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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story15

かつての上司との再会。

 東警察署を訪れるのは、数年ぶりのことだった。


 かつての職場であったここは、亮助にとって、とても思い出深い場所であり、足を踏み入れると、ゆっくりと、あの頃の気持ちが蘇ってきた。


 じじいの頼みを叶えるために一時間もかけて行きたくないと文句を言っていた舞香だったが、その言葉の裏に「どうせ行くならゆっくり滞在したい」という意味が隠れているは、すぐに想像できた。


 飯岡茂が、新たに自分たちに処理するようにと郵送してきた資料の中に、誤って東警察署の署長に送るべきものを同封してしまったらしい───そのことを、亮助が知ったのは、ほんの2時間前のことだった。


 その資料を見つけた舞香が、飯岡に連絡を取ると、「すぐさま東署にそれを届けろ」と、自分の非を認めないどころか、こちら側を責めるような口調で言ってきたという。


 顔の知らない受付担当に要件を伝え、資料を手渡すと、亮助は入ってきたばかりのドアを振り返った。


 もう時刻は夕方だ。


 名残惜しいが、彼女に会いたいという思いは、次に持ち越さなければならない。


 そう思っていたために、自動ドアの向こうに、彼女の姿が写った時、亮助は、彼女はやはり、人間を超越した何かなのではないかと思った。自身は予測不能に行動し、他人の行動は全て予測している、魔術師のような存在なのではないか───と。


 彼女が、亮助に気付いた。


 自動ドアが開き、彼女は、立ち止まった。


「……奇遇ね」 


 どころ翔子しょうこは、表情を変えずにそう言った。


 ※


 田所翔子───"HCO"の主任であった女性だ。メンバーからは、"班長"の愛称で親しまれていた。


 55歳になった現在も、彼女はあの頃と変わらず、凛としていて、若々しい。


「こうして2人で会って話すのなんて、何年ぶりかしら」


 翔子は目の前に広がる海岸を見つめながら、そう言った。


「俺の異動の時ぶり、ですかね」


「ああ、そうかもしれないわね」 


 翔子は銀色のショートヘアを耳に掛けて、頷いた。


「それからは、電話でのやり取りばかりだったものね。その電話も、最近は減ってしまったけれど」


 翔子が亮助を向く。


「かなり遅れて申し訳ないけれど───息子さん、高校生になったのね」 


「おめでとう」と口元を微笑ませた。


いとかわから聞いていたんだけど、4月の上旬、色々あってね。連絡するタイミングが掴めなかったの」


 亮助に礼を言う間を与えず、翔子は言った。


「俺の方も、舞香から聞いていました。“班長が立て込んでるらしい”、と」


「あなたも、色々あったみたいね」


 じっと見据えられ、亮助は「やはり、この人は魔術師なのではないか」と思った。もしそうだとしたら、この察しのよさに納得がいく。


 亮助は声に出さずに頷き、一つ、咳払いをした。


「下の息子が、北山に戻って来たんです。それで……今は、“ASSASSIN”にいます」


 海を見つめたまま、そう告げると、翔子の「───そう」という声が聴こえた。


 それを合図に、沈黙が訪れ、辺りには波の音だけがゆっくりと響いた。


「この海の色だけは、変わらないわね」


 不意に、翔子が言った。


 亮助は「そうですね」と答えた。


 ここ───志賀野しがの海岸は、かつて、“HCO”のメンバーが集っていた、思い出深い場所だった。


「糸川とも、最近話せていないんだけど、変わらずやっているんでしょう、あの子は」


 風になびく髪を手で押さえながら、翔子は亮助を見た。


 糸川───舞香の旧姓だ。


 翔子は舞香が結婚する前と変わらず、今も彼女のことをそう呼んでいる。


 それには、かつての舞香の言動が原因していた。



「私、班長からは"中野"じゃなくて、"糸川"って呼ばれたいです!」


 "HCO"の拠点であった東警察署の地下室で、舞香は言った。


「何言ってるの……」


 翔子は呆れた目を舞香に向けた。


「班長だけには、変えてほしくないんです。

 私、班長に糸川って呼ばれるの、好きだから」


「変なことを言わないで。心配しなくても、すぐに慣れるわよ」


「慣れないですよ!」


 舞香は引かなかった。


「お願いします!」


 風を切るほどの勢いで頭を下げられた翔子が、諦めの溜息を吐くのを亮助は見ていた。



「あの、糸川舞香に、高校生になる娘さんがいることなんて、あの時は、想像もしていなかったわ」


 またも、亮助の心を見透かすようなことを、翔子は口にした。


「あいつは、親になって変わりましたね。人として、強くなった」


 翔子はふっと口元を緩めた。


「あなたもよ」 


 亮助はそれに頷くことができず、翔子の言葉をそっと呑みこんだ。



「最近、舞香が水澤に会いに行ったんですよ」


 亮助は時間ができたら翔子に連絡しようと思っていたことを口にした。


「そこで、今度、源も入れて、5人で集まる約束をしたそうです」


「いいわね。もう、お互いに、子どもも大きくなったし、大丈夫でしょう」


 翔子は言い終えて、亮助の表情を伺うように、視線を寄越した。


「そう───あなたに、言いたいことがあったんだわ」


 亮助は逸らしていた視線を、翔子に向けた。


「あなたに、息子さんたちのことで」


 翔子の目が優しくなった。


「大丈夫よ。あなたと、さくらの子どもなんだから───私が保証するわ」

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