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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story11

蒼太が画家になりたいと願う理由。

そして、町中で偶然出会った光と優樹菜が語り合う内容とは───?

 夏休み明け直後の日曜日の図書館は、空いていた。


(時間が時間だからかな……)


 蒼太は自動ドアをくぐり、ひんやりとした館内の空気を吸い込んだ。


 真正面に見えた時計の針が示した時間は、4時。閉館まで後一時間だ。


 カウンターに座った女性が蒼太の姿に気づき、「こんにちは」と声をかけてきた。蒼太はぺこりと頭を下げて答えた。


(えっと……)


 蒼太はカウンター横にある、エリアマップに近寄った。


 書架が色分けされて示された図を、指で追っていく。


(親書、絵本、児童書、文庫本、エッセイ、建築、環境、土木……)


 手前から奥へと指を動かしていくと、やがて、それは見つかった。


(あった……)


 蒼太は引いて見て、その位置を確認した。


 一番奥の書架だ。


 写真、絵画の書架の前に、蒼太は立った。


 目に付いた写真集を手に取り、捲りながら中身を確認していく。


 なるべくなら、サイズが大きくて、たくさん載っているものがいい───そう思って探して見ると、絵本のような形をした、分厚い一冊が目に入った。


 “ヨーロッパを旅して”というタイトルで、開いてみると、その通り、ヨーロッパの国々で撮影された景色が載っていた。


(これにしよう)


 蒼太はカウンターに向かうことにした。


 これを借りて、写真を見ながら絵を描く練習をしよう───そう、心に決めた。


 蒼太が絵を描くのを好きになったきっかけは、母にあった。


 幼い頃、蒼太はよく、クレヨンで母の似顔絵を描いて、プレゼントしていた。母はその度に、大きく喜んでくれた。「ありがとう」と嬉しそうに笑ってくれた。そして、母の笑顔を見るのが、蒼太は何より嬉しかった。


 お母さんに喜んでほしいと、蒼太は日常的に絵を描くようになった。完成した絵を母に見てもらう毎日だった。


 それから、蒼太は絵を描くのが、大好きになった。


 母が亡くなった時───蒼太は当時、それをはっきりと理解することはできなかったが───、蒼太は母の絵を描いた。明るく、元気に笑っている母を描いた。涙が止まらなかった。この画用紙の中から、母の声がして、本当の母が現れてくれないかと思った。いくら待っても、それは起こらなかった。


(あの時……、思ったのかな……)


 蒼太は「お願いします……」と、本をカウンターの女性に差し出した。


(絵を描き続けて、お母さんに、喜んでほしいって……)


 蒼太が絵を描き続けたいと思う理由は、全てそこにある。天国で見守ってくれている母に、笑顔でいてほしい───蒼太はそのために、画家になりたいのだ。


 図書館を出た後、蒼太は夕方の町を歩いた。


 この時間になると、昼の炎天下が嘘だったかのように、辺りには涼しい風が吹く。


 近くで、子どもの声がする。どこかの家のシャッターが閉まった。遠くで、鴉が鳴いている。蒼太はその全てに耳を傾けながら、今日、図書館に行こうと思ったのは、紛れもなく、葵が言ってくれたあの言葉のお陰だと思った。


 “蒼太が“やってみたい”って思うんだったら、あたし、どんなことでも応援するよ“───葵はいつも、素直な言葉を蒼太に掛けてくれる。そして、蒼太は何度も、それに勇気づけられてきた。今もそうだ。


(お母さんのために……、葵に“ありがとう”って言えるように、頑張ろう……)


 蒼太は目を上げた。


 そして、見えた景色に、「わっ……」と声を上げた。


 眩しいほどに、夕陽が輝いていた。まるで、絵の具で塗ったように、横一直線に、綺麗なオレンジ色が描かれている。


 蒼太は、その景色に、しばらく、その場に立ち尽くした。


 秋の風が、蒼太の髪を揺らす。


 輝く夕陽が、心に浮かんだ小さな決意を、祝福してくれているように、蒼太には見えた。


 ※


 光が近所のコンビニエンスストアを訪れたのは、夕方5時を回ったところだった。


 学校で使うノートを一冊買いに、家から歩いて5分のこの場所に来た。


 商品棚の間を通り、いつも使っているパッケージを見つけた手に取ると、「光ちゃん」と、声がした。


 顔を向けて、光は「あっ」と目を開いた。


「ゆきさん」


 優樹菜は「こんばんは」と微笑んだ。


「何か、買いに来たの?」


「はい。ノートを買いに来ました」


「ああ、そうなんだ」


 光は優樹菜が制服姿であることに気付き、首を傾けた。


「ゆきさん、今日、学校だったんですか?」


「ちょっとね」と、優樹菜は言った。


「テストが近いから、学校で自習して来たの」


 そして今は、その帰り道で、葵にお土産としてアイスクリームを買いに来たのだという。


 会計を済ませると、2人は並んで店を出た。


「光ちゃん、この後、少し時間ある?」


 優樹菜に尋ねられ、光は「ん?」と思いながら、「はい、大丈夫です」と頷いた。


「それなら」


 優樹菜が指さしたのは、道路を挟んだ向こうにある児童公園だった。


「ちょっと、2人で、話さない?」


 ※


「2人きりって、中々ないから、いつかあるといいなって思ってたんだよね」


 ベンチに腰を下ろすと、優樹菜はそう言った。


「本当は、もっと早い内に聞いておくべきだったかもしれないんだけど、活動で不安なこととか、ない?大丈夫?」


 問われて、光は「はい、大丈夫です」と笑顔を返した。


「よかった」と笑顔を見せた優樹菜を、光は見つめた。


 “ASSASSIN”のメンバーになって3ヶ月。光は班の仕事にも慣れ始め、メンバーとの距離も、次第に掴めるようになってきた頃だと自分自身では感じていた。その中で、メンバーそれぞれの立ち位置のようなものを理解するようにもなった。優樹菜は一言で言うのであれば、”リーダー“。メンバーたちをまとめる役割を担ってくれている、とても頼りになる先輩という印象だ。


「そういえば、聞いた?社長から、班の話」


「3人でやることになるっていうことは、聞きました」


 優樹菜の言葉に、光は頷いた。


「そこに関しては、どう?光ちゃんとして、何か思うこと、ある?」


 優樹菜の瞳が、僅かに、何かを探るような色を帯びた。


 光は、その瞳を見つめて、優樹菜の質問の意図を、瞬時に汲み取った。


「今までとは、変わるところもあるんだろうなっていう風には、思います」


 感じていたことを、そのまま伝えた。


 優樹菜は「そっか……」と答え、一度、視線を動かした。


 そして、「光ちゃん」と、黄色の瞳を、光に向けた。


「同じ班になる、矢橋くんのこと───光ちゃんは、どう思ってる?」


 それは光にとって、この場で訊かれるのではないかと何処かで思っていた問いだった。


 光は首を小さく傾け、この先、同じ班で活動を共にすることになる、矢橋勇人のことを考えた。


「私、これまでに、お話したことがないから、“まだよく知らない”って感じ、ですかね」


「ああ……そっか、そうだよね」


 優樹菜は視線を僅かに伏せた後、もう一度、「……そうだよね」と言った。


 光は、その目に向かって、「だけど」と、答えた。


「みんなから、すごく大事にされている人なんだっていう風に、思います」


 優樹菜の目が、大きくなった。


 そして、「うん」という頷きとともに、柔らかくなった。


「そうだね。私も、そう思う」


 それは、光が優樹菜と出会って見てきた中で、一番に、優しい顔だった。


 光は暖かい気持ちになって、優樹菜に、笑顔を返した。


 ※



「そういえば」


 光は、この際だから───と、優樹菜に気になっていたことを尋ねることにした。


「花園奈穂さんの件、あれから、何か分かりましたか?」


 優樹菜は「ああ……」と声を上げ、


「ちょっと、気になることっていうか、“どうなんだろう”って思うことが増えた、かな」


 僅かに、視線を下げた。


 光はその表情の変化に、優樹菜が話し出すまで、そっと見守ることを決めた。先を無理に促すのは、きっと間違っている。


「……奈穂ちゃんがね」


 優樹菜が口元に笑みを残したまま、言った。長い髪に覆われて、その目を見ることはできなかった。


「先週の、日曜日、私の証明証を、駅の、ゴミ箱のところで拾ったって、そう教えてくれたの」


 光は木曜日にも同じ話を聴いていた。


(あれがきかっけで……)


 同時に、その直後に起きたことが、鮮明に頭に浮かんだ。


(ゆきさんが、矢橋さんと、ぶつかった)


「だけど、ね」


 優樹菜から笑みが消えた。


「そのゴミ箱……最近になって、撤去されたみたいで……、もう、なかった」


 優樹菜は、そう、目を伏せた。


「私……、喧嘩したじゃん。矢橋くんと」


 優樹菜の目は、段々と奥に隠れて行った。


「矢橋くんが、ああいう言い方したのは、それに気付いてたからじゃないかって……今になって、そう思うんだよね」


「……花園さんが、ゆきさんの証明証を拾った日には……、もう、ゴミ箱がなかったかもしれないっていうことですか?」


 優樹菜は「分からない……」と呟いた。


「奈穂ちゃんのこと……疑いたいわけじゃないけど……、“確かめないと”、とは思う」


 そうしないと、進めないから───光は、続きの言葉が、分かったような気がした。


「ゆきさん」


 名前を呼ぶと、優樹菜は顔を上げた。


 優樹菜は、泣いていなかったし、泣きそうな顔も、していなかった。ただ、どこか、不安そうな───何かに迷っているような目をしていた。


「あの、私のお母さん、市の職員なんです」


 言うと、優樹菜は「えっ?」と、短く驚きの声を上げた。


「そうなの?」


「はい。だから、その───ゴミ箱のこと、お母さんに訊いたら、分かるかもしれないです」


 優樹菜は「じゃあ……」と、まだ少し、迷った目を、アイスが入った袋に向けた。下の方に、水滴が浮かんでいて、ベンチを辿って、地面に垂れそうになっている。


「お願いしても、いい?」


 その言葉に、光は「はい」と、精一杯の笑顔を返した。


 優樹菜と別れた後、光はすぐに家に帰り、台所で夕飯の仕度をしていた母を呼んだ。


「ゴミ箱?」


 母は半身を振り返らせて首を傾けた。


「うん。自動販売機の反対側にある、灰色のゴミ箱」


 そう説明を加えると、母は「ああ」と頷いた。


「あれなら、先週の土曜日に、撤去されたみたいよ。あまりにゴミが散乱しすぎてるからって」


 光はリビングの壁に掛かったカレンダーを見に行った。


(先週の土曜日……)


 8日前の出来事だ───。


 光は、「ん……?」と、声を漏らした。



 "先週の、日曜日、私の証明証を、駅の、ゴミ箱のところで拾ったって、そう教えてくれたの"



 蘇ったのは、優樹菜が言った言葉だ。


 花園奈穂が優樹菜の証明証を拾ったのは、7日前───。


 はっとした光は、スマートフォンを手に取ると、自室に向かって駆け出した。


 一刻も早く、優樹菜に伝えなければ───強い衝動が、一気に、全身を駆け抜けた。

 

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