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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
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August Story6

優樹菜の手助けをするため、舞香は、かつての同僚のもとを訪れる。

 優樹菜の頼みを引き受けた翌日、舞香は南川警察署へと向かった。


 南川町───北山町から、車で2時間。花園奈穂の祖母が暮らしていた町だ。人口は北山より1万人ほど多いが、町中ののどかな様子が、この町も北山と同様、少子高齢化が著しく進んでいるということを物語っていた。


 舞香は真新しい警察署の自動ドアを背にして立ち、8月の日差しを受け、きらきらと光を放っているアスファルトを見つめた。


 昼下がりの、一番気温が上がる時間だった。


(ゆきは、このことで気が気じゃないだろうなあ……)


 そう思うと、薄らと苦笑が込み上げて来た。優樹菜は今、午後の授業を受けている頃だろう。


(あおは、家にいるのかな)


 今朝、舞香が家を出た時、夏休み最終日の葵は、まだ夢の中にいるようだった。


 外に遊びに行ったんだとしたら、飲み物持って行ったかな───そう思った時、「よっ」という声がし、舞香の肩を、男性の手が叩いた。


 舞香は振り返り、


「お待ちしておりました」


 と、笑ってみせた。


「お待たせいたしました」


 相手は、そう、笑顔を見せた。


「久しぶり。姉さん」


「久しぶり。あき


 南川警察署の刑事───みずさわ彰人は、紺色の髪をわしゃわしゃとかきむしりながら、首を傾けた。


「他の人に聞かれたら、マズい感じ?」


「うん。できたら、外で話したいんだけど」


「じゃあ、車の中で話そうよ。姉さんの車って、あれ?」


 彰人が指さしたのは対向車線に停まっているピンク色をした可愛らしいワゴン車だった。


「違うよ。あんな可愛いの、乗れないって」


 苦笑してみせると、


「そうか?ぴったりだと思ったんだけど」


 と、言葉を返された。


「またそんな適当なこと言って。誰にでもそう言ってるんでしょ、この男は」


 彰人は「はははっ」と少年のように笑った。


「独身の特権だよ。それに、姉さんくらい親しくないと、既婚の人には、冗談でも言えないって」 


 ※


 実際には、舞香の車は黒い軽自動車だった。


 助手席に彰人を乗せ、舞香は海岸沿いの道へとへと向かった。


 防波堤の端に車を停め、窓を開けると、風がカモメの声を運んできた。


「どう?最近」


 尋ねると、彰人は「平和だよ」と答えた。


「そう。何よりだね」


 舞香は微笑んだ。


「この町はいいよ。のどかで、人があったかくってさ」


 彰人は海を見つめて目を細めた。


「懐かしいな───昔、任務で失敗があった時、みんなで海見ながら語り合ったよな」


 舞香はその視線を追い、「そうだね」と、頷いた。


「懐かしいね」


 彰人は舞香にとって、昔の同僚、殺し屋を取り締まることを目的に設立された組織───“HCO”のメンバー同士だった。


 彰人は舞香とは6歳離れた、42歳。舞香にとっては、弟のような存在であった。


「それにしてもびっくりしたよ。姉さんの方から俺を訪ねてくれるなんて。そんなに複雑な事件なの?」


「ああ、うん、ちょっとね。複雑っていうか、ちょっと特殊で」


 舞香は昨夜の優樹菜の話と、それについての自分の考えを、彰人に話した。彰人は警察関係者の中でも数少ない、“ASSASSIN”について、確かな知識を持った人間だった。


 彰人は、舞香が話し終えると、「なるほどな……」と、頷いた。


「2年前……、俺はまだ、こっちに来てないな」


 彰人は1年前に、“HCO”の拠点があった町───あずま市の警察署から、南川警察署に異動となったのだ。


「亮さんは?どう言ってた?」


「やっぱり、殺し屋が関わっているっていう根拠は欲しいって。それがあれば、じじいを説得できるから」


 今回、花園奈穂の祖母の死の真相を探りにあたっては、警察内部にある資料が大きく関わってくるだろう。───が、“ASSASSIN”には、それを調べる権利がない。だとすれば、自分たちが動く必要が大きくあると、舞香は考えていた。


 だが、それをするためには、いつもしている仕事と並行して、行わなくてはならなくなる。


 その関係で仕事が滞るようなことになれば、上層部の人間は黙っていないだろう。そこに先手を打ち、正式に捜査を進めるためには、殺し屋の影を見つけなくてはならない。


「そっか───じゃあ、俺の方で、当たって見るよ。南川署に務めて長い先輩がいるから、その人に話聞いてみる」


「わかった───ありがとう」


 彰人は「ん」と頷き、


「姉さん、この後、時間ある?」


 その言葉に、舞香は「ごめん」と、両手を合わせた。


「帰ったら、結構な時間になっちゃうから、今日はここまで」


「ああ、そっか。いや、そうだよな。早く帰ってあげた方がいいよ」


 彰人はそう言って、髪と同じ紺色の瞳を笑わせた。


「それに、家を離れて働きに出てる旦那さんに、失礼だよな」


「何言ってるの。君と私に、そんなやましい感情何て、微塵もないでしょ。誰が見たってそうだよ」


 舞香は笑い声交じりにそう答え、海に、目を向けた。


 雲一つ無い青いと、海の境界線を見つめていると、一気に、あの頃の気持ちが蘇った。


「今度」


 彰人の、あの頃から随分と大人になった顔を、舞香は見つめた。


「みんなで集まろうよ。お酒でも飲みながら、ゆっくり話そうね」


 ※


 水澤彰人は、署に戻ると、すぐさま資料を探しに行った。


(事件だと決まってるわけじゃないからな……)


 一抹の不安は、的中した。南川署の中に、それらしき資料は見当たらなかった。


 部署に戻り、彰人は「よこさん」と、上司であるよこきみひこを呼んだ。


「少し、いいですか?」


「ああ、何だ?」


 資料から顔を上げ、横田は頷いた。


「2年前に、この町で、76歳の女性が亡くなった事件って、ありました?」


 尋ねると、横田は明らかに怪訝そうな目をし、「どうした?いきなり」と言った。


「昔の同僚に聞いた話で、事件性があるかどうか、不確かなところがあるんですが───当時、捜査が入っていたそうなんです。ですが、その方の死因が、ご遺族に伝えられてないらしくて」


 彰人は、横田の目を見つめた。


「横さん───何か、知りませんか?」


 横田の茶色がかった瞳が動くのを、彰人は見た。


「───知らんな」


 そう、まるで突き放すように、横田は立ち上がった。


「横さん───」


 ドアに向かって歩き出した横田は、彰人の呼びかけに、足を止め、


「お前は、知らない方がいい」


 白いシャツが張り付いた背を向けて、そう言った。


 ※


「警察が、隠そうとしてるってこと……?」


 優樹菜は、帰宅したばかりの舞香と、テーブルを挟んで向かい合っていた。


 舞香は僅かにかぶりを振り、


「これに関しても、色んな可能性があると思う」


「だけど」と、言葉を続けた。


「“お前は、知らない方がいい”───この言葉が、どうも引っかかるの」


 母のかつての同僚である、水澤彰人が上司に言われたという言葉───優樹菜はそれを聞いて、頷いた。


「元"HCO”のメンバーである彰人に対して言えない……これって、どういうことだと、ゆきは思う?」


 尋ねられて、優樹菜は数秒、自分の中で答を探した。


「……殺し屋が関わった可能性があって、それでいて、その事実を隠蔽する必要がある……?」


「そうだと、お母さんも思う」


 舞香は南川署での出来事を話し始めてから、ずっと、真剣な眼差しを変えなかった。


「殺し屋による殺人は、いつだって世間に対して、表沙汰にならないようになっているけど、被害者家族の奈穂ちゃんや、元"HCO"の彰人に、話せない───これは、殺し屋事件の中でも、特異な例なのかもしれない」


 いつにない真剣な母の瞳を見つめて、優樹菜は、「だとしたら……」と、不安になった。


「だとしたら……私は、その事件に、手を出さない方がいいの……?」


 そう問いかけると、舞香はふっと唇を緩めた。


「言ったでしょ。ゆきがやりたいって、それで十分だって」


 母は、そう言った。


「もし、上の人間に、“勝手なことやるな”って言われたら、お母さんが適当に流しておくから。ゆきは、ゆきがやりたいことを、やりたいようにやりなさい」


 それは、優樹菜に、花園奈穂を救いたい───その決意を、確かなものに変えるきっかけになる言葉になった。

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