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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story9

信じると決めたその気持ちに、影が混ざり始める──。

「ごめんね……、また呼んじゃって」


「ううん、全然」


 優樹菜は席に着きながら、奈穂に向かって首を振った。


 “ごめん。聞いてもらいたいことあったの、思い出した……”───奈穂からのメールに、優樹菜は急いで学校を出た。一昨日と同じカラオケボックスの、あの時と同じ部屋で、二人は再び、顔を合わせた。


「むしろ……謝るべきなのは、私の方だよ。話しにくかったよね……あの時」


 教室での出来事を詫びた優樹菜に対し、奈穂は「あっ」と声を上げ、


「私は、全然。優樹菜ちゃんは、大丈夫だった?」


「えっ、私?」


 優樹菜は目を開いて、自らを指さした。


「もしかしたら、矢橋くんと帰る約束してたのかなって思って。だとしたら、私、待たせちゃったことになるから……」


 今度は優樹菜が「あっ」と言う番だった。


「ううん、そういうわけじゃないの。あれは、ただ、あいつが、勝手に来ただけで───」


 そこで、優樹菜は気が付いた。


「……って、あれ……?奈穂ちゃん……矢橋くんのこと、知ってるの?」


 矢橋くん───先程、奈穂は確かに、そう言った。しかし、優樹菜は奈穂が教室にやって来た時、勇人ののことを紹介していなかった。


「知ってる……というか、私が一方的にだと思う」


 奈穂は、そう、はにかんだように笑った。


「私、理科委員やってて、それで、よく、河井先生のところに行くんだけど」


 理科委員───名の通り、クラスの理科の授業を担当する係だ。優樹菜のクラスでは、名前だけで全く役目が果たされていないが、担当教師からの連絡事項をクラスに伝えるのが、彼らの仕事である。


「あっ……」


 優樹菜は河井教諭の名を聞いて、あることに思い至った。


「理科職員室?」


 問いかけると、奈穂は「そう」と頷いた。


 理科職員室───夏休み前まで、優樹菜が、“勇人の居場所”とまで思っていた場所だ。奈穂は委員の仕事で、担当である河井英二を訪ねた際、幾度か、そこにいた勇人と遭遇していたのだろう。そして、何かのタイミングで、勇人の名前を知ってもおかしくはない。


「それで、ね、聞きたいこと……なんだけど」


 奈穂はそう切り出し、上目遣いに優樹菜を見つめた。


「あの……、もし、おばあちゃんのことが……、殺し屋の仕業だった時って……、私……警察の人に、調べられたりするかな……?……優樹菜ちゃんに、依頼をした人間として」


 奈穂の問いを受け、優樹菜は、首を横に振った。


「いや……それは、ないんじゃないかな」


「本当……?」


 奈穂が、僅かに、テーブルに向かって身を乗り出す。


「うん。だって、奈穂ちゃんは、別に、悪いことしてるわけじゃないし」


 そう答えると───奈穂の瞳に、はっとしたような色が浮かんだ。


 そして、それは、途端に暗い色になり、「う……うん……」と、奈穂は目を伏せた。


 優樹菜は、その表情の変化に、思わず、「奈穂ちゃん?」と呼び掛けた。


 しかし───声が届かなかったのか、奈穂は、視線を上げることはなかった。


 優樹菜は、話題を変えた方がいいのを察し、ふと、頭に浮かんだ疑問を、問いかけてみることにした。


「……奈穂ちゃんは」


 呼びかけると、奈穂は視線を上げた。


「おばあちゃんのこと……どういう結果であってほしいって、思ってる?」


「えっ……?」


「“誰かに殺された”のか、“自殺”だったのか」


 優樹菜は「もし」と言い、


「自殺だった場合も、警察の捜査は入るだろうし───」


 と、告げた時、一気に、奈穂の目の色が変わった。


「おばあちゃんは、自殺なんかしないよ!」


 突然の剣幕に、優樹菜はびくりと、言葉を止めた。


「あっ……」


 奈穂の目が、白くなる。


「……ごめん」


 2人の声が重なり、ぽつりと響いた。


 ※


「───ねえ、茜」


 優樹菜は電話越しに呼びかけ、窓の外に映る夜空を見つめた。


「変なこと、聞いてもいい?」


「変なこと?」


 茜は声を跳ねさせながら、すぐに「いいよ」と言ってくれた。


 奈穂と別れたのが、5時頃になってしまったことから、優樹菜は本拠地には行かず、真っすぐに帰宅した。今日も仕事が遅くなる母に代わり、夕飯の支度を済ませ、葵を風呂に入らせ、自分も入浴を済ませた後、優樹菜は角元茜に電話をかけた。


 今日は珍しくアルバイトが休みだったという茜は、「ゆきから掛けてくれるの珍しいね」と驚きつつ、「あたしもお風呂入ったから、長く話せるよ」と言った。


「ほんとに、“何でそんなこと聞くの?”っていう質問で、ごめんなんだけど───」


 優樹菜は息を吸い、閉めたドアの向こうに声が聞こえないように、口元を手で覆った。


「茜、もし、私が死んだらさ、その原因って、自殺であってほしい?それとも、他殺であってほしい?」


 茜が口をつぐんだことにより、優樹菜の耳元に、エアコンの音と、風の音がこだました。風の音が聞こえてくるのは、優樹菜が窓を開けているからだ。


「……もし、自殺であったとしたら」


 数秒の沈黙の後、静かな声が返って来た。


「何で、ゆきの悩みとか、苦しさとか、辛さとか、そういうものを分かってあげられなかったんだろうって、ただただ、後悔すると思う」


 茜は「他殺だったとしたら……」と続けた。


「誰かを恨むことになる、絶対に。恨み続けて、“死んでほしい”って思うんだと思う。───だから、どっちであってほしいとか、ないよ」


 優樹菜は電話を握った指に力を込め、「……そっか」と頷いた。


「ごめんね───いきなり、こんな話して」


「ううん、それは大丈夫だけど。ゆきは?大丈夫なの?」


 茜の声色に、優樹菜は「ごめん」と、今度は苦笑した。


「ちょっと、気になっただけ。最近、そういう話題聞いたから、茜はどうなのかなって思って」


 すると、茜は「なんだ、それー」と笑い声交じりに言った。


「びっくりしたじゃん。まあ、全然いいけどさ、ゆきが元気なら」


「うん───ありがとう」


 礼を言うと、茜は「あはは」と、可笑しそうに笑った。


「それだもん、電話するよね。だって、こんな話題、学校じゃ、話せないもん」


 茜の明るい声に、優樹菜も、ようやく笑い声を上げることができた。


「あっ───そうだ、茜、もう一つ、聞きたいことあるんだけど」


「ん?なに?」


「この前、ファミレス行ったじゃない?駅前の」


「ああ、うん。それが、どうかしたの?」


「その時さ」


 言いながら優樹菜は、あの時───奈穂と別れ、駅の駐車場の前を通りかかった時のことを思い返した。


「ゴミ箱って、あった?あの、自動販売機の反対側にある、灰色のゴミ箱」


 またも、不思議な質問をしてしまったが、茜は「ゴミ箱……」と、疑う様子もなく、呟いた。


「どうだったかな。気にしてなかったから、分かんないな。あの時はまだ、撤去されるって話、聞く前だったし」


「───撤去?」


 優樹菜は声を上げた。


「あっ、ゆき、知らない?あのゴミ箱、最近、撤去されたんだよ。ほら、ゴミが溢れかえって、汚かったじゃん?町の景観を乱すとか、何とか、そういう理由でなくされたんだって」



 茜との電話を終えると、優樹菜は窓枠に手を付き、外の空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。


 “どっちであってほしいとか、ないよ”───茜の声を思い返し、「……そうだよね」と一人、呟いた。


(私も、そう思う……)


 “おばあちゃんは自殺なんかしないよ!“───そう言った花園奈穂の、必死な目が頭に浮かんだ。


(そう信じたい気持ちも、わかる……。分かるんだけど……)


 目を閉じ、夏の風に肌を晒した。


(おばあちゃんは、誰かに殺された───そう思い続けて、辛くないのかな……)


 答えは、出なかった。


 それは、当事者にしか分からない気持ちなのかもしれない。


 茜に、あんな質問を投げかけたのは、それを確かめたかったからだ。


 すでに帰宅している舞香にも、隣の部屋にいる葵にも、訊けない質問を、優樹菜は親友にした。


そして、それは───花園奈穂の気持ちを確かめるのと同時に、自分の気持ちを確かめるための行動だった。


(……私は、奈穂ちゃんのことを助けたい……)


 優樹菜は、目を閉じた。


(おばあちゃんを亡くして、心に傷を負った奈穂ちゃんのこと、救いたい……。奈穂ちゃんのために悩んで、奈穂ちゃんのためになりたい……)


優樹菜は、そっと、目を開けた。


(私は、奈穂ちゃんを、信じたい……)


 冷たい風が、優樹菜の頬に流れる。


(……今も、信じてる……よね?)


 自分自身に、問いかける。


 信じている───はずだ。


 自分は、そう答えた。


 信じているから、今だって、奈穂のことを考えていた。奈穂の気持ちを理解したいと、願っていた。


 ただ───その気持ちに、僅かな淀みが生まれていることに、優樹菜は、気付いていた。


 優樹菜の頭に、茜にしたもう一つの質問と、その答が浮かんできた。


 あの時───奈穂と別れ、駅の駐車場の前を通りかかった時。


(いや……、違う)


 優樹菜はそっと窓を閉めた。


(私、わざと通ったんだ、あの時───確かめようと思って)


 カラオケ店の前で、バス停に向かう奈穂を、無理に作った笑顔で見送った後、優樹菜は、あの言葉を思い出した。


 “確かめて来いよ”───勇人が言った、あの言葉だ。


 ふらりと足が動き、優樹菜は横断歩道を渡り、駅の方に向かって歩き出していた。


 ゴミ箱───奈穂が証明証を拾った場所を、確かめなければと、そう思っていたことを、はっきりと覚えている。


 その時に見た光景も、目に焼き付いて離れない。


 駅が見えてくる。駐車場に入る白い車が見える。赤い自動販売機がある。


 気付けば、優樹菜は自動販売機の前に、立っていた。


 振り返って見て、優樹菜は呆然とした。


 ───なかった。


 目を凝らしても、それらしきものは見当たらなかった。


 ゴミ箱は、なくなっていた。

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