August Story5
メールの送り主との、対面。
“お願いします。力を貸してください”
“どうか、お願いです。私は、祖母の死の真相が知りたいんです"
“自分勝手なことはわかっています。ですが、あなただけが頼りなんです”
優樹菜は机に座り、スマートフォンの画面を見つめていた。
手紙を見受け取ったという優樹菜に対しての、送り主からの返信だ。
優樹菜は敢えて、一日おいてからメッセージを返そうと決め、登校したての教室で、その瞬間を迎えようとしていた。
(“あなたのことを、自分勝手だとは全く思っていません。ですが、私はあなたのことを、よく知りません。あなたのことを、教えてもらえませんか?”)
優樹菜は頭に浮かんだ文章を打ち込んで送信した。
すると───昨日と同様、返信は、すぐにきた。
“手紙にも記しましたが、私は、逢瀬高校の生徒です。学年は1年。女子です”
(“何組ですか?”)
“2組です”
優樹菜は息を吐きだした。もしかしたら、同じクラスの子なのではないかという疑いが晴れて、ほっとしたのだ。
(“直接会って、お話しませんか?私とあなた、2人で”)
優樹菜は相手を動揺させぬよう、言葉を選んだ。
“お願いします。私も、お話したいと思っていました”
相手は、そう答えた。
(“じゃあ、放課後、どこかで、待ち合せませんか?人に聞かれないようなところで。例えば、カラオケとか”)
“そうですね。駅前のカラオケ屋さん、分かりますか?”
(“はい、知ってます”)
“お店の前に、4時頃に待ち合わせでもいいですか?”
(“はい、大丈夫です。じゃあ、4時に会いましょう”)
“よろしくお願いします”
優樹菜は携帯電話を机においた。
顔を上げた時、すぐ横を通った影に、優樹菜は「あっ」と声を上げ、手を伸ばした。
「ねえ───」
シャツの袖を掴んで引き止めると、勇人は、目だけを振り返らせた。
「私、今日、放課後、出かけるから」
詳しいことを言う必要はないだろう───そう思って、それだけを伝えた。
どっちにしろ興味ないだろうし───とも思った。
だからこそ、勇人が立ち去らず、視線を逸らさずにいるのを見て、優樹菜は面を食らった。
「なっ……なに?」
問いかけると、勇人は、すっと、その目を背けた。
優樹菜の指の間を、シャツの布がすり抜ける。
(何なの……?)
優樹菜は自分で理由も分からずに、ムッとした。理由が分からないのが、余計に腹立たしい。
"余計なことに首突っ込むなよ"───思い浮かんだのは、勇人の言葉だ。
優樹菜はじっと、暗くなった画面を見つめた。
───困ってる人のこと助けて、何がいけないの?
優樹菜は、渦巻く気持ちを、息とともに吐き出した。
※
約束の時間の15分前に、優樹菜はカラオケ店に着いた。
待ち合わせ相手らしい人物の姿は、見当たらなかった。
(……カラオケなんて、いつぶりだろう)
優樹菜は自動ドアの向こうに、カウンターに並んだ、数人の女子グループを見た。制服から判断して、他校の生徒のようだ。
(中学2年生……以来、かな)
そう考えると、胸がズキリとして、優樹菜は視線を逸らした。
(……あの頃の私は、カラオケをこんな風に使うなんて、思ってなかったな)
中学2年生まで、優樹菜は、能力者であるということを除けば、自分はごく普通の女の子だと思っていた。平凡な、ただの女子中学生だと。そして、それはこれからもずっと続いていくのだろう───と。
「───すみません」
その声に、優樹菜は右に、顔を向けた。
「中野優樹菜さん、ですか?」
そこには、金縁の眼鏡をかけた少女がいた。
黒い髪を後ろで束ね、優樹菜と同じ───逢瀬高校の制服を着ている。
「あっ───」
優樹菜は「そうです」と、頷いた。
少女は丸くて大きな瞳で優樹菜を見つめ、
「花園奈穂です」
と、頭を下げた。
※
「まず───質問してもいい?」
優樹菜は水の入ったグラスをテーブルに置いて、花園奈穂と向き合った。
隣のクラスとは言え、優樹菜は奈穂の名前さえも、今までに聞いた覚えがなかった。
それはつまり、逢瀬高校において、花園奈穂が、問題児ではないということを意味している。見て分かる通り、彼女は逢瀬高校では数少ない、優等生なのだろうと、優樹菜は思った。
(手紙の内容も、丁寧で、しっかりしてたし)
きっと、こうして話していても、大丈夫だ───。
「私が、ASSASSINのメンバーだって知った理由───教えてもらえないかな?」
奈穂は「あっ……」と声を上げ、
「ごっ……ごめんなさい……。あんな、いきなり言われても、困りますよね……」
目を伏せた。
「ううん」
優樹菜は、首を振った。
「自分で言うの、何だけど───“ASSASSIN”って、色んなところから、守られてる組織なの。だから、この質問も、形式的なものなんだよね」
優樹菜はそう言いながら、心の中では、奈穂の答えを警戒している自分に気が付いた。
彼女は、いつ、どこで、“ASSASSIN”の存在を知ったのだろうか───。
「えっと……」
奈穂は横に置いた鞄の中を探り始めた。
「中野さん、前───これ、落としませんでした?」
机の上を滑るように、優樹菜の前に、それは運ばれた。
優樹菜は息を呑んだ。
絶対に落としてはいけないもの───他人が持っていてはいけないものが、そこにあった。
「……こ、れ……」
優樹菜は呆然としたまま、声を発した。視線を、花園奈穂が拾ったもの───“ASSASSIN”の証明証に、向けたまま。
「どこ……、で……?」
「あっ……、私、誰にも言ってません。中身は、見ちゃったけど……」
奈穂は優樹菜の動揺具合を受けて、慌てたような様子を見せた。
優樹菜の心が身勝手に動き、奈穂が“ASSASSIN”の存在を知った理由はこれだ───と、優樹菜に告げた。
「駅前を歩いてる時に、落ちてるのを見つけて」
奈穂は優樹菜の証明証を見つけた経緯を話し始めた。
「最初は……落とし物だって思って、交番に届けようと思ったんだけど……、中身を見て、それで……」
これは、判断を変えるべきだ───そう思ったらしい。
証明証の1ページ目には、「異能組織暗殺者取締部 Nо,1 中野優樹菜」───そう、記されている。
新一は優樹菜に、「みんなに配ってくれると助かる」と、6人分の証明証を手渡した───その時の会話を、優樹菜は思い出した。
「本部の方で、決まったことなんだ」
本部───新一が働く、“ОPU”の拠点だ。
「組織名、人数、名前を明確に記すようにって。この、名前の前に書いている番号は、君たちが入った順番に、割り振ってあるからね」
“ASSASSIN”のメンバーになった順は、優樹菜を先頭に、葵、翼、勇人、蒼太、光と続く。優樹菜は一応のため、5人の番号を確認し、それぞれに渡し歩いた。
そしてその際、付け加えるように、必ず言った言葉がある。
なくさないようにしてね───。
その時、優樹菜はそう言っておきながら、内心、「心配なのは葵くらいだけど」と思っていた。さすがに葵も、こんな大事なものはなくさないかと思い直した瞬間もあった。
だというのに───優樹菜は、証明証を、落としてしまっていた。
「すぐに……信用できた?その───私が、組織のメンバーだってこと」
優樹菜は奈穂に問いかけた。
奈穂は小さく、頷いた。
「おばあちゃんのことがあって……、それを思うと、この世界には、暗殺者っていうものが、本当に存在してて……、そういう組織があってもおかしくないのかなって」
優樹菜は奈穂に「そっか……」と頷き返し、こんなことを思った。奈穂は祖母が、何者かに殺害されたと思っている───そして、自分が落とした手帳を拾ったことにより、その考えは、膨らんだ。祖母は、殺し屋に殺されたのではないか───と。
(それで……私に、"ASSASSIN"に、頼ろうとしてくれた……)
優樹菜は、ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「……あのね、奈穂ちゃん」
優樹菜は、出会ったばかり少女に向かって、呼び掛けた。
「“ASSASSIN”は、殺し屋を捕まえる組織───なんだけど、正確な情報がないと、動けない場合があるの。“殺し屋が関わっている”っていう、それが何より大事で。だから……今の段階では、奈穂ちゃんのおばあちゃんのことは、依頼として扱われないかもしれない。もし、そうなった場合───」
優樹菜は、奈穂の瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「私が、何とかするから。だから───私に任せて」
※
「うーん、それは怪しいね」
優樹菜が話し終えると、母は腕を組んだ。
「2年前……、ゆきが中学2年生の時ってことか」
舞香は記憶を辿るように視線を斜め下にやった。
「そのおばあさんは、南川町に暮らしいたみたいなの」
優樹菜がそう告げると、舞香は、「南川、か……」と呟くように言った。
「どんな死因であったとしても、それが隠されるっていうことは、何か特別な事情がある、っていうことだよね?」
優樹菜は尋ねた。
「そうだね。それに、その隠し方も、何とも徹底的」
夕飯が終わった後のダイニングテーブルで、優樹菜は母と向かい合っていた。
「殺し屋の犯行だとしたら、奈穂ちゃんに、おばあさんの死因が隠された理由に、納得がいくけど───」
母は、眉間に、僅かに皺を寄せた。
「2年前、南川町……お母さんは、その事件の捜査に、参加した記憶は、ないな」
全国の警察署で、北山警察署にのみ置かれた、殺し屋を担当する部署────特別組織対策室。
そのメンバーである母は、北山町以外で希に起きる殺し屋による犯行の捜査にも出向くことがあった。
花園奈穂の祖母が何者かに殺害されているとし、更にその犯人が殺し屋であったのなら、母がその事件を調べていても、おかしくはない。
「……まあ、お母さんが捜査に参加してないからって言って、"殺し屋じゃない"って決まるわけじゃないんだけどね」
そう苦笑した母は、直後、その瞳を、真剣なものに変えた。
「でも、何だか、匂う気がする」
優樹菜は、母の瞳を見つめた。
匂う気がする───それは、刑事の勘というものだろうか。
「だから、お母さん、調べてみるね」
母は、その場に立ち上がりながら、そう言った。
「えっ?」
思いがけない言葉に、優樹菜は、目を見開く。
「明日、亮ちゃんにも意見聞いてみる。後は、南川署にいる"助っ人"に、会いに行ってみる」
「……お母さん……協力してくれるの?」
そう尋ねると、母は、「当たり前でしょ」と微笑んだ。
「“やめなさい”なんて、言わないよ」
「でも……最近、忙しいんだよね?それに、依頼として扱えるかも、確かじゃないし……」
「そんなの、気にしないの。ゆきが“やりたい”って思った、それだけで十分」
母はそう言うと、「さっ、茶碗洗っちゃお」と何気ない口調で続け、台所に向かって歩き出した。
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