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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第6章
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September Story12

捜査指揮2日目───b班の初日。

慣れない作業と、いつもとは違う班での動きに、蒼太は緊張を感じていた。

「……と、まあ、そこに書いてある通り、私たちは昨日、2つのことを田所さんに調べてもらって、奥さんの晴美さん、秘書の黒島さんから見た、仁堂さんの人柄を知ることができた」


 電話越しにいても、優樹菜の声はハキハキとしていた。


「特に今日、“ここまでやって”っていうのは、私の方から言わないから、3人で話し合って決めてほしい。じゃあ、任せるね」


 蒼太はこくりと頷いた。


 そして、ここで通話は終わりだろう───と思い、優樹菜からの別れの挨拶を待とうとした時。


「任せる、じゃねぇよ」


 という声が、それを遮った。


「中途半端に置いてきやがって」


 蒼太は驚いて、勇人を見た。


「……は?」


 優樹菜の、怒りを込めた声が、室内を一瞬にして凍りつかせた。


「何?文句なら、ちょっとくらい動いてから言ってよ。そっちこそ、ちゃんとやってよ。途中で抜け出したりしたらぶっ飛ばすから」


 恐ろしすぎる一言の後、ブチリ、という音で、電話は終わった。


 蒼太はいつの間には止まっていた息を、一気に吐きだした。


 優樹菜から電話があって安心した数分前が、嘘のようだ。


 休み明けの月曜日。


 学校が終わり次第、班員3人が集まることになった今日、蒼太が資料室に着いた直後に、光がやって来た。


 そして2人で室内に置いてあった資料を眺めていたタイミングで、蒼太の携帯電話に、優樹菜から着信があった。


「矢橋くん、来てる?」と問いかけられたところで、勇人は姿を現した。


 蒼太は安心した。これで優樹菜が勇人に対して怒ることが避けられた───そう思った。


(まさか……ここで喧嘩になると思ってなかったけど……)


「蒼太くん」


 光に呼ばれ、蒼太は視線を上げた。 


「蒼太くんは、何か気になること、ある?」


 問われて、蒼太は「え……えっと……」と、動揺した。


(ど、どうしよう……。そこまで考えられてなかった……)


 目を泳がすと、光が「私は」と言った。


「仁堂さんの人間関係について、もっと詳しく知りたいなって思った。ご友人とか、ご親戚とか、仁堂さんのこと、どう思ってたのか、聞いてみたい」


「あ……」


 蒼太は、「そう……ですね……」と、ぎこちない頷きを返し、「何も思いついてなかったくせに……」と、心の中で自分を悔やんだ。


(けど……こうして、ぼくの意見引き出してくれて……自分の意見も教えてくれるのは、ありがたい……)


 光は蒼太の控えめな性格を理解して、そうしてくれているのだろう。


 蒼太は、やっぱりこの人は、優しい人だ───と、光の横顔を見つめた。


 光は資料を見つめていたが、不意に、視線を上げ、


「勇人、くんは」


 と、勇人を見つめた。


「何か、ありますか?」


 蒼太は、目を開いた。


 光が勇人に話しかけたのが、意外だったのだ。


 一昨日、初めて解決班の仕事として顔を合わせた2人が、自然に言葉を交わせるほど親しくなったとは、とてもではないが思えなかった。


 それに加え、蒼太は光に対して、「どちらかと言えば大人しい方」という印象を持っていた。


 しかし、どうやらそれは、単なる蒼太の“イメージ”だったようだ。


 光に問われた勇人の目は、テーブル上───資料の方を向いていた。


 数秒経ってから、勇人は「好きにしろよ」と、言った。


「わかりました」


 光は動じない様子で頷き、「じゃあ」と、蒼太を見た。


「田所さんにメール、送ろうか。蒼太くん、パソコン、得意?」


「あっ……いや」


 蒼太は、ぶんぶんと首を振った。


「全然……得意じゃないです……」


 正面に勇人がいることを感じながら、蒼太は以前に、パソコンにログインできず、勇人に手助けして貰ったことを思い出した。


「そっか、じゃあ、私がやるね」


 光は、そう言って微笑んだ。


 パソコンの電源を起動させた光を見つめながら、蒼太は、この班の中心を担うことになるのは彼女なのではないか───と、思った。


 ※


 夕方4時半。翔子は海が見える広場の淵に立っていた。


 翔子はメールの画面を見つめながら、あることを察した。


 昨日と、送り主が変わっている───。


 だからと言って、どうこうと言うことはないのだが、“ASSASSIN”はどうやら、交代で動いているらしい。


 メールがあったのは、20分前の4時10分。


 被害者の交友関係を、もっと詳しく知りたい───その指令は、翔子にとって、半ば用意が整っていたものだった。 


 飯岡から、「"ASSASSIN"の指揮にそって動け。その他に余計な動きはするな」と忠告を受けていたが、待ってばかりで何もしないということを、翔子は自分自身で許せなかった。


 仁堂清道の周辺にいた人物たち───特に会社関係者の連絡先については、もう既に独自に調べて入手済みだった。


 でもなければ、こんなに早く約束を取り付けられなかっただろう。


 待ち合わせの時間まで、後10分だ。


 そう思って、スマートフォンを握った手を下ろした時───電話が鳴った。


「はい、田所」


 翔子は、電話に出た。


「もしもしー?班長?」


 その、明るい声に、翔子は溜息を吐いた。


「何よ、この忙しい時に」


「それを思っての電話だよ。姉さんから聞いたけど、今、大変なんだって?」


 電話の主は、南川警察署の警察官───"HCO"の元メンバー、水澤彰人だった。


「大変じゃない仕事はないわ。もうすぐ、人と会う約束があるの。なるべく、手短にして」


「いやぁ、俺に手伝えることなんかないかなって思ったんだけどさ」


 彰人は言った。“HCO”時代から、何も変わらない、少年のような口調だ。


「ほら、飯岡さんて、俺に対して、"興味ゼロっ"て感じじゃん?だから、好き勝手動いても、そんなに問題ないんじゃないかと思ってさ」


「問題あるわよ。あなた、自分の仕事はどうするのよ」


「俺のことはいいよ。班長が困ってるんだったら、そっちを優先しないと。俺たち、みんなその気持ちだけど、姉さんと亮さんは、自由が利かないだろ?だったら、俺が行こうかなって」


 翔子は、再び息を吐きだした。


「水澤」


 翔子は久しぶりに、彰人のことを呼んだ。


「あなたは、自分の仕事に集中しなさい。今回のことは全て、私に任せなさい。私を誰だと思っているの。あなたたちに心配されるほど、弱くはないわ」


 そう告げると、彰人は「はははっ」と笑った。


「流石だね、班長」


「そろそろ切るわよ。時間だから」


「ん、わかった。けど、本当に困ったら、いつでも呼んでくださいよ。すぐに駆け付けるんで」


「ありがとう、じゃあね」


 翔子は電話を切った。


「あの……」


 そのタイミングで、男性の声がした。


「田所さん、でしょうか?」


 翔子は振り返って、男性を見た。


 黒に近い灰色の髪に、薄い紫色の瞳をしている───写真で見た通りの人だ。


「“ジニエックス”、副社長の、大岩おおいわです」


 大岩 さとしは深々と、頭を下げた。


 ※


 本拠地にいると、時間が経つのが早い───蒼太は時計の針が動くのを見つめながら、そう思った。


(学校にいる間は長く感じるのに……どうしてだろう……)


 只今の時刻は午後4時50分。


 蒼太がいつも帰る5時半まで、後40分だった。


(後、一時間もいられない……)


 指令の内容がどうなったのかは、次の日に持ち越せばいいという話になっていたのだが、だとしても、残りの40分を無駄にするわけにはいかない。


 資料室は、静かだった。


 時計の針が動く音が、嫌に耳についた。


(元々……この3人が、そんなに喋らないからかもしれないけど……)


 蒼太は、こんな時でもなければ、この沈黙も気にならないだろうと思った。


(何か話さないと……進まない……)


 光は資料を黙読している。


 勇人は蒼太と同じで、特に何もしていない。


(けど……兄ちゃんは、何か考えてそう……)


 蒼太はそっと、勇人の様子を伺った。


(ぼくも、考えないと……)


 そう思うも、蒼太の頭の中には、事件以外のことが浮かんでしまった。


(この班を考えたのは……、優樹菜さん……)


 6人を2つに分ける───その組み合わせは、いくつかあるだろう。


 その中で、優樹菜は何故、この分け方をしたのだろうか。 


(優樹菜さんのことだから……きっと、何か意味はあるんだろうけど……)


 優樹菜は、自分に何を期待して、勇人と光、2人と班を組ませることを決めたのだろうか───その答は、今の蒼太に、分かりそうになかった。


 時計を見上げると、ちょうど、4時59分から5時に針が動くのが見えた。


(後30分……)


 そう思った時、自分のものではない、息を吐く音がした。


「見えてるもんだけ見たところで進まねえぞ」


 勇人のその言葉に、光が視線を上げた。


「見えてる、もの……?」


 光が問いかけても、勇人が答えることはなかった。


 蒼太は資料を見下ろした。


 “中途半端に置いてきやがって”───不意に、優樹菜に向けられた、勇人の声が蘇った。


(中途半端……)


 蒼太はテーブルに置かれた、田所翔子からのメールの返信が印刷された紙を手に取った。


 “被害者は酒癖の悪さから、日常的に、妻である晴美さんに暴力を振っていた。2年前、娘の帆希ちゃんにも手を上げかけたことから、別居が始まった”


(これは……奥さんの、言葉……)


 そう思って、蒼太は「あっ……」と声を上げた。


「どうかした?」


 光が蒼太の手元を覗き込んだ。


「あの……これ……」


 蒼太は、“娘の帆希ちゃん”という部分を指さした。


「この子の目から見たら、どうだったのかなって、思って……」


 蒼太は「もしかしたら……」と言いかけて、ただの想像でものを言いかけている自分に気付いたが、光の目が真っすぐに自分を向いているのを見て、「もしかしたら」と、言い直した。


「ちょっと違う部分があったり……奥さんが、嘘を吐いてる可能性も、あるのかなって……」


「あっ───」


 光の目が、大きくなった。


「たしかに……、そうだね」


 光は頷いた直後、「送ってみよう」と、キーボードに手を触れた。


 蒼太は、ふぅ……と、息を吐きだし、肩を下ろした。


(見えてるものだけ見たところで進まない……)


 蒼太はその言葉の意味が少しだけ、分かったような気がした。


 勇人に視線を向けると、勇人はちょうど、その場に立ち上がったところだった。


「あっ……」


「兄ちゃん……」と呼びかけた時には、ドアが開いて、勇人の姿は廊下の方にあった。

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