August Story23
毒を作った武器屋の元へ、蒼太、優樹菜、翼の3人が向かう。
「ぼくも、一緒に行っていいですか……?」と問いかけたら、優樹菜は大いに驚くだろうと想像していた蒼太は、「うん、行こう」と、笑顔を返された時、自分の方が驚いてしまった。
土曜日。午前10時。蒼太は家の前で優樹菜と待ち合わせをし、北山警察署へと向かった。
「源から、何か聞いたか?」
車が発信してすぐ、亮助が、そう問いかけてきた。
「その、武器屋について、ですか?」
優樹菜が答えた。
「警察と繋がりを持ってるっていうことは、聞きました。まあ……それを聞いて、今回、お願いをする形になったんですけど」
その言葉に、蒼太は、そっと頷いた。
優樹菜の言葉をきっかけに、殺し屋の武器を制作している人物に会いに行く計画が始まり、そのことを相談すると、新一は、こう教えてくれた。
「その人物は、この町にいるよ」
「えっ!社長、知ってるの?」
葵が驚きの声を上げると、新一は頷いた。
「私も、以前に一度、会ったことがあるんだ」
「“私も”……?どういうことですか?」
優樹菜が問いかけた。
「その人物はね」
新一は、いつもの穏やかな目をしてはいなかった。
「犯罪者でありながら、警察と連絡を取る術を持っているんだ」
その言葉通り、北山警察署特別組織対策室が、“ASSASSIN”と、“人物”との面会を手配してくれた。
そして、現在、蒼太は、優樹菜、翼と共に、亮助の車に乗せてもらい、“武器屋”へと向かおうとしていた。
「詳しいことは、聞いてないんだな」
亮助は言った。
車は町中を進んでいる。
「どんな人物なんですか?」
助手席にいる翼が横を向くのを、蒼太は見た。
「奴は、警察を誰よりも嫌っている」
亮助は答えた。
蒼太は「えっ……?」と声を上げた。
「なのに……連絡を取ろうとしてるっていうのは、何か理由があるんですか?」
優樹菜が問いかけると、亮助は「ああ」と頷いた。
「奴が持ちかけてきたんだ。自分は、中立の立場だと」
(中立の、立場……?)
蒼太は心の中でその言葉を繰り返した。
「殺し屋と警察、自分はどちらの味方でもない───それが、奴の考えだ」
車内に沈黙が訪れた。
「よく分からないと思うだろう」
3人の気持ちを代弁するように、亮助が口を開いた。
「奴は、そういう奴だ」
蒼太はルームミラー越しに、その目を見ようとした。
しかし、高さが足りず、見ることができなかった。
「長い付き合い、なんですか?」
翼が尋ねた。
「……もう、16年になるな」
僅かな間の後で、亮助が答えた。
(16年……)
蒼太は思った。
(兄ちゃんが……生まれた年……)
それは偶然なのだろうが、"16年"という言葉に、引っ掛かりを感じているのは、亮助も同じような───そんな気がした。
「16年前、殺し屋に武器を提供している人間の存在が浮上した───それが、奴だった」
「16年調べて、捕まえられないのは……それだけ手強い相手ってことですか?」
見つめると、優樹菜が目をきつく細めていた。
亮助は「そうだな」と言った。
「顔も居場所も分かっていながら、俺たちは奴に指一本触れることができない」
その口調は、冷静で落ち着いていた。
しかし───蒼太は、その事実の重大さ、深刻さを感じ取り、心が震える感覚を味わった。
その相手と、自分は会おうとしている───。
「奴は、本名を決して明かさないんだ」
亮助は言った。
「どこを調べても、どれだけ探っても、奴の情報は落ちていない。分かっているのは、日本人であること、男であること、殺し屋と精通していること、凶器を作製する技術を持っていること、そして───」
亮助は静かに、こう続けた。
「能力者であること」
そんな、真剣な話をし続けていたからだろう。
車が停止した時、蒼太は信号に引っかかったのかと思って、顔を窓の外に向けた。
(あれ……?)
そこは、道路ではなかった。
建物に囲まれた、路地だった。
「見えるか?」
亮助の視線を、蒼太は追った。
「2階の、赤い扉───そこに、奴はいる」
※
ステンレス材でできた階段を上がり、赤い扉の前に立つまで、3人は一斉に口を噤んでいた。
優樹菜の視線での合図に、蒼太は大きく深呼吸をして頷いた。
3回、優樹菜は扉をノックした。
返ってきたのは、重く、反響する音だけだった。
優樹菜が、慎重な手付きで、ドアノブを捻った。
ギィィィ……という、蒼太にとって嫌な音で、ドアは開いた。
中の様子に、蒼太は「え……?」と声を漏らした。
本当に、ここに人が住んでいるのだろうか?
壁際に、中身がパンパンに詰まったゴミ袋が整列している以外に、家具などは、一切見当たらない。
翼が扉を閉めると、室内は暗くなった。
蒼太は目をパチパチとさせて、もう一度、部屋を見回した。
そうして、ぐるりと一周した時───右手を、サッと何かが擦ったような感覚があった。蒼太は、「ん……?」と下を向いた。
「やあ、こんにちは」
そこに、一人の、男がいた。
蒼太は大きく息を呑んで、ビクリと、身を引いた。
「ハハハ」
見開いた目を向けると、男は、手を叩いて笑った。
「イイ反応だね~、坊や」
蒼太は、心臓がはち切れそうになる感覚を味わいながら、男を見つめ返した。
赤色の、刈り上げた髪。白と灰色の中間のような瞳───間違いなく、能力者だ。
蒼太の肩に、優樹菜の手が触れた。
「あなた……ですか……?」
両手で蒼太の身体を包むようにしながら、優樹菜が問いかけた。
「まずは自分から名乗るのが先なんじゃないかなぁ、お嬢ちゃん」
男はそう言いながら立ち上がった。
大きい───蒼太が目を見張ると同時に、蒼太の肩を握った優樹菜の指先に、力がこもった。
「私は……私たちは、“ASSASSIN”のメンバーです」
優樹菜の口調は、しっかりとしていた。
「それは知ってる。名前は?一人ずつ、教えてよ」
男はそう、3人それぞれの顔を見つめた。
「……中野優樹菜です」
優樹菜の声に、緊張が加わった。
「萩原翼です」
翼の声は、いつもと変わらず、穏やかで落ち着いていた。
蒼太は声を出そうとした。
しかし、息が震えて、うまくできない。
男が自分を見つめていることが、余計に、蒼太の心を焦らせた。
「この子は、清水蒼太くんです」
優樹菜が言った。
「ふうん?」
男の目は、蒼太を向いたままだ。その顔は笑っていないのに、目だけが笑みを残しているかのように見えて、不気味だった。
「そーたクン、ね」
「次は……あなたの番です」
男の視線が、蒼太から優樹菜へと移った。
「オレ?」
「他に……誰もいない、ですよね?」
優樹菜は微かに部屋を見回しながら問いかけた。
「どうかなぁ、どうだろうね」
男はそう、肩を揺らして笑った。
「オレは、そうだなあ、ヴィゼル、とでも呼んでよ」
男───ヴィゼルは笑みを保ったまま言った。
そして、「お嬢ちゃん」と優樹菜を呼んだ。
「いつまで、そーたクンの肩、持ってるつもり?」
蒼太は優樹菜にぐいと、身体を引き寄せられた。
「ここを出て行くまで、です」
「随分な警戒っぷりだねぇ」
「あなた───ヴィゼルさんは、どうなんですか?」
翼が、口を開いた。
「ん、なに?キミたちが“ASSASSIN”のメンバーだって知ってどうなんだってこと?」
翼は頷かなかったが、その瞳は穏やかなままヴィゼルに向いていた。
「そんなの、関係ないよ」
ヴィゼルは、また笑った。
「だってオレ、殺し屋じゃないもん。殺し屋以外は捕まえられないんでしょ?キミたち」
翼が、笑みを返す。
「よくご存じで」
「職業柄、色んな人から色んな話を聞くもんでさあ、キミたちのウワサはしょっちゅう」
ヴィゼルは「で?」と、首を傾けた。その動きは、壊れかけのおもちゃかのように、蒼太の目には見えた。
「キミたちの用件は、なに?」
「お聞きしたいことがあって」
翼が答えた。
「ヴィゼルさん、あなたは、過去の依頼をデータとして取ったりされていますか?」
ヴィゼルは翼を見て、ふっと鼻で笑った。
「丁寧なコトバづかいするねえ、犯罪者相手に。怖いの?オレのこと」
「いえ、そういうわけではないですよ」
挑発するような口調に、翼はゆるりと首を振った。
「僕たちは、お願いをする側ですから」
「へーえ。理屈っぽいねえ、キミ」
ヴィゼルは、ニコリとした。
「嫌いじゃないよ、そういうの」
「質問に答えてください」
優樹菜がしびれを切らしたように声を上げた。
「まーまー、そんな焦らせないでよ、お嬢ちゃん」
ヴィゼルはひらひらと手を振り、「その前にさ」と言った。
「キミたちの目的、教えてくんない?」
優樹菜が息を吸う音が、蒼太の耳に届いた。
「……分かりました」
優樹菜が花園君江のことを話している間、ヴィゼルは終始、何処か、楽しそうな目をしていた。
「2年前の8月近辺に、あなたに、"ネイ・クロー"を作るように依頼してきた人物を教えてもらえませんか?」
優樹菜は言った。
ヴィゼルは「んー」と首を傾け、やがて、笑った。
「物々交換しようよ」
「物々交換……?」
ヴィゼルは「そ」と肩を揺らした。
「キミたちが持ってる情報、オレにちょーだい?」
「私たちが何かを教えたら……教えてくれるんですか?」
「とーぜんじゃん。物々交換って、そういうものでしょ?」
蒼太は、優樹菜を見上げた。
その目は、ヴィゼルに向いていた。そして、警戒の色に溢れていた。
「なに?そーたクン」
呼ばれて、蒼太は、はっと視線を戻した。
「オレのこと、信用できない?」
ヴィゼルが膝に手を付いて屈みこんだ。近い距離で目が合う。蒼太は、目を見開きながら、身を引いた。
「そうだ」
ヴィゼルは薄い色の唇を開いた。
「そーたクン、キミが教えてよ」
蒼太は「え……?」と動揺した。
「オレに、キミのこと、教えて?」
ヴィゼルは、ニッコリとした。
(ぼく……?ぼく……の、こと……?)
「そうだなあ」
ヴィゼルは右手で頭をガリガリと掻き始めた。
やがて、その手の動きを止めると、ゆっくりと、大きく、口角を上げた。
「キミが、"ASSASSIN"にいる理由は、なに?」
それは、短く忙しない思考の中で、蒼太が予想できなかった問いだった。
「キミ、見るからに、小さくて臆病で弱々しくってさ、まるで、雛みたいじゃない?それなのに、わざわざ進んで物騒なことに首ツッコむのには、何かトクベツな事情でもあるのかなぁ?」
ヴィゼルは楽しそうに、ニコニコと笑っている。
優樹菜が更に蒼太の身体を引き寄せた。それにより、2人は、ほぼ密着する形になった。
蒼太は、翼を見た。
翼は変わらず、落ち着いた様子だった。目が合うと、黄緑色の瞳を柔らかくして、頷いた。
蒼太は、気が付いた。
2人とも、ぼくを、信じてくれてる───。
「ぼくは……」
蒼太は、息を、深く吸い込んだ。
「自分に自信がなくて……自分のことが大嫌いで……だから……自分のことを好きになってくれたり、認めてくれる人は、いないんだなって……ずっとずっと、そう思ってました」
思い出すのは、数々の、苦い思い出だ。
能力者であること、性格のこと───生まれ持ったものを、傷付けらたこと。その度に、自分という存在を憎んだこと。
「……だけど」
蒼太は、握った指先に、力を込めた。
「この町に来て……"ASSASSIN"に出会って、こんなぼくと一緒にいてくれて……、こんなぼくのこと、"仲間"って呼んでくれる人がいるんだって……みんなが、教えてくれました」
蒼太は、真っ直ぐに、ヴィゼルの目を見つめた。
「"ASSASSIN"は、ぼくの居場所です。……みんなと一緒にいたいから、ぼくは、"ASSASSIN"にいます」
ヴィゼルから、笑みが消えていた。
石像のように、ピクリともせず、蒼太の瞳を覗き込んでいる。
蒼太は、目を逸らさなかった。
すっと、ヴィゼルが腰を上げた。
ヴィゼルが身を翻すと、筋肉質な腕が、蒼太に向いた。
「そこ、動かないでね」
ヴィゼルは後ろに視線をやってそう言うと、奥へと歩いて行った。
ほんの数秒の間で、ヴィゼルは戻って来た。
手には、何かが握られている。
「あげる」
ヴィゼルはそれを、蒼太に差し出してきた。
「えっ……?」
蒼太は、それを見つめた。
初老の男性の顔写真だった。
「2年前の8月16日。オレに、ネイ・クローを作れって言ってきた、じいさん」
蒼太は、はっとした。
「ありがとう……ございます……」
下げた頭を上げると、ヴィゼルは、あの不気味な笑みを浮かべていた。
「キミ、面白いね」
その目は間違いなく、蒼太に向いていた。
「気に入ったよ。また会おうね、そーたクン」
※
「うまく行きました」
車に乗り込みながら言うと、亮助は「そうか」と頷いた。
「蒼太くんのお陰でね」
そう笑いかけると、蒼太は、ぶんぶんと首を振った。優樹菜はそれを見て、もう一度笑った。
「何か、聞かれたのか?」
亮助が視線を上げたのが見えた。
「あ……そんな、大したことじゃなかったです……」
蒼太が答えると、亮助は再び、「そうか」と言った。
そして、車にエンジンがかかった。
「できれば」
車が動き出すと、亮助は口を開いた。
「君たちを、奴には近付かせたくなかった」
優樹菜は目を上げた。
「会ってみて分かったんじゃないか。奴は、全ての行動が予測できない」
「たしかに……そういう感じはしました」
優樹菜は、ほんの数分前の出来事───ヴィゼルとの対面を思い返した。
「今後は、奴に会うようなことは、避けた方がいい」
暫しの沈黙の後、亮助は言った。
優樹菜は「……わかりました」と、頷いた。
会う前は、何故、亮助がそこまで警戒するのか───と思っていたが、実際に対面して、その意味が分かった気がした。
(だけど……)
優樹菜は手の中にある、写真を握りしめた。
(これで、進める……)
武器屋・ヴィゼルに会いに行ったことは、無駄にはならなかった。
優樹菜は、そっと張り詰め続けていた肩を下ろした。
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