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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
118/342

August Story23

毒を作った武器屋の元へ、蒼太、優樹菜、翼の3人が向かう。

「ぼくも、一緒に行っていいですか……?」と問いかけたら、優樹菜は大いに驚くだろうと想像していた蒼太は、「うん、行こう」と、笑顔を返された時、自分の方が驚いてしまった。


 土曜日。午前10時。蒼太は家の前で優樹菜と待ち合わせをし、北山警察署へと向かった。


「源から、何か聞いたか?」


 車が発信してすぐ、亮助が、そう問いかけてきた。


「その、武器屋について、ですか?」


 優樹菜が答えた。


「警察と繋がりを持ってるっていうことは、聞きました。まあ……それを聞いて、今回、お願いをする形になったんですけど」


 その言葉に、蒼太は、そっと頷いた。


 優樹菜の言葉をきっかけに、殺し屋の武器を制作している人物に会いに行く計画が始まり、そのことを相談すると、新一は、こう教えてくれた。


「その人物は、この町にいるよ」


「えっ!社長、知ってるの?」


 葵が驚きの声を上げると、新一は頷いた。


「私も、以前に一度、会ったことがあるんだ」


「“私も”……?どういうことですか?」


 優樹菜が問いかけた。


「その人物はね」


 新一は、いつもの穏やかな目をしてはいなかった。


「犯罪者でありながら、警察と連絡を取る術を持っているんだ」


 その言葉通り、北山警察署特別組織対策室が、“ASSASSIN”と、“人物”との面会を手配してくれた。


 そして、現在(いま、蒼太は、優樹菜、翼と共に、亮助の車に乗せてもらい、“武器屋”へと向かおうとしていた。


「詳しいことは、聞いてないんだな」


 亮助は言った。


 車は町中を進んでいる。


「どんな人物なんですか?」


 助手席にいる翼が横を向くのを、蒼太は見た。


「奴は、警察を誰よりも嫌っている」   

  

 亮助は答えた。


 蒼太は「えっ……?」と声を上げた。


「なのに……連絡を取ろうとしてるっていうのは、何か理由があるんですか?」


 優樹菜が問いかけると、亮助は「ああ」と頷いた。


「奴が持ちかけてきたんだ。自分は、中立の立場だと」


(中立の、立場……?)


 蒼太は心の中でその言葉を繰り返した。


「殺し屋と警察、自分はどちらの味方でもない───それが、奴の考えだ」


 車内に沈黙が訪れた。


「よく分からないと思うだろう」


 3人の気持ちを代弁するように、亮助が口を開いた。


「奴は、そういう奴だ」


 蒼太はルームミラー越しに、その目を見ようとした。


 しかし、高さが足りず、見ることができなかった。


「長い付き合い、なんですか?」


 翼が尋ねた。


「……もう、16年になるな」 


 僅かな間の後で、亮助が答えた。


(16年……)


 蒼太は思った。


(兄ちゃんが……生まれた年……)


 それは偶然なのだろうが、"16年"という言葉に、引っ掛かりを感じているのは、亮助も同じような───そんな気がした。


「16年前、殺し屋に武器を提供している人間の存在が浮上した───それが、奴だった」


「16年調べて、捕まえられないのは……それだけ手強い相手ってことですか?」


 見つめると、優樹菜が目をきつく細めていた。


 亮助は「そうだな」と言った。


「顔も居場所も分かっていながら、俺たちは奴に指一本触れることができない」


 その口調は、冷静で落ち着いていた。


 しかし───蒼太は、その事実の重大さ、深刻さを感じ取り、心が震える感覚を味わった。


 その相手と、自分は会おうとしている───。


「奴は、本名を決して明かさないんだ」 


 亮助は言った。


「どこを調べても、どれだけ探っても、奴の情報は落ちていない。分かっているのは、日本人であること、男であること、殺し屋と精通していること、凶器を作製する技術を持っていること、そして───」


 亮助は静かに、こう続けた。


「能力者であること」


 そんな、真剣な話をし続けていたからだろう。


 車が停止した時、蒼太は信号に引っかかったのかと思って、顔を窓の外に向けた。


(あれ……?)


 そこは、道路ではなかった。


 建物に囲まれた、路地だった。


「見えるか?」


 亮助の視線を、蒼太は追った。


「2階の、赤い扉───そこに、奴はいる」


 ※


 ステンレス材でできた階段を上がり、赤い扉の前に立つまで、3人は一斉に口を噤んでいた。


 優樹菜の視線での合図に、蒼太は大きく深呼吸をして頷いた。


 3回、優樹菜は扉をノックした。


 返ってきたのは、重く、反響する音だけだった。


 優樹菜が、慎重な手付きで、ドアノブを捻った。


 ギィィィ……という、蒼太にとって嫌な音で、ドアは開いた。


 中の様子に、蒼太は「え……?」と声を漏らした。


 本当に、ここに人が住んでいるのだろうか?


 壁際に、中身がパンパンに詰まったゴミ袋が整列している以外に、家具などは、一切見当たらない。


 翼が扉を閉めると、室内は暗くなった。


 蒼太は目をパチパチとさせて、もう一度、部屋を見回した。


 そうして、ぐるりと一周した時───右手を、サッと何かが擦ったような感覚があった。蒼太は、「ん……?」と下を向いた。


「やあ、こんにちは」


 そこに、一人の、男がいた。


 蒼太は大きく息を呑んで、ビクリと、身を引いた。


「ハハハ」


 見開いた目を向けると、男は、手を叩いて笑った。


「イイ反応だね~、坊や」


 蒼太は、心臓がはち切れそうになる感覚を味わいながら、男を見つめ返した。


 赤色の、刈り上げた髪。白と灰色の中間のような瞳───間違いなく、能力者だ。


 蒼太の肩に、優樹菜の手が触れた。


「あなた……ですか……?」


 両手で蒼太の身体を包むようにしながら、優樹菜が問いかけた。


「まずは自分から名乗るのが先なんじゃないかなぁ、お嬢ちゃん」


 男はそう言いながら立ち上がった。


 大きい───蒼太が目を見張ると同時に、蒼太の肩を握った優樹菜の指先に、力がこもった。


「私は……私たちは、“ASSASSIN”のメンバーです」


 優樹菜の口調は、しっかりとしていた。


「それは知ってる。名前は?一人ずつ、教えてよ」


 男はそう、3人それぞれの顔を見つめた。


「……中野優樹菜です」


 優樹菜の声に、緊張が加わった。


「萩原翼です」


 翼の声は、いつもと変わらず、穏やかで落ち着いていた。


 蒼太は声を出そうとした。


 しかし、息が震えて、うまくできない。


 男が自分を見つめていることが、余計に、蒼太の心を焦らせた。


「この子は、清水蒼太くんです」


 優樹菜が言った。


「ふうん?」


 男の目は、蒼太を向いたままだ。その顔は笑っていないのに、目だけが笑みを残しているかのように見えて、不気味だった。


「そーたクン、ね」


「次は……あなたの番です」


 男の視線が、蒼太から優樹菜へと移った。


「オレ?」


「他に……誰もいない、ですよね?」


 優樹菜は微かに部屋を見回しながら問いかけた。


「どうかなぁ、どうだろうね」


 男はそう、肩を揺らして笑った。


「オレは、そうだなあ、ヴィゼル、とでも呼んでよ」


 男───ヴィゼルは笑みを保ったまま言った。


 そして、「お嬢ちゃん」と優樹菜を呼んだ。


「いつまで、そーたクンの肩、持ってるつもり?」


 蒼太は優樹菜にぐいと、身体を引き寄せられた。


「ここを出て行くまで、です」


「随分な警戒っぷりだねぇ」


「あなた───ヴィゼルさんは、どうなんですか?」


 翼が、口を開いた。


「ん、なに?キミたちが“ASSASSIN”のメンバーだって知ってどうなんだってこと?」


 翼は頷かなかったが、その瞳は穏やかなままヴィゼルに向いていた。


「そんなの、関係ないよ」


 ヴィゼルは、また笑った。


「だってオレ、殺し屋じゃないもん。殺し屋以外は捕まえられないんでしょ?キミたち」


 翼が、笑みを返す。


「よくご存じで」


「職業柄、色んな人から色んな話を聞くもんでさあ、キミたちのウワサはしょっちゅう」


 ヴィゼルは「で?」と、首を傾けた。その動きは、壊れかけのおもちゃかのように、蒼太の目には見えた。


「キミたちの用件は、なに?」


「お聞きしたいことがあって」


 翼が答えた。


「ヴィゼルさん、あなたは、過去の依頼をデータとして取ったりされていますか?」


 ヴィゼルは翼を見て、ふっと鼻で笑った。


「丁寧なコトバづかいするねえ、犯罪者相手に。怖いの?オレのこと」


「いえ、そういうわけではないですよ」


 挑発するような口調に、翼はゆるりと首を振った。


「僕たちは、お願いをする側ですから」


「へーえ。理屈っぽいねえ、キミ」


 ヴィゼルは、ニコリとした。


「嫌いじゃないよ、そういうの」


「質問に答えてください」


 優樹菜がしびれを切らしたように声を上げた。


「まーまー、そんな焦らせないでよ、お嬢ちゃん」


 ヴィゼルはひらひらと手を振り、「その前にさ」と言った。


「キミたちの目的、教えてくんない?」


 優樹菜が息を吸う音が、蒼太の耳に届いた。


「……分かりました」


 優樹菜が花園君江のことを話している間、ヴィゼルは終始、何処か、楽しそうな目をしていた。


「2年前の8月近辺に、あなたに、"ネイ・クロー"を作るように依頼してきた人物を教えてもらえませんか?」


 優樹菜は言った。


 ヴィゼルは「んー」と首を傾け、やがて、笑った。


「物々交換しようよ」


「物々交換……?」


 ヴィゼルは「そ」と肩を揺らした。 


「キミたちが持ってる情報、オレにちょーだい?」


「私たちが何かを教えたら……教えてくれるんですか?」


「とーぜんじゃん。物々交換って、そういうものでしょ?」 


 蒼太は、優樹菜を見上げた。


 その目は、ヴィゼルに向いていた。そして、警戒の色に溢れていた。


「なに?そーたクン」


 呼ばれて、蒼太は、はっと視線を戻した。


「オレのこと、信用できない?」


 ヴィゼルが膝に手を付いて屈みこんだ。近い距離で目が合う。蒼太は、目を見開きながら、身を引いた。


「そうだ」


 ヴィゼルは薄い色の唇を開いた。


「そーたクン、キミが教えてよ」


 蒼太は「え……?」と動揺した。


「オレに、キミのこと、教えて?」


 ヴィゼルは、ニッコリとした。


(ぼく……?ぼく……の、こと……?)


「そうだなあ」


 ヴィゼルは右手で頭をガリガリと掻き始めた。


 やがて、その手の動きを止めると、ゆっくりと、大きく、口角を上げた。


「キミが、"ASSASSIN"にいる理由は、なに?」


 それは、短く忙しない思考の中で、蒼太が予想できなかった問いだった。


「キミ、見るからに、小さくて臆病で弱々しくってさ、まるで、雛みたいじゃない?それなのに、わざわざ進んで物騒なことに首ツッコむのには、何かトクベツな事情でもあるのかなぁ?」


 ヴィゼルは楽しそうに、ニコニコと笑っている。


 優樹菜が更に蒼太の身体を引き寄せた。それにより、2人は、ほぼ密着する形になった。


 蒼太は、翼を見た。


 翼は変わらず、落ち着いた様子だった。目が合うと、黄緑色の瞳を柔らかくして、頷いた。


 蒼太は、気が付いた。



 2人とも、ぼくを、信じてくれてる───。



「ぼくは……」


 蒼太は、息を、深く吸い込んだ。


「自分に自信がなくて……自分のことが大嫌いで……だから……自分のことを好きになってくれたり、認めてくれる人は、いないんだなって……ずっとずっと、そう思ってました」


 思い出すのは、数々の、苦い思い出だ。


 能力者であること、性格のこと───生まれ持ったものを、傷付けらたこと。その度に、自分という存在を憎んだこと。


「……だけど」


 蒼太は、握った指先に、力を込めた。


「この町に来て……"ASSASSIN"に出会って、こんなぼくと一緒にいてくれて……、こんなぼくのこと、"仲間"って呼んでくれる人がいるんだって……みんなが、教えてくれました」


 蒼太は、真っ直ぐに、ヴィゼルの目を見つめた。


「"ASSASSIN"は、ぼくの居場所です。……みんなと一緒にいたいから、ぼくは、"ASSASSIN"にいます」


 ヴィゼルから、笑みが消えていた。


 石像のように、ピクリともせず、蒼太の瞳を覗き込んでいる。


 蒼太は、目を逸らさなかった。


 すっと、ヴィゼルが腰を上げた。


 ヴィゼルが身を翻すと、筋肉質な腕が、蒼太に向いた。


「そこ、動かないでね」


 ヴィゼルは後ろに視線をやってそう言うと、奥へと歩いて行った。


 ほんの数秒の間で、ヴィゼルは戻って来た。


 手には、何かが握られている。


「あげる」


 ヴィゼルはそれを、蒼太に差し出してきた。


「えっ……?」


 蒼太は、それを見つめた。


 初老の男性の顔写真だった。


「2年前の8月16日。オレに、ネイ・クローを作れって言ってきた、じいさん」


 蒼太は、はっとした。


「ありがとう……ございます……」


 下げた頭を上げると、ヴィゼルは、あの不気味な笑みを浮かべていた。


「キミ、面白いね」


 その目は間違いなく、蒼太に向いていた。


「気に入ったよ。また会おうね、そーたクン」


 ※


「うまく行きました」


 車に乗り込みながら言うと、亮助は「そうか」と頷いた。


「蒼太くんのお陰でね」


 そう笑いかけると、蒼太は、ぶんぶんと首を振った。優樹菜はそれを見て、もう一度笑った。


「何か、聞かれたのか?」


 亮助が視線を上げたのが見えた。


「あ……そんな、大したことじゃなかったです……」


 蒼太が答えると、亮助は再び、「そうか」と言った。


 そして、車にエンジンがかかった。


「できれば」


 車が動き出すと、亮助は口を開いた。


「君たちを、奴には近付かせたくなかった」


 優樹菜は目を上げた。


「会ってみて分かったんじゃないか。奴は、全ての行動が予測できない」


「たしかに……そういう感じはしました」


 優樹菜は、ほんの数分前の出来事───ヴィゼルとの対面を思い返した。


「今後は、奴に会うようなことは、避けた方がいい」


 暫しの沈黙の後、亮助は言った。


 優樹菜は「……わかりました」と、頷いた。


 会う前は、何故、亮助がそこまで警戒するのか───と思っていたが、実際に対面して、その意味が分かった気がした。


(だけど……)


 優樹菜は手の中にある、写真を握りしめた。


(これで、進める……)


 武器屋・ヴィゼルに会いに行ったことは、無駄にはならなかった。


 優樹菜は、そっと張り詰め続けていた肩を下ろした。

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