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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story14

優樹菜に嘘を問い詰められた奈穂は───。

 中野優樹菜───彼女のことは、以前から、一方的に知っていた。


 桃色の髪に、黄色い瞳を持った、能力者の少女。


 ただでさえ問題児だらけのこの学校の中で、"特にひどい"と言われている、1年1組の生徒。その1組の中で、「何であの子、この学校に来たの?」と噂されている女の子。奈穂の目から見ても、彼女は、れっきとした優等生だった。


 それだけに、地味で根暗な自分は、関わりたくとも関われない人物だと思っていた。


 それが今、奈穂は彼女にとっての"依頼主"になっている。そして、優樹菜は奈穂にとっての、"救世主"のような存在になった。


 初めて、カラオケボックスで話した時、奈穂は、中野優樹菜という人間を知った気がした。同い年とは思えないほど、しっかりとしていて、自分を持っている───それでいて、人に対する思いやりがある子だと、知った。


(おばあちゃんのことを調べるって、約束してくれた……)


 これまで、誰にも頼めなかったことを、奈穂は彼女に頼んだ。彼女はそれを、自ら「受ける」と言ってくれた。


 奈穂はそれだけで、心が満たされ、救われたような気がした。


(……でも……)


 奈穂は深く───机の木目がはっきりと見えるくらいに、目を伏せた。


(……同じくらい……ううん……それ以上に……私は、優樹菜ちゃんに対して、罪悪感がある……)


 こんな良い子に対して、私は何て事をしてしまったんだろう───。


 何故、あんなことをしてしまったのか、自分の行いを、優樹菜に話すことは絶対にできないと、奈穂は思っていた。


(話したら……優樹菜ちゃんは、私に失望する……)


 それから……と、奈穂はきつく、目を閉じた。


(誰より一番……私は私に絶望することになる……)


 奈穂は、それが怖くてたまらなかった。


 その道に、奈穂を導くカウントダウンのように、チャイムの音が響いた。


 ※


 放課後。奈穂は5階の空き教室で、優樹菜と、向かい合って立っていた。


 座らずにいるのは、優樹菜が座る気配を見せなかったからだ。


(前と、違う……)


 奈穂は鼓動が速くなるのを感じた。


(前は……優樹菜ちゃんは私と向き合って座ってくれた……)


 今、そうではないのに、何か、意味はあるのだろうか───。


「奈穂ちゃん」


 呼ばれて、奈穂は「……な、に……?」と、恐る恐る、視線を上げた。


 優樹菜は真っすぐな瞳をしていた。


「私───今から、奈穂ちゃんにとって、すごく嫌なこと聞いちゃうかもしれない」


 優樹菜は言った。瞳と同じ、強い意志の籠った口調と声で。


「だけど、聞きたい。私は、奈穂ちゃんの、"本当"が知りたい」


 まるで、心の内をさらけ出すような言葉に、奈穂は立ち尽くし、その視線から逃げる以外に、為す術をなくした。


 優樹菜が、すうと息を吸う音が、はっきりと奈穂の耳に届いた。


「奈穂ちゃん……」


 奈穂は耳を塞ぎたくなった。優樹菜に名前を呼ばれるたびに、心が痛んで仕方がない。そして、その言葉の続きを聞けば、自分はもう───優樹菜に、“奈穂ちゃん”と呼んでもらう資格をなくす。


だったら───だったら、聞きたくない。


 奈穂が耳に手をあてるより先に、優樹菜の唇が動いた。


「私に……嘘、吐いてない?」


 その時、微かな物音がした。


 奈穂は、大きく息を呑んだ。


 優樹菜を見ると、その瞳は、直後に動いた。


「ちょっと」


 優樹菜が言った。僅かに低く、どこか荒っぽい口調だった。


「遅いよ」


 奈穂は目を見張った。


 見知った男子生徒が教室なかに入ってきたのだ。


 しかし、今の奈穂の頭は、彼が誰なのかという答を導き出すのに、数秒の時間を使った。


(この子……、あの子……)


 後で思い返すと、先週、ここで会った時のことより先に、いつのことだったか分からない光景が浮かん

 だのは、不思議なことだった。


(理科準備室の子……矢橋くん……)


 まるで、朝に登校してきたかのような自然さで、矢橋勇人は現れた。足を踏み入れた場所───後側の

 ドアを背にして立っている。


 優樹菜を見ると、目が合った。


「ごめん、もう1回、聞くね」


 優樹菜が言った。


「奈穂ちゃん、私に───」


「……嘘なんか、吐いてないよ」


 たまらなくなり、奈穂は優樹菜の言葉を遮った。


「私、嘘なんて、吐いてない」


 必死に、優樹菜の瞳を見つめた。逸らしてしまったら、そこで、終わってしまう。


「待って……奈穂ちゃん」


 優樹菜が片手を上げた。


「私の話、聞いてもらえない……?私、奈穂ちゃんを責めるつもりはないの……」


「嘘だよ」


 奈穂は答えた。声が上ずった。


「嘘だよ……。優樹菜ちゃんは、本当のこと知ったら、絶対に私のことを責める……。それで、私のこと、"嘘つき"って言うでしょ?もう、私のためになりたいなんて思わなくなって……私のこと、嫌いになるんでしょ……?」


 息が続かなくなって、奈穂は、はあはあと、肩を揺らした


 対し───優樹菜は、そんな奈穂のことを、僅かに驚いたような瞳で、見つめていた。


(怒らないの……?)


 奈穂は思った。


(なんで……?どうして……?)


 優樹菜が小さく、口を開く。


「被害者面してんじゃねぇよ」


 声がした。


 奈穂は、はっと息を止めた。


 それは、優樹菜のものではなく、少年の声であった。


 奈穂は声に、顔を向けた。


 矢橋勇人が、自分を見つめていた。


「そうやって逃げるような真似しとけば助かると思ってんのか」

 

 勇人は、視線をすっと背けながら、こう、続けた。


「他人に責任なすりつけるような奴のこと何か、誰も助けねぇぞ」


 奈穂の身体が意識せずにビクリと揺れた。その、勇人の視線より、言葉に、奈穂は反応してしまった。


 優樹菜を見ると、勇人のことを見て、何か言いかける素振りを見せたが、結局は、何も言わなかった。


 奈穂は、思った。


 私はもう、ここにいれない───。


 奈穂は身を翻すと、前のドアに向かって逃げた。


 廊下に出て、階段を駆け下りる。


 すれ違った男子生徒が、奈穂が通り過ぎた後に足を止める気配がした。奈穂は構わずに走った。


 泣いていることに気付かれた───そう思っても、それは今となっては、どうでもいいと思えるほどのことだった。


 ※


 奈穂が教室を飛び出し、その足音が聞こえなくなってから、優樹菜は深く、息を吐き出した。


 そして、勇人に視線を向けた。


「来ないのかと思ってた」


 静かな教室に、声が響く。


 勇人は目が合ったが、何もいわなかった。


 優樹菜は、ふうと、肩を下ろし、「……ありがと」と言った。


「来てくれて。……私、一人でやりきれる自信なかったし、やりきれてなかっただろうから」


 本音を口にすると、心が少しだけ軽くなった。


「どうすんだよ、これから」


 勇人の声に、優樹菜は、目を上げた。


 窓の外に、夕焼けが広がっているのを見た。


「……奈穂ちゃんが、今日の内に連絡してこなかったら、このことは、なかったことにする」


 口にすると、心に少しだけ迷いが浮かんできた。


 それをかき消すために、優樹菜は「だって」と軽く笑った。


「嘘に嘘重ねられて、それを何事もなかったようにするなんて、できないよ。……私、そこまで、器用な人間じゃないから」


 勇人の視線を感じて、優樹菜は何かを言われる前に、「よし」と、その目を見た。


「帰ろ」


 勇人はやはり、何も言わなかった、


 何も言わずに、廊下に出て行った。


 優樹菜はその姿を見て、本当は何か言ってほしかったと思っている自分に、気が付いた。

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