表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
117/342

August Story22

小さな葛藤を抱えながら図書館を訪れる蒼太は、能力者専門の情報屋・奈須琉輝に出くわし───?

 蒼太は半ば、地に足が付かないような心地で、閉館間際の図書館を訪れた。


 借りた本は、気に入ったページを写真に撮って残したため、返却期限までまだ少しあるが、今日の内に返してしまおうと思ったのだ。


 せっかくなら閉館のアナウンスがあるまでここにいようと、目的もなく、書架を歩き回ることにした。返却は、出る直前で良いだろう。


(毒を作った人……)


 やはり、思い出すのはメンバーとの会話だ。

 その人物は、すぐに調べられた。


 殺し屋に武器を提供している男───この町に、いるらしい。


 自分がこうして、メンバーとの帰り道を一人外れてここに来たのは、決断のためではないかと、蒼太は、ぼんやりと思った。


(その……犯罪者に会いに行くか、どうか……)


 優樹菜の提案に、「僕も行きます」と翼が言ったのを聞いてから、蒼太はずっと迷っていた。


 人から話を聞きだす───それは、取調班が担うべき仕事なのではいか、と。


(みんなは……“そんなことないよ”って、言ってくれると思うけど……、なんか……なんだろう……)


 心に引っかかって、流れていかないものの正体を、蒼太は探ろうとした。


 そして、浮かんだのは、今日の、オフィスでの風景だった。


(……ぼくも、役に立ちたい……。自分にできることがあるなら……やりたい……)


 あの時、自分はただ座っているだけで、何もできなかった───蒼太は、それを後悔していた。


 それを払拭するために、自分は、動くべきなのではないか───。


「あれー?」


 その声に、蒼太は顔を上げた。


 そこに立っていた人物と、目が合った。


 この季節に似合わない長袖のパーカーを着て、首をタオルで覆っている───蒼太は「あっ……」と、声を上げた。


「後輩くんじゃーん、お久だねー」


 奈須琉輝は表情一つ変えずにそう言った。


「あ……お、お久しぶりです……」


 こうして町中で会うのは初めてのことだと、蒼太は緊張を感じた。


「本とか読むんだー、偉いねー」


 琉輝はいつも通りの飄々とした様子で、蒼太の手元を見下ろした。


「おー、写真集ー?こういうの、好きなのー?」


 蒼太は「あっ……」と、絵を描く練習のために使ったということを説明した。


「へーえ、良い趣味持ってるねー」


 琉輝は、蒼太の目を見つめたまま、「あー、そうだー」と声を上げた。


「君らに会ったら聞こうと思ってたことあったんだったー」


("君ら"……?)


 蒼太は何のことか分からず、首を傾けた。


 見つめると、琉輝の目の色が、ほんの僅かに変わった。


「リーさんさ、最近、どうしてるー?」


 その問いに、蒼太は「えっ……?」と目を開いた。


(リーさん……?)


 誰のことだろう───。


(あ……でも、どこかで聞いたことあるような……)


 あれは確か───琉輝の声ではなかっただろうか。


「あー、そっかー」


 ポンと、いう音がした。琉輝が手を打ったのだ。


「後輩くんには、話してなかったねー。ほらー、君のおにーちゃん」


 蒼太は文字通り、ぽかんとした。


「んー?なにー?後ろに何かいるー?」


 そう後ろを振り返った琉輝に、ようやく思考

 が追いついてきた蒼太は「あ……!いや……」と慌てて首と手を振った。


「に、兄ちゃんのこと……ですか……?」


「そーそー。自分、リーさんって呼んでるんだー」


 そう言われても、蒼太は混乱するばかりだった。


 一体、勇人のどこに、"リーさん"の要素があるのか。そして、琉輝は、あだ名で呼べるほどに勇人と親しいのか。


「あー、これね、ちょっとした、深い意味があるんだー。聞いてしまえば、浅いんだけどー、聞くー?」


 そう、首を傾けられ、蒼太は流されるように、「あ……」と答えていた。


「お……お願いします……」


「おっけーい。じゃあさー、ここで立ち話は迷惑だろうから、外、出よー」


 ※


 2人は、入り口の横にあるベンチに座った。


「まずねー、言っておくと、リーさんは、自分の命の恩人なんだー」


「命の、恩人……?」 


「うんー。リーさんとあの日に出会ってなかったら、自分は、今、ここにいないんじゃないかなー」


 琉輝は表情も口調も変えずに「自分ねー」と言った。


「10歳の時に、家出したんだー。ホームレスデビューしたんだよー」


 まるで、「明日は雨らしいよ」というくらいの、何気ない口調で、琉輝は言った。


「親がさー」


 蒼太が言葉を返せないのを察してか、琉輝は話を続けた。


「親とも呼びたくないくらい最低最悪な奴らで、死なない程度の暴力とか、罵倒は日常茶飯事、家の中は、地獄だったねー」


「それでねー」と、琉輝は視線を上に向けた。


「10歳になって、何が変わったのか知んないけど、"食べさせなくても死なないよ"とかなんとか言い出して、そのせいで、ご飯食べれなくなったんだよねー。それで、1週間経って、気付いたら、家出してたよねー。まあ、どこにも行き場ないし、空腹でフラフラで、どこに行くか考えることもできなかったから、さながら徘徊だねー」


 琉輝は、ふぅーっと、空に向かって息を吐き出した。


「歩き疲れて、たまたま目についた公園入って、滑り台の下───ほら、ゾウとか、動物の形したやつあるじゃーん?確か、あれもゾウだったと思うけど、まあ、なんでもいいやー。そこでうずくまって、"ここで死ぬんだなー"って思ってたんだよねー。そうしたら、相席さんが現れてー」


「相席さん……?」


「そー、それがリーさん───君のおにーちゃん」


 琉輝は頷いた。


「まあー、自分より、ずっと健康そうで、普通の家庭で育ってきたような感じで、しかも歳上だしさー、最初は警戒したよねー。"君、迷子?"とか言われて、家に連れ戻されたら溜まったもんじゃないよー、みたいな」


 琉輝は「でもねー」と、再び、空を見上げた。


「目が合って、最初に言われたのが、"お腹空いてない?"だったから、ほんとびっくりしたよねー。出会って数秒のはずなのに、何でわかるんだろーこの人ーって」


 琉輝は視線を動かして、真っ直ぐに、蒼太を見据えた。


「それで、食べ物買ってきてくれたんだよー、菓子パン。自分の食べかけじゃなんだからって言って」


 蒼太は、目を見開いた。


(それって……)


「家出中だったんだろうねー、自分と同じで」


 その答を、琉輝が言った。


「だから、お金そんな持ってなかったんだろうし、食べ物だって、考えて用意してたんだろうと思うよー。それなのに、見ず知らずの奴に新しいの買ってくれてさー」


 琉輝は「ほんとに」と、視線を僅かに下に向けた。


「嬉しかったよねー。こんなに良い人がいるんだったら、生きててもいいかなって思えるくらい、ありがたかった」


 蒼太は琉輝を見つめた。


 その表情に、変化はない。しかし、声は、僅かに柔らかくなっていた。


「でさー、“リーさん”っていうのはー」


 琉輝が目を上げたのに、蒼太は「は、はい……」と、相槌を打った。そうだ、自分はそれを聞きに来たのだと、今、思い出した。


「その時に、名前を聞かなかったからっていう理由で、勝手に付けたんだー。通りすがりに、食べ物くれたおにーさんだから、略して、リーさん」


「な……なるほど……」


「あー、後輩くーん」


 琉輝が声を上げた。


「いまいちよくわかんないなーとか思ったでしょー?」


 図星を突かれ、蒼太は「へっ……?」と、目を丸くした。


「あっ、いや……そんなことは……」


 慌てて首を振ると、琉輝はじっと、蒼太の目を見つめてきた。


「覚えてるかなー?初めて会った時、お菓子あげたことー」


 唐突に話題が変わり、蒼太は「えっ……?」と、固まった。


(お菓子……?)


 そう考えて、「あっ……」と、思い当たるものが見つかった。


(あれは、確か……5月の……)


 翼に連れられ、琉輝の家を訪れた時のことだ。


「その時さー、びっくりしたよねー。君がリーさんの弟だって出てきてー」


 琉輝は「自分がびっくりするってことは、相当なびっくりってことだよー」と言った。


 蒼太は「そういうことか……」と、納得を感じた。


(あの時……能力でぼくのことを見て……たしかに、びっくりしてた……)


 そして、お菓子を袋ごとくれたのだ。


「自分の話はこんなところかなー」


 琉輝は体操をするように、腕を上に上げ、横に広げて下ろした。そして、その腕をぶらぶらと動かし、「てなわけで」と言った。


「最近のリーさん事情、教えてもらえると嬉しいなー」


 蒼太はゆらゆらと揺れている琉輝の指先を見つめた。


 この人にとって、兄ちゃんは恩人なんだ───そう思った。


 “ASSASSIN”に繋がっているのなら、当然、今の勇人のことも知っているのだろうが、2人に、深い繋がりはない───そんな気がした。


(だけど……琉輝さんはずっと、兄ちゃんに、“ありがとう”って思ってるし……、兄ちゃんの幸せを願ってる……)


 蒼太は息を吸い込んだ。


「兄ちゃんは……最近、みんなのところにいることが、増えた気がします」


 蒼太は答えた。


「学校にも、ちゃんと通ってるみたいだし……来月くらいから、班の仕事もしてくれるんじゃないかって、みんなで話してます」


 言い終えると、琉輝は「そっかー」と、短く言って頷いた。


「良い傾向だねー」


 そして、勢いを付けるように身体を後ろに倒すと、「よいしょー」と気の抜けた声で立ち上がった。


「ありがとねー、後輩くーん」


「あっ……こちらこそ……ありがとうございます……」


 出会いも別れも唐突だと、蒼太は頭を下げた。


 琉輝は、数歩進んだところで振り返った。


「君ー、見た目によらず、強い子なんだねー」


「えっ……?」


 蒼太は目を開いた。


「もっと、自分に自信もっていいと思うよー」


 その言葉を残し、「じゃあねー」と、琉輝は手を振りながら去って行った。

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ