表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第6章
128/342

September Story7

オフィスで一人、優樹菜が戻ってくるのを待っていた光は、優樹菜に、勇人に対して感じた疑問を、問いかける。

 廊下から感じた気配に、光は顔を上げた。


 ドアが開くと、「えっ?」という声を上げて、驚いた目の優樹菜が、顔を覗かせた。


「光ちゃん?どうしたの?」


 光は「あっ」とテーブルに置いていた数学の教科書を持ち上げて見せた。


「もうすぐテストなので、勉強してました」


 ───先、帰ってて?


 優樹菜の言葉通りにしなかったのは、光一人だけだった。優樹菜がオフィスに戻ってくるまでここにいようと思っていたら、気付けば、1時間近くの時間が経っていた。


「勉強道具、持ってきてたの?」


 優樹菜は驚いた目のまま、部屋に入ってきた。


「今日、土曜日なのに」


 光は優樹菜に笑顔を向けた。


「帰りに、図書館に寄る予定だったんです」


 家よりも静かな場所の方が集中できるから───そう付け足すと、優樹菜の目が和らいだ。


「そっか。たしかに、みんなが帰った後のここなら、図書館と同じくらいの静かさだもんね」


 光はその言葉に頷きながら、自分がここに居続けたのはそれだけが理由ではない───そう思った。


 教科書を閉じ、光は「ゆきさん」と、優樹菜と向かい合った。


「私、今日の依頼解決で、疑問に思ったことがあるんですけど」


 光は言いながら、息を吸い込んだ。


「ゆきさん、矢橋さんに“コマンド”の使い方、説明したことって、ありますか?」


 優樹菜は「“コマンド”?」と首を傾けた後で、「ああ」と頷いた。


「あの、機械ね。ううん。チラッと、そういうのがあるよっていうのは話したけど、使い方までは、私も把握できてないから」


 光は「なるほど……」と頷いた。


「それが、どうかした?」


 尋ねられ光は、「実は……」と、数時間前に見た光景を、優樹菜に話した。


「まさか、標的が2人に増えるとは思ってませんでしたし、“コマンド”があってよかったなとは思うんですけど」


 当初追っていた殺し屋の背後に、仲間がいた───その事実よりも光を驚かせたのは、勇人の行動だった。


「それを瞬時に把握して、しかも、初めて扱う機械で、指示をする……」


 光は声に出して、「すごいなって、思いました」と、頭に浮かんだままの言葉を言った。


 “ASSASSIN”のメンバーになって4ヶ月。今日、初めてまともに顔を合わせたと言って過言ではない勇人の、組織のメンバーとしての姿を、光は知った気がした。


 そんな彼のことを良く知っているであろう優樹菜は、「そうなんだ」と、ゆっくりと、数回頷いた。


 そして、一度、目を逸らして窓の方を見つめると、「ふふ」と、笑った。


「昔から、なんだよね」


 優樹菜は、言った。


「天才肌っていうのか、物分かりがすごい早くて、色んな事知ってたし、常に、新しいこと探してた」


 優樹菜は、光と目が合うと、柔らかく、微笑んだ。


「不器用で要領の悪い私とは大違い。だからね、いつも羨ましかった」


 優樹菜と勇人───2人がほぼ、生まれてからの付き合いということを、光は以前に、チラリと耳にしたことがあった。


 しかし、こうして、優樹菜の口から、勇人との思い出を聞くのは、初めてだった。


「何をしても、私は勝てないんだなって、思ってた。一番悔しいのはね、本人にその自覚がないってこと。私は、いつも素直に伝えられなかったけど、あいつは、私がしたことに対して、何でも褒めたの。私は全然納得してないのに、“すごいね”とか、“頑張ったね”、とかね」


「腹立つでしょ?」と優樹菜に問いかけられ、光は、笑顔を返した。


「だけど」


 優樹菜は、ふっと、視線を僅かに下に向けた。


「作文だけは、苦手だったんだよね───あいつ」


「作文?」


「そう」


 頷いた後で、優樹菜は「あっ」と声を上げた。


「苦手っていうのは、ちょっと違うのかも。何ていうのかな……」


 数秒、考え込む仕草を見せた後、


「小学生の作文って、遠足とか運動会とか学芸会とか、そういう……思い出のことを書くじゃない?」


 光は「はい」と頷いた。


「だけど、いつも、一人だけ違ったの」


 光はその言葉に、首を傾けた。


「"違った"?」


「こういうことがあって楽しかった、良かった───そういうことは、一切書かれてなくて」


 優樹菜は言った。


「何をテーマにした文章でも、“自分はこの時、これを見て、こんなことを思った、あれはどうしてああなってるんだろう、自分はこう思う“っていうのが、原稿3枚くらいにびっしり。さながら、評論文みたいな感じだった」


 光はそれを想像し、「へぇ……」と、声を漏らした。


「“それは作文と違う”って、先生からいつも注意されてたし、私から“みんなと同じにしなよ”って言ったこともあったんだけどね」


 優樹菜は、呟くように、こう続けた。


「結局、ずっと直さなかった」


 光は、優樹菜を見つめた。


 優樹菜はゆっくりと、瞬きをしていた。


 数秒後、その瞳が上を向き、優樹菜が「あっ」と声を上げた。


「もう、お昼過ぎてるね」


 その視線を追うと、時計の針が午後1時を回ったところを示しているところだった。


「光ちゃん、お昼、もう食べた?」


「いえ、まだです」


 首を振ると、優樹菜は「じゃあさ」と、明るい目をした。


「帰り、どこか寄って行かない?」


「えっ、いいんですか?」


「もちろん」


「行こう?」と立ち上がった優樹菜の笑顔を見つめて、光は自分の中に、嬉しい気持ちが込み上げてくるのが分かった。


 優樹菜と、どこかに遊びに行くのは、これが初めてだ。


 光は「はい」と大きく返事をして、勉強道具を片付けた。

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ