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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story25

依頼解決のその後───それぞれが向く先は?

「なるほどな。“お前は知らない方がいい”の理由は、それか」


 彰人の言葉に、舞香は頷いた。


「事件の内容が、じじいによって、私たちに対してひた隠しされてたことに対して、"HCO"のメンバーだった彰人が感じる気持ちを気遣っての言葉だったんだろうね」


 そう言うと、電話越しの彰人は「ははは」と明るく笑った。


「姉さん、相変わらずの“じじい”呼びかよ」


 舞香は苦笑した。


「その様子じゃ、心配ご無用って感じ?」


「ああ、むしろ、すっきりしたよ。俺なりに、“どうなったんだろうな”って考えたりしちゃってたからさ」


 依頼が解決したことを伝える電話を受けた彰人は、言葉の通り、とても安堵したような様子だった。


「あっ、そういえばさ」


 彰人が、声を上げた。


「“ASSASSIN”って、今、何人で活動してるの?」


 そんな、仕事とはあまり関係のない話を彰人がしてきたのは、今の時間が、お互いに昼休み中であることを知ってのことだった。


「今?今は、6人だよ」


「6人かあ、増えたなぁ」


「まだ、正式に6人での活動は始まってないんだけど、きっと来月くらいからスタートするんじゃないかな」


 そのままの流れで、舞香は6人それぞれの役割を、彰人に説明した。


「ゆきがね、班長のポジションなの」


「すごいなぁ。それだけしっかりしてるってことだよな」


 彰人が、染み染みしたように言った。



「それで、あおが追跡担当」


「おっ。姉さんと同じか」


「彰人と同じなのは、光ちゃん。もう一人の追跡担当の子かな」


「ああ、サポートメンバーなんだ」


「それで、勇人くんは、司令役の予定みたい」


 そう告げると、彰人は「へえ」と声を上げた。


「取り調べは、翼くん───ほら、あの、情報屋の子」


「ああ、あの子な」


「蒼太くん───亮ちゃんの、下の息子さんも、翼くんと一緒に、取調班にいるの」


「うんうん。なるほど、その、6人なんだ」


 そう言った後で、彰人は「すごいなぁ」と声を漏らした。


「狙ってそうなったわけじゃないんだろうけど、亮さんと、さくさんの仕事、息子さんたちがそれぞれ受け継いでるんだな」


 舞香は「そうだね……」と、その言葉を噛み締めて頷いた。


 "HCO"のメンバーは、5人だった。


 5人それぞれに、役割が割り振られていた。


 主任であった翔子は、依頼を受け、それぞれに指示を出す役割。舞香は、殺し屋の確保を担当。彰人は、舞香のサポート役として、黒子の活躍をしていた。亮助は、確保の際のナビゲーターを担当していた。そして、亮助の妻であった、さくらは、"取調室の魔術師"と呼ばれるほど、取り調べの技術に優れた人物だった。


「自分で言うの、なんだけど」


 舞香は言った。


「私たち、良いバランスだったよね」


 返ってきたのは、「そうだな」という声だった。


「なくなってから気付いたよ」


 彰人は笑っていた。


「もう一回で良いから、5人で仕事したいな」


 しかし、舞香の頭に浮かんだのは、やるせなさをを隠すような、不格好な、あの笑顔だった。


 ※


 朝7時30分。


 奈穂はいつも通りの時間に、玄関を通った。

 この時間に下駄箱にいるのは、自分一人くらいで、奈穂は今日も、ほっと胸を撫で下ろした。


 上履きに履き替えようと靴箱に手を伸ばした時───奈穂は「えっ……?」と、声を上げた。


 そこには、白い封筒が一枚、入っていた。


 奈穂は周りを見回した。


 人の姿どころか、声さえ、聞こえない。


 奈穂は、封筒を手に取った。


 裏返して見て、奈穂は息を呑んだ。



 “奈穂へ”



「おばあちゃん……?」


 奈穂は、手で唇を抑えた。


 その日の授業は、どの教科も、全く手に付かなかった。


 ただ時計を繰り返し見つめ、早く家に帰りたいと、それだけを願った。


 放課を知らせるチャイムを合図に、奈穂は学校を飛び出した。


 嫌になるほどの、バスの混雑も、この時は気にならなかった。


 走り込むように家に入ると、階段を駆け上がり、自室へと向かった。


 ベッドに腰を下ろし、肩で息をしながら、奈穂は封筒を開いた。


 中には、端に花のイラストが書かれた便箋が2枚、入っていた。


 “奈穂へ”


 その言葉に続いて、文章がぎっしりと詰まっている。


 奈穂は胸に手を当て、呼吸を繰り返した。


「“奈穂へ”……」


 そう声に出し、奈穂は、祖母からの手紙を、読み始めた。


『奈穂、元気?毎日、ご飯をしっかり食べられていますか?風邪を引いたり、していない?』


 紛れもなく、祖母の言葉だった。


『奈穂がこの手紙を読んでいる頃、おばあちゃんは、天国にいるのかな。もし、そうだったとしたら、おばあちゃんは、奈穂に謝らなくてはいけません。ごめんね。悲しませるようなことをしちゃって。本当にごめんね』


『ずーっと黙っていたけれど、おばあちゃんには、重い病気があります。今ある医療では治せないような、重い病気。黙っていてごめんね。だけど、奈穂に心配をかけたくなくって、奈穂には、元気なおばあちゃんを見ててほしくて、おばあちゃん、強がっちゃったんだ』


『それとね、もう一つ、奈穂に秘密にしてたことがあります。それは、おばあちゃんに、この歳になって、好きな人ができたということ』


『幼馴染の、男の人。小さい頃はどんくさくって、全然好きじゃなかったのにね。ここ数ヶ月、家を訪ねてくれるようになって、お話をたくさん聞いてもらっているの。奈穂の話をしたら、“いつか会ってみたい”って、そう言ってたよ』


『おばあちゃん、それを聞いて、すごく嬉しかった』


『だってね、おばあちゃんにとって、奈穂は、宝物だから。私の、自慢の孫だから』


『できることなら、ずっと、ずっと、奈穂といたい。奈穂の声が聴きたい。奈穂の笑顔が見たい。奈穂の髪を撫でて、抱きしめたい』


『でもね、もう、できないの。……ごめんね』


『最後の最後に、悲しませるようなことをしちゃうなんて、おばあちゃん、ダメだね』


『奈穂。奈穂は、笑った顔が一番可愛いんだよ』


『だから、笑って。おばあちゃん、何言ってるのって、バカにして』


『辛いこと、たくさんあるかもしれないけれど、おばあちゃんは、奈穂のこと、ずっとずっと、見守ってるからね』


『奈穂は、一人じゃないからね』


『だから、一生懸命に生きて。……お願い』


『今までありがとう。奈穂のおばあちゃんになれて、おばあちゃんは幸せ者です』


『奈穂のことが大好きなおばあちゃんより』



 ───涙が、溢れだした。


「おばあちゃん……」


 呼びかけた瞬間に、祖母の、優しい笑顔が、目の奥に映った。


 奈穂は、手紙を胸に当て、その場で、泣き崩れた。


 すぐそばで、祖母が肩を抱いて、頭を撫でてくれているような───そんな気が、確かに、した。


 ※


「あっ」


 廊下に出た瞬間に、目が合った。


「優樹菜ちゃん」


 優樹菜は「ああ、奈穂ちゃん」と声を返した。


「あの、手紙入れてくれたのって、優樹菜ちゃん……だよね?」


 壁に沿って向かい合うと、奈穂は「ありがとう」と笑顔を見せた。


 優樹菜は「ううん」と、笑顔を返した。


 花園君江が奈穂に宛てた手紙───それは、君江の幼馴染であった男性、古賀修藏が、君江本人から託されたものだったそうだ。


 いつか、孫に───奈穂に届けて欲しいと。


 しかし、古賀は、自身の手によって君江を殺害してしまったことへの罪の意識から、それができずにいた。


 昨日、翼と蒼太が行った取り調べにより、全ての真実を語り終えた古賀は、警察に、その手紙を手渡した───君江の孫に、これを届けて欲しいと。


 その手紙の内容を、優樹菜は、知らない。


 だが、花園君江は、自身が愛した男性が殺し屋だったこと、そして、自身の人生を終わらせて欲しいと彼に頼んだこと───それを、手紙の中に記さなかったのではないかと、そう、思った。


 優樹菜は、「……奈穂ちゃんは」と、奈穂の目を見つめた。


「おばあちゃんのこと……もっと詳しく知りたいって、思う?」


 見つめた奈穂は、出会った時と同じ、丸くて大きな目をしていた。


 そして、その目をふっと和らげた。


「───うん」


 奈穂は、答えた。


「いつか、聞きたい。今すぐにじゃなくても……ちょっとずつでも、優樹菜ちゃんに、教えてもらいたい」


 それは、優樹菜が知る中で、一番に明るい、奈穂の表情だった。


 奈穂は、「私、ね」と、優樹菜を見つめて言った。


「ずっと、逃げて来たんだ。おばあちゃんが亡くなった原因を知りたいって思いながらも、自分一人じゃ、何もできなくて……でも、誰にも相談できなくて。それは、自分が受けてる、いじめに対しても同じこと……私は、誰かに頼ることから、逃げてきた」


「でも……」と、奈穂は、眼鏡の奥の瞳を、力強いもの変えた。


「私……今になって思うの。誰かを頼ることは、怖いことなんかじゃないって。優樹菜ちゃんと出会って、そう、教わった……。だから……私、自分のいじめのこと、親や先生に、相談してみようと思う。逃げずに、向き合ってみようと、思う」


 そう語った奈穂の目には、確かな、意志が宿っていた。


 優樹菜は、その目に向かって、「……うん」と、頷いた。


 そして、優樹菜は、手を伸ばして、奈穂の手を、握った。


「一緒に戦おう。奈穂ちゃん」


 そう伝えると、奈穂は、はっとしたような目をして、「……ありがとう」と、その目を微笑ませた。


「本当に、ありがとう」


 奈穂はそう、深々と頭を下げた。


 顔を上げた奈穂に、優樹菜は「……ううん」と答えた。


 これは───この依頼は、自分一人の力で解決できたものではない。


「お礼……だったら」


 優樹菜は、そっと振り返った。


「私じゃなくて、あいつに伝えてくれない?」


 奈穂の視線が動いた。


「あっ───」


 頷きかけると、奈穂は「矢橋くん」と駆け寄って行った。


「あの……、ありがとう……」


 ぺこりと頭を下げる姿に、勇人が視線を向けるのを、優樹菜は見た。


 そして───その目が、自分を見た。


「あいつに言えよ」


 勇人が言った言葉は、優樹菜の耳に届いた。


 奈穂が、はっとしたように、顔を上げるのが見える。


「もう……どうして同じこと言うのよ」


 優樹菜は一人、呟いた、


 ただ、言葉とは裏腹に、優樹菜は自分の口元が僅かに笑っていることに、気付いていた。


「奈穂ちゃん」


 勇人の姿を見送った後、優樹菜は奈穂の肩を叩いた。


「今日、途中まで一緒に帰ろう?」


「えっ……」


 奈穂は小さく目を開いた。


「いいの……?」


 優樹菜は「うん」と、気持ちが伝わるように頷いた。


「私、奈穂ちゃんと、もっと色んな話がしたい」


 今なら素直な気持ちを、伝えられるような気がした。


「だから───今日からは、”友達”として、よろしくね、奈穂ちゃん」


 優樹菜は、奈穂に笑顔を向けた。


(第5章 完)

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