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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第6章
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September Story8

"ASSASSIN"の捜査指揮を受ける刑事──元"HCO"メンバー、田所翔子。

彼女もまた、過去に、様々な後悔を抱えた人物だった──。

「ただいま」


 リビングに入ると、ソファの上に、母の姿があった。


「おかえり。遅かったね」


 優樹菜は、母の隣に鞄を下ろした。


「光ちゃんとご飯食べてきたの」


「そうなんだ。よかったね」


 母の笑顔を見つめ、優樹菜は「うん」と頷いた。


「お母さん」


 カーペットの上に座って呼びかけると、舞香は「ん?」とテレビを消した。


「せっかくの休みなのに、仕事の話して、ごめんなんだけど」


 優樹菜は母の目を見上げた。


「今回の依頼者って、どんな人なの?」


 新一にしたのと同じ問いを、優樹菜はした。


 あの時、新一は“ぼかした”ような言い方をしていたが、母ならば、はっきりとした情報を与えてくれる───そう思ったのだ。


「ああ」


 舞香は言った。


「ほら、いつも言ってる、あの───“じじい”」


「えっ」


 優樹菜は目を開いた。


「あの、お母さんの直属の上司で、最低最悪なことばっかりしてくるっていう、あの……?」


「そう。飯岡茂」


 舞香は頷いた。その目は、笑っていなかった。


 母は、娘たちに仕事の話をすることを躊躇わない人だった。


 そのために、優樹菜は、特別組織対策室に度々無理難題を押し付け、母を怒らせる人物について、たくさんのエピソードを知っていた。


 しかし、まさかこのような形で自分に結びついてくるとは、全く思っていなかった。


「だけど、誰が依頼者とか、気にしなくていいからね」


 母は、はっきりとした口調で言った。


「そういう裏の事は、お母さんたちに任せなさい。伊達に長年、じじいの相手やってないんだから」


 その、どこか冗談交じりな言葉に、優樹菜は、ふっと頬を緩めた。


「じゃあ」


 優樹菜はもう一つの質問をしてみることにした。


「捜査を担当する刑事さんは、どんな人なの?お母さんの、元上司なんだよね?」


「班長、ね」


 舞香は微笑んだ。


「班長?」


「お母さんたちは、そう呼んでたの。"HCO"の、リーダーみたいな存在だったから。班長は、とにかく真面目で、しっかりしてて、優しくて、強くて、かっこよくって───お母さんにとって、すごく、尊敬できる人」


 その笑顔を見つめて、優樹菜は「じゃあ……」と、首を傾けた。


「お母さんの、憧れの人?」


 問いかけると、舞香は「うん」と、答えた。


「ずっと、こんな素敵な人になりたいって思い続けてた人。今も、だけどね」


 それは、優樹菜が初めて見る、母の顔だった。


 ※


 殺し屋を追うなんて、何年ぶりだろう───田所翔子は資料を見つめながら考えていた。


 翔子が“HCO”のメンバーとなったのは、今から20年前のことだ。


 その間に、翔子の身には、様々な事が起こった。


(あの日以来……)


 翔子は、そっと息を吐きだした。


(私は、あの出来事以来、殺し屋と関わることから逃げ出した……)


 もう、10年も前のことだ。


 そろそろ時効にしなきゃ───翔子は、過去にけりを付けることを決めた。


 舞香との通話の後、飯岡茂から連絡があった。


 捜査は全て、“ASSASSIN”の指示通り行うこと、勝手な動きは、決してしないこと───翔子は、それを引き受けた。


 ただ、このまま何もせず、ただじっと待っているというのは、自分で自分を許せなかった。


 自宅のダイニングテーブルに座り、資料を片手に冷めたコーヒーを飲む───これが、今の自分にできる、せめてもの行いだ。


「なにしてんの」


 声がして、翔子は視線を上げた。


 見ると、廊下から拓也が顔を出していた。


「仕事」


 短く答えると、「ふーん」と言いながら、拓也は部屋へと入って来た。


 時刻は午前0時を回ったところだった。


 拓也は翔子の真横にある冷蔵庫の扉を開けた。


「何?喉でも乾いたの?」


 尋ねると、先程まで自室にいたはずの拓也は「違う」と答えた。


 振り返ったその手元を見ると、サンドウィッチの入った包みが見えた。


 大学の帰りにコンビニエンスストアに寄ったのだろうか───それを問うよりも先に、拓也は翔子の前を通り過ぎて行った。


「拓也」


 翔子はその背に向かって、声をかけた。


「おやすみ」


 拓也は振り返ることもなく、返事もしなかった。


 翔子は肩を下ろし、資料に目を落とした。


 仕事を続ける気には、なれそうになかった。


 一人息子の拓也と、まともに会話ができなくなかったのは、今から7年近く前のことだろうか。


 当初は、中学生になった彼が、反抗期というものに当たったのだと思っていたが、時が経つにつれ、“それだけではない”ということを、翔子は感じるようになった。


 先月、二十歳の誕生日を迎えたばかりの拓也は、中学一年生のある日から、ずっと変わっていない。


 同じ仕事をしていた夫が殉職したのは、20年前のことだ。拓也が生まれて、間もない頃だった。


 深い悲しみの中、翔子は、拓也のために私は生きなくてはならないと、顔を上げた。


 拓也が生後6ヶ月になった頃、職場復帰をし、直後に“HCO”のメンバーに指名された。仕事の間、拓也のことは、実家の母に見てもらっていた。


拓也が1歳になってからは、職場近くの保育園に拓哉を預けた。迎えに行くのはいつも、保育園の預かり時間終了間際の、18時頃。そのまま家に2人で帰れる時もあれば、拓也を実家に届けて、再び職場に戻ることもあった。


 小学校に入学してからは、1年生の時から家の鍵を拓也に持たせて、家に自分がいなくても大丈夫なようにした。夕飯の用意ができない時は、作り置きをしたり、電子レンジで温めれば食べれるようなものを用意していっていた。


 全ては、息子のためだった。


 息子のために、働かなくてはいけない───そう思っていた。


 今、翔子が思うこと。


 それは───私の選択は間違っていたのだろうか、ということだった。


 家に帰っても姿はなく、学校が休みの日もどこにも連れて行ってあげられず、参観日も、運動会も、学芸会も、卒業式も、仕事を理由に顔を出せなかったから、だから、拓也は自分に対し、心を閉ざしてしまったのではないか。


 私がもっと時間に都合の良い仕事をしていたら、そして、その時間を拓也のために使ってあげられていたら、拓也は今頃───。


 そこまで考えて、翔子はいつも、同じことを思う。


 私は、親として失格だ───と。


 橙色の、小さな蛍光灯だけが点いた薄暗い部屋の中で、翔子はコーヒーカップに口を付けた。


 どろりとした苦みが、喉に広がって行った。

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