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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story12

奈穂の話に潜んだ矛盾に気付いた優樹菜は───。

 月曜日。


 花園奈穂が優樹菜にした、祖母に関する依頼───その内容は、“今回の依頼”に名前を変えた。殺し屋が関わっているという確証が未だないにしろ、捜査をする上で、そう言葉を変えた方がスムーズだという意見が一致したのだ。


「あたしたち、プロじゃん!」


 葵が、そう言えることが嬉しくて堪らないというような笑顔をみせた。


「葵、静かにしてなさい」


 優樹菜がノートから顔を上げずに言った。


「えー!ちょっとくらいいいじゃん!そーさできるんだよ、そーさ!」


「大きい声出さないで。邪魔になるでしょ」


 優樹菜の注意に、「え!?」と声を上げた葵は、


「ねえねえ、翼」


 と、パソコンの画面に向かう翼を見た。


「警察のデータベースって、そんな複雑なの?」


 翼はマウスに指を置いたまま振り返り、「どうだろう」と苦笑を浮かべた。


「僕も初めて使うから、分かんないなぁ」


 そう言いつつ、ここまで手際よく作業をこなしている翼を見て、蒼太は、「流石、先輩……」と心の中で呟く。


 翼が行っていることは、まさしく、プロの仕事そのものだった。


(プロって言っても……、悪いことをするプロ……)


 ハッキング───それを生業としている人物がいること、彼らが“ハッカー”と呼ばれていることを、蒼太は今日、初めて知った。


 そして、今───自分たちは、“偽物のハッカー”になろうとしている。本物である彼らとの違いは、これが、許されたものであること、だ。


 “ASSASSIN”は、今回の依頼を解決するにあたり、北山警察署特別組織対策室が所有するデータベースを使用することが許されたのだった。


 データベースにハッキングをかけ、その日の捜査が終わったタイミングで、自分たちがブロックをかける───それを行うことで、不正行為として取り扱われることを防ぐことができると、舞香は優樹菜に話したらしい。


 花園君江、故76歳。


 南川町で一人暮らしをしていた。その家で、2年前に亡くなった。


 蒼太たちが、花園奈穂の祖母について知っているすべてだ。


「これさ」


 葵が声を上げた。


「もし、殺し屋じゃなかったら、どうなるの?」


 優樹菜が、僅かに、視線を上げた。


「……それは、なに?殺し屋がやったんじゃない事件だったとしたらってこと?」


 優樹菜が問い返す。


「それもあるけど……」


 葵は優樹菜の目を見て、口をきゅっと結んだ。


「……それか、自殺だったら、ってこと?」


 葵がこくりと頷く。


 すると、優樹菜が、すっと目を細めた。


「だから、それを知るために、調べるんだってば」


 優樹菜は、強い口調で、そう言った。


「その先どうするかは、結果が出てから考えたらいい。今あれこれ考えたところで、無駄でしょ」


 蒼太は、葵が目をパチクリさせるのを見た。


 葵の隣にいる翼も、パソコンの画面から目を上げて、優樹菜のことを見つめた。


 光はどうだろうと視線を移すと、光もまた、優樹菜を見ていた。その目には、何かを悟ったような、そんな色があった。


 蒼太は、誰とも目を合わせていない優樹菜を見た。優樹菜は現在の進行状況───花園花園奈穂の手紙と言葉をまとめた、自らの字を見つめていた。


(優樹菜さん……?)


 蒼太は届かないと分かっていながら、呼びかけずにはいられなかった。


(……何か、あったのかな……?)


 優樹菜がいつもと違う───蒼太は、不安になった。


「……優樹菜?」 


 葵が、そっと、声を掛ける。


「また、勇人と喧嘩したの?」


 優樹菜が、視線を上げる。


「───ちがう」


 優樹菜は視線を戻して、首を振った。


「じゃあ……なんで機嫌悪いの?」


 葵の目には、心配の色があった。


「別に……悪くないよ」


 優樹菜が答えた。言葉とは裏腹に、表情には、影が差したままだ。


「でも……思ってることあるなら、言ってくれないと、わかんないよ」


 葵の言葉を合図に、部屋には張り詰めた沈黙が流れることになった。


 チク、タク……と、秒針が時間を刻む音だけがやけに大きく、蒼太には聞こえた。


「……ごめん」


 ぽつりと、優樹菜が言った。


「ちょっと、外出てくる」


 返事を待たず、優樹菜は部屋を出て行ってしまった。


「どうしちゃったんだろう……優樹菜」


 葵が、優樹菜が歩いて行った廊下を見つめて呟く。


「ゆきさんが戻って来てから、作業始めようか」


 翼が、その場を取り繕うように言った。


 蒼太はその言葉にこくりと頷いた。そして、そっと、光に目を向けた。


(光さんは……、優樹菜さんが元気ない理由、知ってるのかな……)


 光は優樹菜が残していったノートの文字を、じっと見つめていた。


 ※


 優樹菜は、大きく息を吐きだした。


 ───それでも、胸の中にある、絡み合った感情は、消えてはくれない。


(こんな気持ちで……みんなと一緒にいたら、迷惑なだけ……)


 そう思って、優樹菜は階段を上がり、屋上の扉の前にやってきた。


 昨夜───光から、連絡があった。


 公園で話してから、数時間後。光が仕事から帰宅した彼女の母親にした質問に対する答え───。


 花園奈穂───隣のクラスの女の子。大人しく、真面目な女の子。大好きだった祖母の死の真相を知りたいと、優樹菜にそれを調べて欲しいと頼んできた女の子。


 彼女は、嘘を吐いている───。


 光からの電話を、優樹菜は、呆然と、聞いていた。


「あの、ゴミ箱のことなんですけど……母の話だと、先週の土曜日に撤去されたらしくて……」


 光からの連絡を受けた後、優樹菜は、強ばりきった指先で、奈穂の携帯番号を押した。


「私の証明証を拾ったのって、先週の日曜日?」───優樹菜は、声の震えを必死に抑えながら、そう尋ねた。


「そう」と、奈穂は答えた。


「何時ごろ?」と続けて問いかけると、「1時くらいかな……」と言葉が返って来た。


 日曜日の、午後1時、駅前。優樹菜が茜とした、待ち合わせの約束だ。


(奈穂ちゃんが私の証明証を拾ったのは、日曜日……。……だけど、その時、もう、ゴミ箱はなくなってた……)


 奈穂は、"ゴミ箱があった辺り"という意味で、ああ言ったのだろうか。それとも、ゴミ箱が撤去されているのを知らず、ゴミ箱をあるものとして認識してしまっていたのだろうか。


 分からない───考えれば考えるほど、優樹菜は、奈穂のことを疑っている自分に気付いていく。


 優樹菜は答えがどこかに落ちているわけではないと知りながら、視線を動かした。


 横に置いたスクールバックが、目についた。


 そして、気が付いた。


 日曜日───あの日は、この鞄ではなく、財布やハンカチなどが入るほどの小さな鞄を持って出かけたのだ。考えるまでもなく、必要ではない証明証は、家に置いてきていた。


 優樹菜はしばらく、その場から動けなかった。


 花園奈穂は、嘘を吐いている───。


 ───そう思うと、全てに納得がいくような気がした。


 放課後。5階の空き教室にて、証明証をどこで拾ったか尋ねた時、奈穂は不自然な反応をしていた。


 そして、その言葉を聞いた勇人の行動を、優樹菜は見た。


 奈穂の言葉の矛盾に、勇人は気付いたのだろう。


(だから、あの時、私に……)


 “確かめて来いよ”───そう言ったのだろう。


 そう思うと、優樹菜は何を信じればいいのか、分からなくなってしまった。


 何より、奈穂に嘘を吐かれた───そのことが、胸を締め付けた。


 嘘を吐かれること。それは、優樹菜にとって、何よりも、苦痛なことだった。


 ああ、もう嫌だ───。


 優樹菜は屋上の扉を開けた。


 この建物に、こんなに広い屋上を作る意味はどこにあったのかと、優樹菜はここに来る度に思ってしまう。見えるものと言えば、幽霊が住んでいそうなほど廃れたビル群だけだというのに。


 踏み出したコンクリートは、熱さを含んではいなかった。


 優樹菜は扉から離れて、数歩進み、そして、足を止めた。


 先客がいた。


「……来てたんだ」


 優樹菜はフェンスに近づいて、そう声を掛けた。


「全然、気付かなかった」


 勇人が、僅かに振り返る。


 しかし、その目は、優樹菜のことを何も問いただすことはなく、すぐに、元の場所へと戻った。


 優樹菜はフェンスに指を掛け、眼下に見える景色───ビル群が作り出した影の掛かった地面に向かって、深い息を吐きだした。


「私……奈穂ちゃんが嘘吐いてるって、知っちゃった」


 勇人に向けて、優樹菜は言った。


「……私、奈穂ちゃんのこと、助けたいって、本気で、そう思ってた……。奈穂ちゃんのためになりたいって思ってた。けど……今の私に、その気持ちが残ってるのかどうか……分からない……」


 優樹菜は、眼下に向かって、ぽつりと、声を漏らした。


 見下ろした景色はどんよりと靄がかかっているように見えた。


「元からあったのかよ」


 その声に、優樹菜は、勇人を見た。


 勇人は、目だけを、優樹菜の方に向けていた。


 優樹菜は「……ちょっと」とその目を睨んだ。


「意地悪なこと、言わないでよ」


 勇人は答えなかった。


 優樹菜は再び、息を吐き出した。


「……そうかもね」


 風が、優樹菜の長い髪をゆったりと揺らしていった。


「私……"頼られた"っていうことだけで、思い上がってただけなのかもしれない。奈穂ちゃんだから、助けたかったわけじゃない……。相手が奈穂ちゃんじゃなくても、私はきっと……その人のこと、助けようとしたと思う」



 “ゆきは、人がよすぎるんだよ”



 不意に、笑い交じりの声が聴こえた。



 “時にば、断ることも大切だと思うよ”



 ──それは、かつて、優樹菜の一番そばにいた女の子が言った言葉だった。


 優樹菜は指に力を込めた。強く握っても、フェンスは揺れなかった。


(私の選択……間違ってたのかな……)


 優樹菜は目を閉じた。そうして、自分の中の答えを探そうとした。


 そうして、蘇ったのは、花園奈穂に出会ってからの記憶だ。


 奈穂から届いた手紙を読んだ時のこと。


 カラオケボックスで奈穂と初めて会った時のこと。


 空き教室で話した時のこと。


 そして───祖母が自殺なんてするはずないと叫んだ奈穂の姿。


 優樹菜は目を開けた。


 目の前には、変わらない景色がある。


 しかし、優樹菜には目を閉じる前と違うものを見ているような、そんな気がした。


 何故───花園奈穂は、嘘をついたのか。


「確かめないと……」


 優樹菜は呟いた。


「奈穂ちゃんが嘘を吐いた理由……奈穂ちゃんに訊かないと」


 優樹菜はフェンスから指を離した。


 強張った指の緊張がゆっくりと解けていくのを、優樹菜は感じた。


「───ねえ」


 優樹菜は勇人を呼んだ。


 勇人の視線が僅かに動いた。


 優樹菜は息を吸い込んだ。


「一つだけ、お願いしてもいい?」

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