを、蒼太は思い出した。 


「それで……」と、蒼太は思った。


(……助けてくれたんだ) 


 その時の光景が、はっきりと頭に浮かんだ。


 ありがとうって言わないと───そう思ったことも、覚えている。


 蒼太は、大きな後悔を感じた。


(それで……ぼく、まだ、言えてない……)


 2人きり、という、中々訪れないこの時こそ、伝えるべきなのではないだろうか───。


(でも……今、いきなり言うの、おかしい……よね……?)


 蒼太は迷いながら、目を動かした。


 そうすると、テーブルの上の資料に、目がとまった。 田所翔子からのメールの印刷───その空きスペースに、メモ書きのような文字が書かれていた。


 "犯人は、殺し屋なのか"


 お手本のような、綺麗な字───優樹菜の字だと、すぐに分かった。


 犯人は殺し屋なのか───その答は、まだ、見つかっていない。


「……あっ……、あの……」


 蒼太は資料を手に取って、勇人に向かって差し出した。


「これ……なんだけど……、兄ちゃんは、どう思う……?」


 勇人の目が動いた。


 優樹菜の字から、蒼太へと、動いた。


「つまんねぇこと聞くな」


 そう言われ、蒼太の肩が、無意識にびくりと反応した。


 蒼太は「ごめん……」と、目を伏せた。 


(質問……間違えちゃった……)


 勇人の目は、すぐに逸れるだろう───そう思った蒼太は、変わらず感じる視線に、顔を上げた。


 蒼太が差し出した資料を、勇人の指で掴むのが見えた。


「どんな奴がやってようが、同じだろ」


 無造作な手付きで、蒼太の元に、紙は返された。 


 蒼太は、目を、見開いた。


(答えて……くれた……)


 自分で聞いた癖に、何でびっくりしてるんだろう───そう自覚しながらも、蒼太は驚きを隠せなかった。 


 そして、同時に───嬉しい気持ちが、じんわりと込み上げた。


 そんな感情が生まれたために、蒼太は勇人の言葉を理解するのが、少しだけ遅れた。


「あっ……」


 蒼太は声を上げた。


(犯人が殺し屋だとか、じゃないとかは関係ないっていうこと……?)


 そう考えて、蒼太は「そっか……」と納得を感じた。


("人を殺した"っていう、それ自体は、誰が犯人だったとしても、変わらないから……)


 敢えて仮定する必要がない───ということか。


「あっ……あのね……兄ちゃん……」


 蒼太は、勇人に呼びかけた。


「今日……光さん、委員会で遅くなるかもしれないって……。それと……今、田所さんは、現場に向かってるらしくて……連絡するから、ちょっと待っててもらいたいみたい……」


 そう告げると、勇人の視線は、すっと逸れた。


 それでも───蒼太は、悲しい気持ちを感じなかった。


(話せて……よかった……)


 蒼太の胸の中に、じんわりと温かく広がった気持ちは、しばらくの間、消えることはなかった。

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