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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
119/342

August Story24

花園君江の死の真相が、明らかに───。

古賀こが修蔵しゅうぞうさん」


 翼の声で、取り調べがスタートする。


「改めまして、“ASSASSIN”の、萩原翼です。今回、質問を担当します」


「よろしくお願いします」と言う声に合わせて、蒼太は頭を下げた。


「“ASSASSIN”……」


 目が合った老人は、そう呟いた。


「ご存じなかったですか?」


 翼が穏やかに問いかける。


「いや……」


 男───古賀修蔵は、かぶりを振った。


「耳にしたことは……ある」


 耳をよく澄まさないと聴こえないほど、掠れた、小さな声だった。


 蒼太はノートを膝の上に置いて、古賀の顔を見つめた。


 写真と、全く同じ顔だ───。


 武器屋・ヴィゼルから貰った写真を頼りに辿り着いた男───古賀修蔵は、1ヶ月前に、特別組織対策室の手により、専用所に勾留された殺し屋だった。


「今日は、古賀さん自身への質問というより、僕たちの捜査に協力していただく、というものに近い形になるかと思います。答えによって、刑期が変更されたり、古賀さんが不利になるようなことはないので、安心してください」


 自分より何十歳も年下であろう翼の言葉に、古賀は「……わかった」と、短く頷いた。


「早速ですが」


 翼はそう言って、机の上に、1枚の写真を置いた。普段の取り調べでは用いられることのないこの机は、今回のために用意されたものだった。


「この女性に、見覚えはありませんか?」


 蒼太は古賀の反応を伺った。


 古賀は写真を見つめ───そっと、目を開いた。


「2年前に亡くなった、花園君江さんです」


 翼の視線は、古賀と同じ場所に向いていた。


「……なぜ……?」


 呟くような声がした。


「どうして……これを……?」


 古賀は呆然とした様子で、翼を見つめた。


「花園君江さんのお孫さんからお借りしたものです」


 翼は古賀の問いに答えた。


「花園奈穂さん───僕たちに、君江さんの死の真相を探るよう、依頼された方です」


 古賀が息を吸い込む音が、部屋に響いた。


「……君江の……、孫……」


「ご存じ、なんですね」


 翼が静かな声で言った。


 蒼太はじっと、古賀を見つめた。後ろにある窓ガラスには、白い雲が映っている。


 古賀は、指で額を抑え、ゆるゆると首を振った後、「ああ……」と、嘆くような声を漏らした。


「知っている……」


 そして、深い悲しみを帯びた目で、花園君江の、笑顔の写真を見つめた。


「……私が……殺した……」


 ※


「2年前の8月、あなたは殺し屋専門の武器屋を訪れましたよね?」


 翼が問いかけると、古賀は亡霊のような表情で、ほんの僅かに頷いた。


「そして、毒物“ネイ・クロー”を入手した?」


 古賀はまた、頷いた。


「その毒で、花園君江さんを殺害した?」


 古賀は、首を横に振った。


 ───が、直後に、「……そうだ……」と言った。


「殺した……私が、殺した……」


 蒼太は、翼を見た。


 翼は古賀を見つめ続けていた。


「どうして、何故、そうしようと思ったんですか?」


 古賀はうなだれていた。


 しばらくの沈黙の後、


「……それは……答えなくてはならない質問か……?」


 微かに震えた声で、そう言った。


 翼は「───はい」と、頷いた。


「君江さんのお孫さんは、2年前からずっと、おばあさんの死が、何故起こったのか、知りたくても知れない苦しみを抱え続けています。誰に訊いても、どこを調べても、奈穂さんは、真実に辿り着くことはできません。それは───奈穂さんがあなたに会うことができないからです。僕たちは、奈穂さんに代わって、こうして、あなたに会いに来ました。あなたが見たものを、知りに来ました」


 蒼太は、その言葉を噛みしめ、ゆっくりと頷いた。


 蒼太も翼も、花園奈穂に、実際に合ったことはない。


 それでも、助けたい───蒼太は、そう思いながら、今日、ここに来た。


「古賀さん」と、翼が呼ぶと、古賀は、視線を上げた。


「……聞いて……」


 皺が刻まれた唇が、動いた。


「聞いて……くれるか……?」


 蒼太は、翼と同時に、頷いた。


 ※


「……君江は……」


 古賀は写真を見つめて言った。


「私の……、幼馴染だった……」


 その目はまるで、若かりし頃の君江を、写真の中の彼女の姿に重ねているようだった。


「私は……君江のことが好きだった……。ずっと……大人になってからも、ずっと、彼女以外の人間を愛したことがない……」


 古賀はそう、辛そうな目を見せた。


「私が殺し屋になったのは……20年前のことだ……」


 経営していた会社が倒産し、不幸なタイミングが重なるように、家が火事になった───。


「仕事も、金も、家も、飼っていた愛犬も……何もかも失って……、そんな時に……“殺し屋にならないか”と……ある男から誘われた……」


 当時、50半ばの年齢であったことから、古賀に任される任務は、毒物を使った殺害に限られたという。


「自宅に忍び込み……飲料水に毒物を仕込む……いつも、そのやり方をしていた」


 殺しの数は、年に多くて2回。その生活を、18年続けた。


「2年前の……2月だった……」


 古賀は視線を上に向け、次には、がくりと首を下ろした。


「君江から……連絡があった……」


 “久しぶり、修くん。元気?”


 何気なくて、明るい、あの口調で、君江の声は、留守番電話に残っていた───そう、古賀は語った。


 “長いこと連絡しないで、ごめんなさいね”


 殺し屋になって以来、古賀はそれまでの人間との関わりを、全て捨てたそうだ。ただし、ただ一つ、携帯電話の電話番号だけは、当時のまま、残していた。


 “修くんがよければ、近い内に、会えないかしら?”


 君江の声は言った。


 “少し……相談したいことがあるの。私は、南川のあの家に、今も住んでいます。折り返しの電話、待ってるいます”


 “それじゃあ”───という声で、声は途切れた。


「……会いに、行ったんですか?」


 翼が問うと、古賀は「ああ……」と答えた。



 “ありがとう、来てくれて”



 君江は、そう笑った。


 “本当に……久しぶりだな”


 “そうね。ほら、上がって"



 “それでね、相談なんだけれど”



「家に入って……向かい合った君江は、元気そうだった……。だから……相談というのも、何気ないものだと思っていた……」



 “私、重い病気が見つかったの”



 返す言葉が、見つからなかった───。


 “余命半年、だって”



 君江は、笑っていた。



 “あっという間よね。だけど、戦うことを考えたら、長いような、そんな期間”



 “このことはね、誰にも話してないの。今、修くんに、はじめて話した”



 “息子や、孫には、話せない”



 ようやく、声が出た。「……どうして、だ……?」という、か細い声が。



 “だって、迷惑かけちゃうもの。私、そこまでして、生きたくない”



 “それでね”



 “お願いがあるんだけど”



 “私が死ぬまでの間、私の───話し相手になってくれない?”



「毎週……君江の家を訪れては、何気ない会話をした……。時折、君江は……自分の人生について語ることもあった……」


 病気を抱えているとは思えないほど、その姿は溌溂(はつらつ)としていたそうだ。


 ある日───2年前の、3月。


「君江が、“明日、会えない?”と、私を誘ってくれた……」


 いつもは、自分のタイミングで訪れていた南川町の家に、古賀は向かった。



 “修くん、一つ、聞いてもいい?”




 “うん?なんだ?”



 君江の眼差しは、真っすぐで、鋭かった。



 “修くん……今、どこで、何をしているの?”



「……うそを……嘘を吐くことは……いくらでもできたはずだった……」


 古賀はそう、両手で頭を抱えた。


 でも、できなかった───。


 自分が殺し屋であることを、君江に打ち明けてしまった。


 話し終えると、君江は、こう言ったそうだ。



 “……死ぬのが、怖くはないの?”



 古賀は答えた。



 “怖くない”───と。



 “死より怖いのは……殺しをしている自分だ……”



 “何故、この道を選んでしまったのか、いつまでこんなことを続けるのか、私は……ここで死ぬべきなのではないか……、そう……人を殺した後は……いつも思う……”



 それは、殺し屋になって以来、自分の心で膨れ上がったまま、誰かにその空気を抜いて欲しくて仕方なかった言葉だった。


 君江は、そっと、古賀の肩に、手を触れた。



 “……私は、いつなくなってもおかしくない存在……あなたと、同じ”



 君江の目は、優しく、暖かく、そして、悲しげだった。



 “残りの人生……私は……あなたと一緒に生きたい”



 救われた───そう、古賀は思った。


「色のない世界に、光が差し込んだような……そんな気がした……」


 君江が───彼女の命の光が消える、その瞬間まで、自分は生きよう、生きなければならない。そう、思った。


 春が来て、夏が来た。


 7月下旬。


 君江の、予告された命の期限が、後もう少しに迫っていた。


 その日、家を訪ねると、君江は、封筒を手に持っていた。



 “これ、私の遺書”



 言葉が出なかった。呼吸が止まった。



 “もう……良いかなって”



 やせ細った腕で、君江は白髪を撫でた。



 表情は、穏やかだった。



 “なんだかね……”



 そう───君江は、自分を見た。



 “あなたと、このままずっと一緒にいたら……死にたくなくなってきちゃいそうで……”



 今日を、最後にしましょう───君江は言った。



「私は……“嫌だ”と……そう答えた……」



 “君が死ぬその瞬間まで、君のそばにいる”



 “君が……君江が、誰からも看取られず、一人で去って行くなんて……そんなことに、私は耐えられない”


 

 ”だから、お願いだ───”



 “自殺なんて……しないでくれ……”


 

 君江は、目を伏せていた。



 外で、蝉が鳴く声がして、それが止んで───君江は、顔を上げた。



 “修くん……”



 その目は、笑っていた。



 “最後のお願い……してもいい……?”



「……それこそが……、君江を……」


 古賀の息が、震えはじめた。


 そして、古賀が、その言葉の続きを語ることはなかった。


 蒼太は、古賀の涙を見つめた。


(これが……真実……)



 古賀修蔵は、花園君江に頼まれて、彼女を殺害した───。



(ずっと好きだった人を……自分が殺した……)


 それは───どれほど、辛いことなのだろう。


 蒼太は、今、自分がとても悲しい目をしていることに、気が付いた。


 そして、その目を、膝の上のノートに向けた。


 開いたページには、何も書かれていなかった。


 ※


「当時、南川署では、花園さんの死について、事件性があると判断して、捜査を開始したそうだ。その当初は、殺人事件としてメディアに情報を与えることも、考えていたらしい」


 専用所の会議室で、蒼太は亮助と向かい合っていた。古賀修藏を担当したのは、特別組織対策室ということで、“ASSASSIN”が介入する手続きのため、同行してくれていたのだ。


「だが、毒物が“ネイ・クロー”であることが判明し、殺し屋の犯行である可能性が浮上したうえ、そのタイミングで、遺書が発見された」


 花園君江の筆跡で、自分の病気について、そして、自分が殺し屋を雇ったことが記されていたそうだ。


「それにより、この事件は、内々で解決するよう、上の人間が判断した」


「殺し屋の存在を、公にしないためですか?」


 翼が問いかけると、亮助は静かに頷いた。


「メディアに情報を渡すことはもちろん、古賀修造が殺し屋であった事実は、誰にも知られてはならなかった。古賀が君江さんの自宅を出入りする様子は、近所に住む人たちにも、度々目撃されていたそうだ。古賀が殺し屋であることが誰かに知られてしまったら、この世に殺し屋が存在していることが世間に広まってしまう───そのことを危惧して、表向きは自殺として、捜査をしていたそうだ」


 そこまでは、警察の対応として、何処か納得のできる話だった。


「大半の場合、殺し屋による殺害である可能性が浮上した際は、俺たち───"特別組織対策室"に捜査要請が入るんだが、君江さんの事件では、それがなかった」


 亮助は、「これは、俺の想像だが」と、言った。


「俺たちの直属の上司が、俺たちに話が流れるのを、止めたのだと思う」


「止めた……?」


 蒼太は、その言葉を聞き返した。


「その上司というのは、中々に理解し難い思考の持ち主なんだ。普段は、雑用から、無理難題まで、俺たちに押し付けてくるんだが、ごく稀に、俺たちの耳に入らないようにして、殺し屋事件を処理しようとすることがある」


「君江さんの事件の場合は」と、亮助は続けた。


「外部に情報が漏れないよう、徹底しなければならなかった。だが、その上司は、俺たちに事件の話をし、捜査に参加させることで、何か不具合が起きるのではないかとでも思ったんだろう」


「だから、社長も、事件に関する資料を処分するように頼まれた───ということ何でしょうか」


 翼が尋ねた。


「そういうことだろうな。源なら、すぐに俺たちと繋がることができると、そう思ったんだろう」


「結果として」と、亮助は言った。


「2年前、殺し屋の犯行であることは突き止められたものの、被疑者確保までは、至らなかった。俺たちが捜査に参加していたら結果は違ったと言うつもりは全く無いが、殺し屋事件の捜査には、専門の知識が必要になる。普段、殺し屋を相手にしていない警察官が解決するのには、難しい事件だったということだろう」


 続いて、亮助がしたのは、古賀修造の話だった。


「1ヶ月前、俺たちが古賀を捕まえたのは、今思うと、偶然のようなタイミングだったな。その時の取り調べにおいて、古賀は、君江さんの殺害について、口にしていなかった。言えなかったんだろうな───自分の、口からは」


 その言葉に、蒼太は、胸がキュッと締め付けられるような感覚を味わった。


 古賀修造は、花園君江のことを、どこまでも、愛し続けていたのだ。


「奈穂さんにおばあさんの死因が伝わらなかったのは、ご両親の判断だろうな」


 警察は、奈穂の両親には、君江の死の真相を伝えた───そう思うと、亮助は言った。


 蒼太は、口を噤んだ。


 亮助が、“思う”という曖昧な表現を用いるのは、それが事実かどうか判断する材料を手にすることができないからだ。


 そういうことにしておこう───その言葉でまとめるしか、方法がない。


(でも……)


 蒼太は思った。


(奈穂さんは……それで納得できるのかな……)


 もしかしたら、花園奈穂が、“納得する”答など、存在しないのかもしれない。


 それでも───と、蒼太は願ってしまう。


(付く傷が……小さいものであってほしい……)


「そうだ」という亮助の声に、蒼太は顔を上げた。


「これを───優樹菜ちゃんに渡してくれないか」


 そう、差し出されたのは、一枚の封筒だった。


 蒼太はその瞬間に、窓に映る、青空を見た。

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