August Story7
それぞれの主張が、ぶつかり合う───。
緑ヶ丘小学校の夏休みが終わり、活動が再開となったこの日。
久しぶりの挨拶もつかの間、優樹菜は「ちょっといい?」とメンバーに、花園奈穂の話を持ち掛けた。
あらかたの事情をしっている葵と蒼太はその後の展開を教える形になり、翼と光には最初から現在までを話すことになったが、4人は優樹菜の言葉に耳を傾け、「そういうことか」と納得してくれた。
「……というわけで、依頼として扱えるかどうか、決まったわけじゃないんだけど───」
そこで後ろに気配を感じ、優樹菜は言葉を止めた。開け放したドアを背にして座っていた優樹菜は、メンバーの視線の動きに、勇人が入って来たのだと悟った。
「───殺し屋が関わっていようとなかろうと、私は、このことを放っておけない。だから、お母さんたちと協力して、奈穂ちゃんのおばあちゃんが亡くなった理由───それを調べようと思ってる」
優樹菜が言い終えると、勇人を除いた4人は、ほぼ同時に頷いた。
優樹菜が息を吸ったタイミングで、「じゃあ!」という元気な声がした、
「何から始める?あたし、何やったらいい?」
優樹菜は妹に向かって苦笑した。
「絶対、そう言うと思ってた」
「えっ!だって、あたりまえじゃん!困ってる人がいるんだったら、助けないと!」
葵は、半ばその場に立ち上がりながら言った。
優樹菜は、その反応に、ほっと息を吐きだした。きっと、みんなは協力してくれる───そう確信があったものの、やはり、どこかで不安はあったのだと、優樹菜は気が付いた。
「それじゃあ、私、明日、奈穂ちゃんに会って、正式に捜査を始めて良いか、聞いてみようと思う」
「これが解決するまで、依頼解決は休みになるの?」
葵に問われ、優樹菜は「うん」と、頷いた。
「お母さんたちが気を利かせてくれたの。同時進行でやるのは大変だろうからって」
葵は優樹菜の答に、「そっか~」と、ほんの少しだけ、寂しそうな顔をして、小さく頷いた。
「これからの予定作ろう」と、優樹菜が呼びかけると、光がノートに予定表を作ることを進んで引き受けてくれた。
「今後の予定」という、光の丁寧な字を見つめていた優樹菜は誰かの視線を感じて、ふと、顔を上げた。
すると、蒼太と目が合った。
蒼太は「あっ」という目をして、「優樹菜さん……」と、声を発した。
「あの……、優樹菜さんがメンバーだって、依頼者の人が知ってた理由……、わかりました……?」
今度は優樹菜が「あっ」と目を見開く番だった。
「そうだ。忘れてた───」
優樹菜はメンバーに自分が証明証を落としてしまっていたことを話した。
「えー!優樹菜って、落とし物することあるの!?」
葵が目を大きく広げた。
「あんたに散々言ってたくせにね」という言葉は心の中だけに留めておくことにし、優樹菜は「我ながらびっくりしたけどね」と肩を下ろした。
「私もまさか、自分があんな大事なもの落とすと思ってなかった」
「だけど、良い人に拾われて、よかったとは思う。もし──悪いことに使うような人だったら、今頃、どうなってたか分からないから」
その───優樹菜の言葉に答えたのは、同意ではなく、
「よく言えんな」
という、静かで、冷たい声だった。
優樹菜は視線を向けた。思わず、「えっ」という声が漏れた。
勇人の目は、自分を向いていなかった。いや───メンバーの誰のことも、勇人は見ていなかった。
言葉を理解するまで、数秒を要した優樹菜は「いや……」と、言葉を返した。
「奈穂ちゃんは、悪いことするような子じゃないよ」
勇人の目が動いた。そして、その動きは優樹菜の目の方向で止まった。
「何を根拠にしてんだよ」
その、突き放すような口調に、優樹菜は頭がカッするのを感じた。
「何?人と付き合うのに、その人のこと、いちいち細かく調べろっていうの?」
勇人を睨みつけると、葵が「優樹菜……」と服の袖を引いてきた。
だが、優樹菜はここで引く気にはなれなかった。
「大体、会ったこともないのに、奈穂ちゃんのこと、悪く言わないでくれる?」
対し、勇人は「───言えんのかよ」と声を発した。
「何?」
優樹菜は突き放すように問いかけた。
「お前、庇うようなこと言えんのかよ」
勇人の言葉と視線に、優樹菜は意表を突かれた。
お前はそれを言えるほど、花園奈穂と親しいのか───そんな意味が込められた言葉だった。
優樹菜は、その問いに、「言えるよ」と答えられないことを、自覚した。
そして、目を動かした時、メンバーの姿を見た。
葵は、この場をどうするべきか、誰かに答えを求めるように、きょろきょろと周りを見回している。
葵の斜め隣にいる蒼太は、はっと息を呑んだような表情をしている。
翼は画面を見つめているが、キーボードに触れた指は動いていない。
光はペンを動かしていたが、優樹菜の視線に気付いたのか、顔を上げた。
その瞬間、優樹菜の中で、怒りに対する後悔が、浮かんできた。
ただ、ここで「ごめん」と謝ることが、優樹菜にはできなかった。
「……そんな信用できないんなら、自分で会えば?」
勇人と、視線がぶつかった。
優樹菜は「言い返すなよ」と、思った。
喧嘩はこれで終わりなの。私たちのせいで、これ以上みんなを困らせるわけにはいかないの──。
結果、勇人の方が、視線を逸した───ように、立ち上がった。
優樹菜は目の前を勇人が通り過ぎる間も、目を動かさなかった。
勇人が廊下に出て行くのを気配で感じ取りきってから、優樹菜はふっと息を吐き出した。
「ごめん───」
メンバーに対して、そう言ってから、穏やかな声を作った。
「続き、しよう」
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