表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
105/333

August Story10

特別組織対策室に、厄介な来客が訪れる。

「舞香」


 呼ばれて、舞香は顔を上げた。


「少し、いいか?」


 亮助の言葉に、舞香は「うん」と頷いて、パソコンを閉じた。


「なに?」


 亮助は舞香の机に手を付き、落ち着いた口調で、こう言った。


「近くに、飯岡いいおかが来るらしい」


「はっ?」


 舞香は目を見開き、


「じじいが?」


 眉を、ひそめ過ぎだと自覚できるほどに寄せた。


「いつものことだ。得意の経過観察だろう」


 舞香は溜息を吐き、髪をかき上げた。


「……ほんっとに、しつこいよね、あのじじい……。今、来たら厄介だなって思ってた矢先のこれよ」


「だからと言って断れる相手じゃないしな」


 亮助は机から手を離し、僅かに目を細めた。


「南川署の件、どう説明する?」


 舞香は「そこだよね」と頷き、


「そういえば、亮ちゃんは、この件、どう思う?」


 亮助の意見を求めた。


「話を聞く限り、殺し屋の犯行だとして納得は行くが」 


 亮助は言った。


「だとすると、当時、俺たちに話が来なかった───そこが気になるな」


「たしかに、それは私も思った。私たちに知られたくなかった、だから言わなかった───そんな気がする」


「探ってはいけない、何かがありそうだな」


 亮助の言葉に、舞香の頭の中に、とある考えが浮かんできた。


「じゃあさ」

 

 舞香は、身を乗り出した。


「探ってやろうよ。私たちが勝手に探って見つけたってことにしてさ。隠蔽行為なんて、明らかに、じじいがやりそうなことだし、あいつ、何か知ってそうじゃない?文句言われようが、適当に流せばいいんだもん。いつものことだよ」


 舞香はかなり良い案なのではないかと思ったが、亮助は「それで済むといいけどな」と目の色を変えなかった。


「仮にも、奴はプロだ。通用する誤魔化しにも、限りがある。それに、俺たちより遥かに情報源を持っている。……何かの拍子に、あの子たちに辿り着くようなことがあるかもしれない」

 

 舞香は黙った。黙ったまま、亮助の目を見つめた。


「───好きなようにさせないよ、絶対」

 

 頭に浮かんだ言葉を、舞香は言った。 


「何がなんでも、どんな手使っても、あの子たちを守る───それが私たちの使命だから」


 舞香が言い終えたタイミングで、室内に電話の着信音が響いた。


 亮助が「俺だ」と言って、携帯電話を取り出す。


 離れたところに歩いて行く亮助を見つめて、舞香は息を吐きだした。


 亮助は、短い返事を繰り返している。


 とてつもなく、嫌な予感がした。


 ゆっくりと、重々しく腕を下げた亮助は、舞香を振り返ると、


「今日の内に来るらしい」


 と、いつにもまして静かな声でそう言った。


 飯岡茂は、県警本部の人間だった。


 舞香は、彼の何処が優れているのか、彼に優れているところなど存在しているのかと訝しんでばかりだが、飯岡茂はもう15年近くも、“上層部”と呼ばれる席に居座り続けている。


 彼の経歴の中で、目立ったものと言えば、“伝説”とも称される、“HCO”設立に携わったこと、そして、北山警察署に特別組織対策室を立ち上げたことだ。


 つまり、舞香と亮助は、彼の下で働いている───そう、飯岡茂自身は認識しているようだった。


 それだというのに、彼は、特別組織対策室に対する信頼が薄いという矛盾を抱えている。そして、それを理由に、北山警察署を度々訪れ、舞香と亮助の仕事の様子を確認しに来るのだった。


「言葉だけで、自分一人じゃなにもできないくせに、あのクソじじい」


 舞香は机の上の資料を持ち上げて、吐き捨てるように言った。


「“クソ”は余計だぞ」


 すぐさま、亮助に窘められたが、舞香はそれを無視した。飯岡茂は、それを付けられて当たり前の人間だと、そう思っているからだ。


「それと、あんまりカリカリしすぎるなよ」


 亮助が舞香の机に近づいてきた。


「今は、ここで揉め事を起こしている場合じゃない」


「それは分かってるけど……」


 不満を抑えきれない舞香に、亮助が手を差し出してきた。


「なに?」と見上げると、


「早くしないと来るぞ」


 と、言葉を返された。それにより、舞香は手に持っていた資料の山を亮助に手渡すことになった。


 何もかも、あのじじいのせいだ───そう思いながら、舞香は亮助の手を借り、机上の整理を30分か

けて行った。


「来る前に疲れたんだけど……」


 舞は息を吐きだして椅子に腰を下ろした。


「だから、いつも言ってるだろ。普段から片付けておけばそれで済む話だ」


 亮助の言葉に言い返す気力は、残ってはいたが、ここで使うべきではなかった。これから、全身の力を全て使い果たさなければならないのだから。


「……来たみたいだね」


 舞香は言った。


 廊下から、いつだって待っていない足音が聞こえてきたのだ。


 足音が止まる。荒々しい咳払いが聞こえる。


「相変わらず」


 ドアが開くのと同時に、声がした。


「幽霊屋敷のようなところだな、ここは。中も暗ければ、職員も暗い」


 そう毒づきながら、飯岡茂は現れた。


 ※


 飯岡茂は舞香たちよりも8歳年上の56歳。白髪交じりに頭を、今日も後ろに流して固めている。スーツをきっちりと着込んでいるが、彼の黒い瞳は、一片の誠実さも感じさせない。


 部屋に入るなり、飯岡はあろうもことか、舞香に近づいてきた。


 そして、手に持っていた資料の束を、机に向かって乱雑に投げた。


「何ですか、これ」


 舞香は目を上げて、飯岡を見た。


「東署がリークした、組織の情報だ。今日中に全て整理しろ」


 舞香は飯岡に聞こえるように溜息を吐いた。


「私たち、いつから雑用係になったんですか」


「うるさい。黙って従え」


 飯岡は目に苛立ちを露わにさせた。


 舞香は「うるさいのはあんたよ」と心の中で言い返し、再度、息を吐きだした。


 この資料を整理するのは、東署の手伝い───ではない。飯岡自身が用いるため───だ。


「資料を送るんだったら、わざわざ来ていただかなくて結構ですよ。郵送していただければ、目は通しますから」


 舞香は皮肉の意味を込めて言い、分厚い資料を持ち上げた。


「黙れ。余計な口を挟むな。わざわざ、来てやってるというのに」


 飯岡が声を荒げた。


「私がここに来たのは、お前らに対する文句を言うためだ」


 舞香はチラリと亮助を見た。亮助は黙ったまま、飯岡の言葉に耳を傾けている。


「ここ数週間で確保し、取調まで行った殺し屋の人数───お前ら、当然、把握してるよな?」


 飯岡の睨みに、舞香は「それがどうかしました?」と言葉を返した。


「何だあの人数は。ふざけてるのか」


「すみません。納得のいく結果にならなくて」


 舞香は全く心を込めずに言った。


「この数週間、動いていたのはお前らだけだろう?」


「そうですけど、何か?」


「“ASSASSIN”はどうしているんだ」


 飯岡の目が鋭くなった。


「依頼を回せない理由でもあったか?」


「飯岡さん」


 亮助が口を開いた。


「“ASSASSIN”のメンバーも、我々と同じ人間です。一時的に活動ができない事態が起きることもあり得ます」


「そんなことは分かっている。だから、その理由を訊いてるんだ」


「その理由が、説明できないから言ってるんですよ」


 舞香は飯岡を再び自分に向かせた。


「お忘れですか?“ASSASSIN”のメンバーの素性に対して、踏み込まないようにと、契約を交わしたことを」


「また、その話か」


 飯岡は激しく顔をしかめた。


「お前らが知っていて、何故、私は知っていない?どう考えてもおかしいだろ」


 飯岡は舞香の机に手を付いた。


「何を、何度訊かれても、私は答えませんよ。それが契約ですから」


「何が契約だ」


 飯岡は苛立ったように、机に乗せた指を小刻みに動かし始めた。


 舞香はじろりと飯岡を見た。


「契約は契約です。それ以上でも、以下でもないでしょ」


 飯岡は「中野」と睨むような目を見せた。


「態度を改めろ。何度言えば理解するんだ、お前は」


 舞香は飯岡から目を逸して、手元の資料を見つめた。


「……これだから女は嫌なんだ。人の言うことにグチグチと口を出して。指示に黙って従えないんなら、お茶汲みでもしてたらどうなんだ?」


 その瞬間、舞香の身体のどこかで、何かがブツリと切れた。


 立ち上がり、飯岡に詰め寄る。


「あんたね」───そう切り出そうとした時、「───舞香」という声が、それを止めた。


「やめろ」


 舞香は亮助と目が合った。


 亮助はそっと、舞香にしか分からないような動きで首を振った。


 不意をくらったような顔をした飯岡が、まるでそれを誤魔化すように「まったく……」と言う声が舞香の耳に届いた。


「よくもこの女と四六時中同じ部屋にいれるな、矢橋」


 飯岡の視線は亮助に向いていた。


 亮助が答えないことを悟ったのか、飯岡はしばらくして溜息を吐いた。


「違うように見えて似た者同士だな、お前らは。つくづく厄介だ」


 そう、半ば独り言のように言い、ぎろりと目を上げた。


「いいか?結果だけを出せ。結果が出せないのなら、お前らがここにいる意味はない。私がお前らに求めるのは、結果───それだけだ。そのために、“ASSASSIN”という駒を利用しろ」


 そう言い残して、飯岡茂は去って行った。


 舞香は抑えきれない怒りを、ぶつけるように机を叩いた。


 室内に鈍い音が響いた。


 ※


「……あのクソじじい」


 舞香はジョッキを、音を立ててテーブに置いた。


「どうしたらあんな人間ができあがるわけ?ほんとに信じられない、クソすぎて」


 亮助は怒りが収まらない様子の舞香と向かい合って座っていた。署内であれば、「言葉が悪いぞ」と窘めるところだが、ここは夜8時の居酒屋だ。車を署の駐車場に残したまま、2人、歩いてここまで来た。


「相変わらず、酷い差別思考だったな」


「ほんとだよ。亮ちゃんが止めてくれてなかったら、私、怒鳴りまくってたと思う」


 舞香の言葉に亮助は「そうだろうな」と短く頷いた。


「……あれ?昔、さくちゃんが、じじいに向けて言った言葉って、なんだったっけ?」


 その言葉に、亮助は目を上げた。


「───私は自分が女であることが大好きです、か。」


「そうだ、それ」


 舞香は「ほんと」と目尻を下げて笑った。


「……敵わないなあ、さくちゃんには」


 つられて、亮助も口元を緩めた。


 しかし、グラスに写った顔は、笑顔ではなかった。


 飯岡茂が訪問したおかげで、仕事が終わったのは7時半を回ったところだった。それに加え、「どっかで吐き出さないと気がすまない」という舞香の言葉から、2人は1時間ほど、行きつけの店で語り合うことになった。


「そうだ、この前ね、彰人と、今度、みんなで集まろうって話をしたの」


 一通り飯岡茂を毒づいた後、舞香はにこやかにそう言った。


「そういえば、長らく集まってないな」


「でしょ?───あれ?班長の息子さんって、今、いくつくらいだっけ?」


「確か、勇人の4つ上だから、今、二十歳か、もうすぐなるかくらいじゃないか」


「そっかぁ、もうそんなになってるのかー」


 舞香はしみじみとした様子で言い、テーブルの上で腕を組んだ。


「居酒屋も、よく行ってたよね。毎回、源くんが“奢りますから”って誘ってくれて、彰人がふざけたことばっかり言って、班長がそれにツッコんで、私の愚痴が始まって、それを聞いてる亮ちゃんがいて、それで───楽しそうに笑ってる、さくちゃんがいて」


 舞香の瞳を、亮助は見つめた。


 懐かしさや、寂しさを超えた───そこには、大きな優しさが映っていた。


「懐かしいね」と、舞香が言った。


 周りの客の話し声や、店員たちが働く音だけが、亮助の耳に響いた。


 思い出すのは、妻であった女性のことだ。


 きっと、この瞬間、舞香も、彼女のことを思い浮かべているのだろう。


「あっ───そうだ」


 ふいに、舞香が目を上げた。


「さっき、考えてたんだけどさ、南川署の件、あの子たちに任せない?」


 亮助は「何を言い出すんだ……」と、舞香を見つめた。


「お前、酔ってるんじゃないか」


「違うよ、ちゃんとした方法を思いついたの」


 舞香が人差し指を立てた。そして、何処か悪戯っぽく笑った。


「それこそ、じじいにバレたら、ただじゃ済まないような方法だけどね」

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ