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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第6章
132/342

September Story11

翔子のもとに、飯岡茂が訪れる。

"ASSASSIN"のことを探ろうとする飯岡に、翔子は───?

 飯岡茂の来訪は、東警察署全体を轟かせた。  


 かつて、この署に拠点を置いていた"HCO"創設に関わり、現在は"上層部"と呼ばれる位置まで上り詰めた飯岡は、その人柄を関係なくして有名人なのだ。


「先輩」 


 飯岡の元へ向かおうと立ち上がった時、小声で声をかけられた。


「大丈夫ですか?」


 後輩の、みやしたたつみだった。


 翔子よりも20歳も歳が離れた35歳。ちょうど1週間前にこの町で喫茶店を経営しているという女性と結婚したばかりの巽は今、黒い瞳に心配の色を映していた。


 翔子は「大丈夫よ」と頷き、同僚たちの視線を背に感じながら部屋を出た。


 飯岡が待っていたのは、地下1階。現在は空きスペースとなっている場所だった。


 階段をゆっくりと下りると、あの頃と何も変わらない光景があった。


 中央に置かれた円卓。それを囲む6つの椅子。


 ホワイトボード。


 天井から下がったモニター。


 灰色の本棚。


 あの日から、時間は動いていないようだった。


 "HCO"から二文字取った"CO"と呼ばれていたこの部屋は、かつての翔子の仕事場だった。


 "HCO"の部屋───そこには今、飯岡茂が立っている。


 翔子が階段を下り終わると、飯岡は振り返った。

「お久しぶりです」


 頭を下げると、飯岡はうるさいくらいの音を立てて、息を吐き出した。


「相変わらず、愛想のない女だな、田所」


 翔子は飯岡の目を真っ直ぐ見据え、その言葉を受け流した。


「何のご用でしょうか」


 尋ねると、飯岡は翔子に歩み寄ってきた。


「昨日は、どうだった?」


「被害者の奥様と秘書の方にお話を伺いに行きました」


「それだけか?」


 翔子は目を細めた。


「それだけ、とは?」


「他には、何もしなかったのか?」


「司令されたのが、その2つでしたので」


 不意に、飯岡が右手を差し出してきた。


「何ですか」


「見せろ」


 飯岡は言った。


「指令の内容を見せろ」


 翔子は溜息を吐いた。本当に、どうしようもない男だ。


「どうぞ」


 翔子はメールの画面を飯岡に向けた。


 飯岡は乱暴な手付きで翔子のスマートフォンを掴み、目に寄せた。


「簡潔かつ理解しやすい……言葉遣いも丁寧だ」


 そして、独り言のように言った。


 翔子はじっと、飯岡が手を下ろすのを待った。


「飯岡さん」 


 呼びかけると、飯岡は「何だ?」と片眉を上げた。


「あなたは何故、特別組織対策室を立ち上げたんですか?」


「目的を果たすためだ」


 飯岡は即答した。


「殺し屋をこの手で絶滅させるという、私の目的を───な」


「それを達成するためには、彼ら2人と良好な関係を保つことが重要だとは、思いませんか?」


「奴らと?笑わせるな」


 飯岡の目に、不愉快の色が滲んだ。


「あいつらは私の意に反したことばかりしてくる。私の手に掛かれば、奴らを飛ばすことなど、簡単なことだ。では何故、私はそれをしないのか。それは、“ASSASSIN”の存在があるから───それだけだ」


 飯岡は背後の椅子を引くと、どさりと腰を下ろした。


「”ASSASSIN“ができたことによって、奴らの代わりができた。いや、今思えば、”代わり“などという言葉が勿体ないな。遥かに優秀な人材が現れた、ともいうべきか。彼らは、技術、スピード、柔軟性……全てに優れている。まさに、私が理想としていた存在だ。……だというのに」


 飯岡は汚い音を立てて舌打ちをした。


「彼らは、私にその姿を見せようとしない。特別組織対策室は今、私と彼らを繋げるためにあるようなものだ。ただ、それだけの“道具”だ」


「……飯岡さん」


「だがな、この先、私が思い描いた通りの未来がやって来る。“ASSASSIN”が、正真正銘、私のものになり、私が好きに動かせる時が来る。そうしたら、奴ら2人は用済みだ。邪魔者がいなくなり、“ASSASSIN”は、私が目的を達成するための、最重要の駒になる」


「飯岡さん」


 翔子は、飯岡を冷たく睨んだ。


「いくら“元”とは言え、私の部下を、“道具”扱いしないでください」


 飯岡は面を食らったような表情を見せた。この男は、“正義”に弱いのだ。


「……下らん」


 飯岡はゆるりと首を振って立ち上がった。


「お前らのその、無駄な一致団結が気に食わん。そうしていつも私の邪魔をするんだ。今も昔も、変わらずな」


 飯岡は鬱陶しそうな瞳を翔子に向けた。


「ともかく、今回の事件、必ず解決させろよ」


 飯岡はがしりと、翔子の肩を掴んだ。


「“ASSASSIN”が解決したと、上の人間に伝えるからな。私たちの今後のために」


 私たち───飯岡茂本人と、“ASSASSIN”のことだろう。


 飯岡が去った後、翔子は、「……気色悪い」と、呟いた。

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