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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story13

奈穂が優樹菜にした話は、どこまでが本当で、どこまでが、嘘なのか───。

 おばあちゃんが、死んだ───そう知った時、頭が真っ白になって、世界が真っ暗になったのを、奈穂は覚えている。


 祖母は奈穂にとって、かけがえのない存在だった。


 幼い頃、毎週のように、土日のどちらかを利用して、家族3人で南川町にある祖母の家に遊びに行っていた。祖母はいつも、暖かく奈穂を迎え入れてくれた。そして、おいしいご飯を作ってくれ、たくさん遊んでくれた。


 中学生になると、奈穂は一人で電車に乗り、祖母の家に遊びに行くようになった。昼頃から夕方まで、祖母とともに過ごし、「また来週来るからね」の約束をして祖母に見送られて家に帰る。奈穂は祖母と過ごす一日が、何よりの楽しみだった。


 中学2年生の春。奈穂は母と、自分の進路を巡って大喧嘩をした。「もういい」という言葉を残して家を飛び出し、奈穂は祖母の元へと向かった。


 夜7時。突然の訪問に、祖母が驚いたのは無理もなかった。


 奈穂は祖母の顔を見た瞬間、感情が溢れ出し、わっと泣き出してしまった。


 祖母は奈穂の肩を抱き、「大丈夫、大丈夫」と寄り添ってくれた。


「お母さんと喧嘩したの」と告げた奈穂に、祖母は「じゃあ、今日は家に泊まりなさい」と微笑んだ。


「おばあちゃんから、お母さんに電話してあげるから」と。


 奈穂はその日、初めて祖母と2人きりで夜を過ごした。


「もう中学生にもなって」と、咎められないことを良いことに、祖母の隣に布団を敷いた。布団の中で、母と喧嘩になった経緯、母に謝りたいがどうしたらいいのか分からないということを話した。


 祖母は優しく笑った。


「お母さんは、奈穂のこと、すごく心配してたよ。おばあちゃんのところにいるって知って、少しだけほっとしたようだったけれど、でも、今も奈穂のことを考えてると思う。奈穂が、お母さんのことを考えているのと同じように」


 祖母はそう言って、奈穂の髪を撫でてくれた。


「奈穂は、おばあちゃんの自慢の孫だよ。みんな、おばあちゃんと同じように、奈穂のことが大好きなんだよ。お母さんも、お父さんも、みんな、ね」


 その言葉に、奈穂は、また少し泣きそうになった。ただ、その時に浮かんだ涙は、とても暖かかった。


 翌日。祖母は奈穂の帰り道に、付き添ってくれた。


 家に着いた奈穂が、母と仲直りの印に抱き合う姿を、優しい目で見守ってくれた。


 奈穂は、祖母に感謝してもしきれない思いを抱えた。


 そして、これから先は、祖母にもらってきたものを、自分が返せるようにならなくては───と、そう、誓った。


 なのに、祖母は、その数ヶ月後に、亡くなった。


 ※


 現在(いま)の奈穂は、数学の授業を受けているところだった。


 黒板に書かれた白い文字をノートに写していくが、その内容は全く、頭の中に入ってこない。


 ここ最近、ずっとこうだ。


 頭に浮かぶのは、祖母のことばかりで、その他のことを考える余裕がない。


 そういえば、おばあちゃんが亡くなったばっかりの頃も、こんな感じだったと、奈穂は思う。


 祖母が亡くなったばかりの頃、学校に行きたくないと思うようになり、家に引きこもり、一歩も外に出ない日々が続いた。


 祖母が亡くなった後、奈穂が学校に行くことを再開できるようになるまでは、2ヶ月ほどの時間が必要だった。


 その間、奈穂は、暗闇の中にいた。


 ただ一度、祖母の夢を見た。


 奈穂は、祖母の家にいた。いつも、テレビを見ながら笑いあっていた和室にいた。祖母が、隣にいた。


「おばあちゃんは、どうして天国に行っちゃったの……?」


 奈穂はそう、祖母に尋ねた。


 祖母は悲しそうな目をして、口元にだけ、微笑を浮かべた。


「奈穂……ごめんね。それには、答えられないの」


 ゆるりとかぶりを振る祖母を、奈穂は見つめた。


「奈穂、これだけは、分かって」


 祖母は、奈穂の手を握った。しわしわしていて、なのに優しくて、暖かい手───おばあちゃんの手だ。


「おばあちゃんは、奈穂のことが大好き。できることなら、ずっと……奈穂と一緒にいたかった」


 見つめると、祖母は、目に涙を浮かべていた。


「おばあちゃん……」


 奈穂は呼びかけた。祖母を、呼んだ。


 布団の上で目覚めると、頬に涙がつたっていた。口が開いているのが分かった。夢の中と同じことを言っていたことが、分かった。


 ※


「これで、今日の授業は終わり」


 その声に、奈穂は現実に戻って来た。


「起立」という声と重なって、チャイムの音がした。


 どたばたと動き始めるクラスメイトの中心で、奈穂は今日も、席を動くことなく、次の授業───国語の教科書を机に置いた。


 そしてこのまま、誰とも話すことなく、予鈴が鳴るのを待つ───その時、「花園さん」と、肩を叩かれた。


 隣の席の、藤田ふじたあずさだった。


「呼ばれてるよ」


 指された方───後側のドアを見る。


 そこには、中野優樹菜が立っていた。 


(優樹菜、ちゃん……?)


 奈穂は立ち上がり、その姿に、駆け寄った。


「どうしたの……?」と問う前に、「奈穂ちゃん」と呼ばれた。


「今日の放課後、大丈夫?」


 その目に、奈穂はドキリとした。優樹菜は、奈穂の瞳の奥にある何かを見透かすように、真っ直ぐな視線を向けていた。


 奈穂は、動揺を見透かさる前に、「だ……大丈夫……」と頷いた。


「じゃあ」


 優樹菜の目が穏やかになった。


「5階の空き教室で、話そう」


(なん……なんだろう……?)


 奈穂は胸騒ぎを覚えながら、席に戻った。


(優樹菜ちゃん……何、考えてるの……?)


 分からない───あの視線が何を意味するのか、奈穂には、分からなかった。

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