September Story2
蒼太の前に、謎めいた少女が現れる───。
蒼太は、並木道を歩いていた。
9月に入り、日に日に過ごしやすくなっていく気候に誘われ、休日の今日、目的もなく散歩にやって来たのだ。
この町に戻って来て早5ヶ月。それでもまだ、蒼太が知らない場所は多くある。この並木道も、その一つだった。
(まだ、葉っぱは青い……)
頭上を見上げながら、蒼太は思った。
(この木は……)
立ち止まって、じっと枝に付いた葉を見つめた。
(やっぱり、紅葉だ)
来月になれば、この場所は紅葉で満開になるかもしれない───そう思うと、胸が高鳴った。
(その頃に、もう一回来てみて、写真撮ろう)
そうして、絵にしてみよう───。
せっかくだからと、蒼太はカメラを取り出し、今年最後になるかもしれない緑の葉を、写真に残しておくことにした。
レンズを向け、画面越しに風で揺れる紅葉の葉を見つめた時───。
“どうして、葉っぱは”青い“って言うんだろうね”
不意に、声が蘇った。
蒼太は、はっと、カメラを下ろした。
“青くないのに、緑なのに。緑だねって言うよりも、言いやすいからかな。それとも、秋になったら赤くなるから、それの反対で、青なのかな”
「日本語って面白いよね」───そう言った笑顔が、蒼太の頭に浮かんで、消えた。
「兄ちゃん……」
蒼太は、呟いた。
聴こえてきたのは、昔の、勇人の言葉だった。
勇人は会話の中で、小さな疑問のようなものを話すことがあった。
蒼太はそれを聞くのが好きだった。
自分の中に思いつかないようなことを見つけ、考え、言葉にする兄の姿が好きだった。
(どうして……“青い”って言うんだろう……)
蒼太は、紅葉の葉を見つめた。
分からない───。
蒼太は無意識に、前方に視線を向けた。
そして、びくりと肩を揺らした。
そこに───道の先に、人が立っていた。
高校生くらいの、少女だった。
黄緑色のパーカーに、制服のような、黒いスカートを履いている。
驚くべきは、その髪色だ。
白と黄緑と桃色が混ざったような、言葉で形容できないようなコントラストが、秋の日差しに照らされて幻想的に光っている。
少女は、蒼太を見つめていた。
蒼太が見開いた目で見つめ返すと───少女は、ふっと微笑んだ。
「植物、好きなの?」
綺麗な声だった。
蒼太は「え……?」と、動揺した。
「植物、好きなの?」
少女は同じ質問を繰り返した。
「えっ……、ええと……」
蒼太は目を泳がせながら、ぎこちない動作で頷いた。
「そうなんだ」
少女は微笑したまま、歩き出した。
「植物は、いいよね」
蒼太と1mほどの距離で、少女は立ち止まった。
「ただそこにあるように見えて、でも、ちゃんと息をしている。生きようとしている。私たちを生かしてくれている」
そう言って、少女は蒼太が見つめていた木の幹に手を触れた。
「なのに、私たちは、私たち人間は、彼らを殺す。平気な顔をして、当然のように思って、罪悪感何て微塵も感じずに。それって、何よりの重罪」
すっと、少女が蒼太を向いた。
「そう思わない?」
その瞳は、髪と同じ、幻想的な色を帯びていた。
蒼太は、その瞳に吸い込まれるような感覚を味わった。
目を逸らすことができず、頷くことを忘れ、自分はここで何をしていたのか───そんなことを思った。
「大丈夫?」
そう問われ、蒼太は、はっとした。
「あっ……すっ、すみません……」
あたふたと頭を下げると、少女は幹から手を離し、くるりと、身を翻した。
「どうして」
少女は言った。
「“葉は青い”って言うんだろうね」
蒼太は見開いた目を、少女に向けた。
少女は謎めいた微笑を蒼太に向けると、背を向けて歩き出した。
細い───蒼太の手でも包めそうなほどの、真っ白な足が揺れて行った。
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