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時にはこんな話があってもいい

作者: 天野 珊瑚

タイトル通りです。

ちなみに1時間ほどで書きあげました。

『きみきみ、ちょっとあの黒い服を着たひょろっとした坊やにケンカをふっかけてきてくれないかな?』


 突如、脳内に声が響いた。


 なんだ?


 誰だ? 誰か魔法か何かで話しかけてきているのか。


『いやー、私、”神”なんだけど、ついさっき、彼を”転生”させて”最強”の力を与えたんだけど、それを自覚させたいんだ』


「(さっきからなに訳のわからないこと脳内に響かせてやがる)」


 俺は頭の中に聞こえてくる声に心の中で返事をした。


『訳がわからなくなんてないだろう。よくある話じゃないか。神から力をもらった転生少年がまずは自分で自分を強いと思っているチンピラをのし倒す、そして冒険者ギルドの受付のお姉さんとかまだひよっこの女冒険者から「キャー」言われる展開だよ。知らないのかい?』


「(知るかボケ! 大体俺はチンピラじゃない、ついさっきA級に昇格したれっきとしたベテラン冒険者だ!)」


『そうそう、だから君を選んだんだよ。今このギルドにいる中で一番強くて強面なのは君だからね。うまくかませムーブをして彼に自分こそが主人公だという自覚を与えるかませ犬にぴったりだったんだ』


「(…………)」


 遅くなったが自己紹介をしておこう。


 俺の名はアーク。さっきも脳内でつぶやいたがA級になったばかりのソロ冒険者だ。


 功績は食人魔族(レッサーオーガ)の群れ討伐。

 何度となく死にかけたが、運よく討伐を完了し、その報告をしにこの冒険者ギルドに帰ってきた。


 それでギルド併設の飲食スペースで祝いに一杯やって気分がよくなったところでこの不愉快な軽薄ボイスが頭の中に聞こえてきた、とこういうわけだ。


 俺は神とやらの声が指し示したほうをちらりと見やった。


 たしかに、黒い服を着ていかにもおのぼりさんという感じできょろきょろしている線の細い少年がいる。

 おさまりの悪い長めの黒髪はあまり手入れされているように見えない。


 あんな奴にやっつけられてかませ犬になれだと!?

 そんなのは御免だ。


 正直、よしんば戦っても負ける気は1ミリもしない。

 まるで鍛えていない、剣すら握ったことなど無さそうな弱そうな少年だ。

 歳は、15くらいか。


 だが本能か何かが「あれにケンカを売ったりしてはいけない」と告げている。


 脳内に声を響かせる自称”神”の言葉通り、俺は一瞬で意味不明に負けて、周りの女の子たちがあの少年に大いに褒め称えるのだ。そんな未来が見える。


 だから、俺は逃げることにした。


「ウエイトレスさん、お勘定」


「はいはーい」


 祝杯は結局エール一杯しか飲めなかった。


『おいおい待ってくれ。君はそこでウエイトレスさんに無理やりお酌をさせたりお尻を触ったりするようなチンピラムーブをしなきゃだめじゃないか。でないと私のシナリオが狂う』


「(俺じゃなくて他の奴にやらせろそんな役!)」 


『ええい、もうエルドリック君にはそこのチンピラをのすように言ってしまった。君がチンピラじゃないと困るんだ』


 どうやらあのヒョロガキのこの世界での名前はエルドリックなどという大層なものらしい。


『しょうがない、ちょっと強引に行かせてもらうよ! スカートよ、あがれ!』


「きゃあ!」


 神とやらがそう言うと、俺が勘定を頼んだウエイトレスのお姉さんのスカートが勝手に舞い上がる。いや、角度的に見ると俺がめくりあげたように見えなくもない。


「え、えっと! 神秘の刃!」


「げぐはっ!」


 次の瞬間、エルドリックとやらが俺に向かって手を振った。


 すると、冗談のように俺の皮鎧がパクリ、と裂け、後ろへ吹っ飛んでいってしまう。


 ドスン!


 では済まない音を立て、俺の体はギルド支部の壁にめり込んでいた。


 痛い。


 斬られた上半身も痛かったが、それ以上に石壁をぶち破った全身が痛かった。


「だ、大丈夫ですか?」


 そう俺に声をかけたのは他でもない、下手人のエルドリックだ。


「す、すみません、神様がこうしろって……。民間人に迷惑をかけるイキリチンピラに鉄槌を下すところから物語が始まるとか何とか……」


「俺は……なにもしてねえ」


「あ、そうだ。僕、癒しの魔法もSSランク級に使えるようにしてもらえたんでした。今傷を治しますね」


 エルドリックが手をかざし、魔法で俺の体を石壁から抜き出して床に横たえてから言う。


 そこで、エルドリックが独り言を言い始めた。


「え、神様、今なんて? こいつの出番は終わったから放っておけって?」


『そう、チンピラさん、君の出番はもう終わったんですよ』


「(だから俺はチンピラじゃねえ!)」


『もう生きてても死んでても誰も興味を持たないんで、そのままでいてください』


「嫌だ! 僕は助ける! 僕が憧れた主人公はこんなのじゃないんだ」


 エルドリックはまだ独り言を続けている。


 周りの連中は何が起こったのかわからず、俺とエルドリックを交互に見るばかりだ。


 だが、中にはこんな声も混じっていた。


「信じられねえ……。あのアークさんが一撃で……」


「あの男の子、いったい何者なのかしら?」


 ああ、合点がいった。

 俺の出番はこのエルドリックとか言う少年が如何に強いかを周りに知らしめるためだけのものだったんだ。


「うるさい! もう黙ってろ神! アルティメットヒール!」


 エルドリックは突如激昂すると、俺に、見たことも聞いたこともないような強力な回復魔法をかけてくれる。


 すると、傷ついた体だけでなく、不思議なことに切り裂かれた皮鎧までもが元通りに修復されていった。


「ごめんなさい。僕はついさっき転生してきたばかりで、神の声に従うほかなかったんです。許してください」


 へっ。

 そう言えば、こういうとき、こういう奴は決まって俺みたいな奴をぶっ飛ばした後、


「あれ……、僕なんかやっちゃいました?」


 とか言うんだったな。


 こいつは、少し違うらしい。


 俺は体を起こし、エールの代金の銅貨をさっきのウエイトレスに渡すと、


「巻き込んですまなかったな。ケガはないか?」


 ウエイトレスさんは口をパクパクさせながらとりあえず何回もうなづく。


 それを見届けて、俺はギルドの入り口に歩いて行く。

 途中、エルドリックとすれ違う。


 彼は何か言いかけたが、俺はそれを手で遮って、言った。


「がんばれよ、兄ちゃん。神のシナリオなんかに負けんなよ」


「えっ、おじさん、どうして神のことを……?」


 エルドリックは自分でも神のことを口走っていながら、俺が神の存在を知っていることが不思議だったようで、目を白黒させた。


 俺、ことアークは、これからも自分の人生の主人公は自分であると、そういい聞かせながらも、これから自分には想像もつかないような冒険をするであろうこのエルドリックの未来に幸多からんことを祈りつつ、冒険者ギルドを後にした。


 きっと、俺なんかが祈らなくても、この少年の前途は幸せに満ちているに違いないと確信しながら。

たとえ評価が得られなくても、たまには、こういう話を読んでみたくて自分で書いてみました。

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