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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story8

勇人との喧嘩の翌日。

奈穂と校内で会う約束をした優樹菜のもとに、勇人が訪れ───?

 まさか、本当に来るなんて聞いてない───優樹菜は一夜明け、再び勇人と喧嘩をしそうになった。


「何で来んのよ……」


 優樹菜は自分にだけ聞こえる声量で言いながら、それをかき消すように、窓を開けた。


 あんなこと、言わなきゃよかった───優樹菜は、自分がした二つの言動を後悔した。


 一つは、昨日勇人に、奈穂のことが気になるなら自分で会えと言ったこと。


 もう一つは、朝、登校してきた勇人に、放課後、5階の空き教室で、花園奈穂と話すことを伝えたことだ。


 相変わらず、昨日のことを謝れなかった優樹菜は、せめて、放課後、奈穂に会うために今日は本拠地に行けないことだけは伝えておこうと、そう思った。


 まさか、勇人が昨日のあの言葉を本気にするなんて、思ってもいなかったから───。


 優樹菜は息を吐き出し、後ろを振り返った。


「ごめんね……奈穂ちゃん」


 そこに立っていた奈穂に詫びた。


「あいつ───別に気にしなくていいから」 


 奈穂は頷いたが、その様子は明らかに、勇人のことを気にしている。


 優樹菜は、勇人に向かって、息を吐き出した。


 勇人は、奈穂が立っている教室後ろ側のドアとは反対の、前側のドア近くに置かれた机に横向きに座っている。


邪魔だから帰れ───優樹菜は、そう言いつけたい衝動を必死に抑えていた。


 優樹菜にとって、勇人がこの場にいることで起きる問題は、二つある。


 一つは、奈穂が話しにくくなること。


 もつ一つは、優樹菜が話しにくくなることだ。


 昨日の発言から考えると、勇人は何かしらの理由で、奈穂のことを疑っているようだ。


 対して、優樹菜は、奈穂のことを信用している。


 そんな、意見の食い違いがあるということを、奈穂に察せられないように。そして、勇人が奈穂に持つ印象が悪化しないように。自分は細心の注意を払わなければいけない。


 優樹菜は後ろのドアに近い席で、奈穂と向かい合って座り、そのことを心がけながら、奈穂に事情を説明した。


「えっ……?警察が……?」


 奈穂は目を見開いた。


「安心して。すごく、信頼できる人たちだから」


 優樹菜は奈穂に向かって微笑んで見せた。


「私のお母さんと、お母さんの幼馴染の人なの」


 そして、今、そこにいるやつのお父さん───ということは、この場で言う必要がないだろうと、優樹菜は判断した。


「2人は、警察の中で、殺し屋を担当する部署にいて、ASSASSINのことを担当してくれてるの。だから、今回の件にも、全面的に協力するって言ってくれた」


 奈穂は「あ……」と声を上げ、


「そう……なんだ……」


 どこかぎこちなく、頷いた。


「そういえば、奈穂ちゃん」


 優樹菜はふと、奈穂に訊こうと思っていたことを思い出した。


「私の証明証って、どのあたりに落ちてたか、覚えてる?」


 何気なく、ただ気になったから問いかけたつもりだったが、奈穂は「えっ……?」と、肩を縮めた。


「あっ、奈穂ちゃんのことを疑うわけじゃなくて、私、どの辺りに落としてたのか、気になって」


 優樹菜は夏休み最終日、親友の角元茜に誘われ、駅前のファミリーレストランへに行っていた。駅の周辺で証明証を拾ったという奈穂の言葉から推測して、落としたのはその時だろうと思ったのだが、どのタイミングでそれが起こったのか、知っておきたかったのだ。


「え、えっと……」


 視線を動かす奈穂の答を、優樹菜は小さく首を傾けて待った。


「あの……、ゴミ箱、あるの、わかる……?」


「ゴミ箱……。あの、自販機の近くにある?」


 優樹菜は駅の駐車場出入り口を挟むように設置されている自動販売機と、横一列に並んだ灰色のゴミ箱を思い浮かべた。


「そう……。その……下に落ちてたの」


「うんうん」と頷く奈穂に、優樹菜は「そっか」と自分の不注意に苦笑する。


「ゴミだと思って捨てられてても、おかしくない状態だったんだ」


 奈穂は優樹菜に気を遣っているように小さく笑い、


「綺麗な状態だったから、誰かの落とし物かなって思ったの」


 と、言った。


 ふと、微かな気配を感じて、優樹菜はその方向を見た。


 そして、はっと目を開いた。


 勇人がこちらに目を向けていた。


(いや───、違う……)


 勇人の目は優樹菜と奈穂、2人ではなく、花園奈穂1人を捉えていた。


 そして、その左手が上がり───後頭部に触れるのを、優樹菜は見た。


 背筋がぞわりとし、優樹菜は、勇人が後ろ髪を掻く仕草から、見開いた目をさっと逸した。


「……なっ……奈穂、ちゃん」


 そう呼ぶ声は、僅かに上ずった。


「バスの時間……もうすぐじゃない?」


 唐突な問いに、奈穂が「えっ?」と驚いたのは、当然のことだった。


「私たち、もう少し残るから……奈穂ちゃん、先に帰ってくれて、大丈夫だよ」


 優樹菜はこの瞬間、ぐるぐると渦巻く頭の中で、何とか理由を付けて、奈穂にこの場を去ってもらわなければと必死になっていた。


 ※ 


 優樹菜はドアを閉めて振り返った。


 昼間は教室よりも熱が篭っていて暑い廊下も、この時間になるとひんやりとし始めていた。


「……ねえ」


 窓を背にして立っている勇人を、優樹菜は呼んだ。


「何が、引っかかったの?」


 勇人が優樹菜の目にはっきりと分かる動作で、目を上げた。


 優樹菜はその目を見つめ、


「奈穂ちゃんの、何が気になったの?」


 言葉を変えて、同じ意味の質問をした。


 あの瞬間、優樹菜の心を動揺させたのは、勇人の動作───彼の癖だった。


 生まれた時からの付き合い───と言っても過言ではない優樹菜は、本人や、他の誰かから聞いたわけではなく、その癖が出る瞬間、そして、意味するものを知っている。


 勇人は、人の言葉に潜む矛盾や、周りの状態の変化に気付いた時、後頭部を掻く癖を持っているのだ。


 奈穂が帰り、少しだけ気持ちが落ち着いて、優樹菜は、喧嘩のきっかけになった勇人の言動が今までとは違う風に聞こえてくるような、そんな気がしていた。


 優樹菜の問いかけに、勇人は何も言わなかった。


 だからその間───優樹菜も、黙っているしかなかった。


 沈黙に割って入ったのは、チャイムの音だった。


 部活動、または居残り、もしくは優樹菜たちのように、校内で密談をしている生徒に向けて、今の時刻を告げる音。


 優樹菜は窓の外を見て、息を吸った。


 奈穂ちゃんのこと、やっぱり信用できない?───そう、問いかけようとした時、優樹菜は勇人に、


「お前」と、呼ばれた。


「確かめて来いよ」


 とっさのことに、優樹菜は「えっ?」と、声を上げた。


 何を?───と、問う直前に、勇人が窓際から背を離した。


「ちょっ、ちょっと……」


 優樹菜が「矢橋くん……」と呼び掛けた時には、勇人の姿は、先の方にあった。


 追いかけようとした瞬間、優樹菜の足に、スカートを通して、短い振動が伝わって来た。


 ポケットに入れていたスマートフォンがメッセージを受信したのだ。


 優樹菜は「誰───?」と思いながら、携帯電話を取り出した。


 画面に表示されたのは、「花園奈穂」の名前と、メールのマークだった。

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