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喧嘩

7.喧嘩

 携帯電話のアラーム音がけたたましく鳴っている。なんやうるさいな。

結局昨日はレポートを仕上げるのに夜中の1時過ぎまでかかってしまい、ベッドに入ったのは2時前だった。今何時や?7時半・・・・!なんやこれ講義に間に合うギリギリの時間やないか!もし起きられなかったときのためのぎりぎりのアラームが僕の耳元で鳴っていた。

 なんでや。あや起こしてくれへんかったんか。いつもやったら朝ごはん作る前に起こしてくれるのに。あわてて布団から飛び起きると、すでにあやの姿は部屋にはなく、もちろん朝食も用意されてはいなかった。

 僕は急いで服を着替えて、昨日仕上げたばかりのレポートをかばんに放り込むと、顔も洗わずにボサボサの頭で部屋を飛び出した。

 駅までの道すがら走りながら、僕は本当にあやに腹が立った。なんやねんあいつ。まだ怒ってるんか。僕は昨日謝ったやないか。これ以上どうしろっちゅうねん。こんな嫌がらせして何が楽しいんや。もう知らんあんな女。勝手にしたらええねん。ほんま腹立つ。

 講義に間に合うギリギリの満員電車に乗り込むと、たくさんの人に押しつぶされて息ができないぐらいやった。いつも通り、もう少し早い電車に乗れていたらこんなに不快な思いをすることはなかったのに。全部あやのせいや。

 大学の近くの駅に着くと、僕は大学までダッシュした。正門に入ったときに予鈴が聞こえた。よりによってこんな日に一番遠いR講義棟や。はよ行かな間にあえへん。今日は代返の通用せん三井教授の授業やのに。僕が息を切らして講義室に入った時には壁の時計は9時一分前を指していた。やった。なんとか間に合った。

 後ろのほうの席で佐木が手招きしている。どうやら僕の席を取ってくれていたらしい。妙なところで気が利く奴や。僕は佐木の横へどかっと座ると、ふーっと大きなため息をついた。

「おはよう。おまえがぎりぎりに来るなんてめずらしいな。寝坊か?」

「ああ、レポートやってたら寝るのが遅くなって、おまけに起こしてくれへんかったから・・・・・。」

 ここまで話して僕はしまったと思った。案の定、知りたがりの佐木は聞き逃してはくれへんかった。

「起こしてくれへんかった?なんだおまえ彼女でもできたのか?聞いてないぞ俺は。」

 まずい。うっかり口が滑ってもうた。僕がどう言い訳しようか考えていると、頭が禿げて小太りの三井教授がのそのそと講義室に入ってきた。

「佐木その話はまた今度な。私語が三じいに見つかったら単位くれへんぞ。」

 僕が小声で佐木に言うと、佐木はちぇっと小さく舌打ちしてしぶしぶ教科書とノートを開いた。

 佐木には悪いけど、三井教授のおかげで助かった。またあれこれと詮索されるのはうっとおしい。

 三井教授の講義は、ぶつぶつと小声で喋るので相変わらず何を言っているのか分からなかった。退屈な90分をやり過ごすと、次の講義室への移動中すかさず佐木が話しかけてきた。

「それで、さっきの話の続きだけどさ、誰が起こしてくれなかったんだ?正直に言えよ。俺とおまえの中で隠し事もないだろ。」

 そんなに仲良くなった覚えはないんやけどな。ここはなんかうまい言い訳を考えな。

「あー、それはないつも鳴るはずの時間に携帯電話のアラームが鳴らんかったんや。なんか時間の設定間違えたみたいでな。起こしてくれへんかったっていうんは携帯電話が起こしてくれへんかったってことや。おまえの言うようないいことやないよ。」

「ほんとか?あやしいな。おまえ最近付き合い悪いからな。合コンに誘っても来ないし、講義が終わったらさっさと帰るしなあ。ほんとは彼女が部屋で待ってるんじゃないのか?」

「まあ好きなように想像してくれ。僕には彼女はおれへんから。」

 僕は今朝の出来事を思い出し、少し怒り気味に佐木に言い返した。そうや嘘をついてるわけやない。あやはただの同居人で彼女でもなんでもないんやから。僕が一方的に片思いしてるだけや。

「分かったよ。そんなにむきになるなよ。おまえがそんなに怒るんだったらいないことにしといてやるよ。」

 佐木は決まり悪そうにぶつくさ言うと、自分の講義がある別の棟へと向かっていった。2限目は佐木と選択している授業が違うので、棟が別々や。僕は少しほっとして自分の講義が行われる講義室へ入った。

 佐木にはちょっと悪い事したかな。自分がイライラしてたからって、あいつにあたるようなこと言うてしもうて。でもあいつも悪いんや。人のことを根掘り葉掘り聞くから。

 次の講義はあの沢渡教授の授業やった。講義の終了後にレポート提出やったけど、そのとき教授は小声で「今回のレポートも楽しみにしてるよ。きみの優秀な友人からどんな助言をもらったのかね。」

と僕に言ってきた。「今回はそんなに期待せんといてください。」と、僕も小声で返した。

 期待したってしゃあない。今回あやはノータッチやねんから。僕の下手くそなまとめ方しか見られん。

 この日は講義がみっちり4限まであって、大学を出る頃には5時を過ぎていた。今日は6時からバイトがあるのに急がんと。

 僕のバイト先のホテルは大学から歩いて20分くらいのところにある。けっこう大きくて有名なホテルで、たまに芸能人も来たりするけど、僕はしがない配膳のバイトなのでそういう人たちにサービスをしたことはない。もっぱら僕の仕事は、大きなパーティや宴会などの場に料理を運んだり、グラスや皿を下げたりすることや。今夜も大きい宴会が五つ入っとる。

 自給がいいのであまり文句は言いたくないが、けっこうきついバイトや。去年の夏休みなんか、15時間帰らせてくれん日があったぐらいやから。

それでも、バイト仲間がみんないいやつばかりなのと(みんながみんなじゃないけど)、賄いがついていて食費が助かるのとで、もう一年以上は続けている。今日は最終のパーティーが10時まであるので、バイトが終わるのは12時を過ぎてしまうかもしれない。

 あやは部屋に帰ってきたやろか・・・・。会場のテーブルセッティングをしながらまたそんな事を考えてしまう。あんなにあやにむかついとったはずやのに。ほんまどこ行ったんや。まさかもうあの部屋には帰ってけえへんつもりなんかな・・・・。

 頭の中で不安なことが次々とよぎる。そのとき、誰かにバシンと背中を叩かれた。

「よう、津森。何ボーっとしてるんだ?ナプキンの置き位置が逆になってるぞ。」

 少し垂れ目がちの人の良さそうな笑顔が僕のすぐ後ろにあった。

「あ、いえ。なんでもないです。ちょっと考え事してて。」

 僕はごまかし笑いをすると、急いでナプキンを元の位置に戻した。

 野尻竜馬はそうか、と笑顔で言うと相談事があるならいつでも言えよと、自分の持ち場に戻って行った。僕はふと、野尻さんに相談してみようかと言う気になった。

 野尻さんは僕がこのホテルに来る以前からここでバイトをしていた人で、僕より二つ上の大学4年生だ。成績はかなり優秀で、大学卒業後は某有名大学の大学院に進学が決まっているし、見た目も悪くない。かといって、性格も気取りがなくみんなから慕われている。

 僕も野尻さんのことは好きだった。実は咲子のことも野尻さんにだけは相談していた。咲子と別れた後、元気出せよと呑みに連れて行ってくれたのも野尻さんだったし、僕がミスしたときもかばってくれたりと、何かと世話になっている。

 野尻さんなら佐木のように詮索してくることもないし、きっと的確なアドバイスをくれる。

 そうや。野尻さんに相談してみよう。もちろんあやが幽霊ということは言うわけにいかんけど。あの人、恋愛経験も豊富そうだし、秘密を喋ったりするような人じゃないからきっと大丈夫や。

 そう思うと、あやのことで鬱々としていた僕の心は少し楽になった。

 僕は黙々と仕事を終わらせると、野尻さんのいる宴会場へと向った。会場の用意さえ早くしてしまえば、パーティが始まるまでに空き時間ができる。

 野尻さんは今終わったばかりのパーティ会場の片付けをしているところだった。

「野尻さん、ちょっとええですか?」

「おう、どうした津森。」

「野尻さん、今日ラストまで入ってますよね。もしその後予定がないんやったら一緒に呑みに行きませんか?ちょっと聞いて欲しい話があって・・・。」

 僕が少し遠慮がちに言うと、野尻さんは小さく肩をすくめてみせて、

「聞いてやりたいのはやまやまなんだけど、この後コンビニのバイトが入ってるんだ。悪いけど今度でいいか?」

 と、本当にすまなそうな顔で言った。

「あ、いえ。それやったらええんです。そんなたいしたことちゃうし。バイト頑張ってください。」

 僕はそう言って軽く頭を下げると野尻さんのいるパーティ会場を後にした。

 そういえば野尻さんは、家の事情で学費が出してもらえずに奨学金とバイトで大学に通ってるんだったな・・・・・。

 僕は何だか肩透かしをくらったような気分で自分の持ち場である会場に戻った。この苦しい胸の内を誰かに聞いて貰えると思っていたので、僕の心は暗く沈んだ。ちょっと大げさやけど。

 その後僕はうわのそらで仕事し、2,3ミスをしてその会場の責任者である社員の人にどやされたけど、それもあまり耳には入ってこんかった。そんな調子でバイトを終えるともう12時を回っていた。

 僕がバイトの仲間たちに別れを告げ、裏の通用口から出ようとしたときだった。

ふと、目線の先にあやに似た女の姿が写った。後姿だったので、よくは分からなかったが背中の中ほどまである長い髪、華奢な体つきがあやにとても似ているような気がした。

 まさかな。あやがこんなところにおるわけないよな・・・・。確かに僕のバイト先は言ってあったけどあんな喧嘩をした後やし、謝ったにも関わらずあやは僕のことを許してくれてへんみたいやし・・・・。

 多分気のせいやと、自分に言い聞かせると僕は足早に駅への道を歩いた。

 もしかしたらあやが部屋に帰って来てるかもしれへん。まだ怒ってるやろか。ほんまに女は面倒くさい。自分かて悪いところがあるのにいつも謝るんは男からや。友達の話を聞いてても、喧嘩の原因はだいたい彼女やのに先に謝るんは男のほうが多い気がする。まあ人それぞれなんやろうけど。

 やっぱり、惚れた弱みっちゅうやつかな。僕もう一度あやに謝ってみよう。朝、僕が起きる前から部屋におらんかったから、さすがに帰ってるやろ。

 改札口を大またで通り抜け、僕は今ホームに滑り込んで来たばかりの電車に飛び乗った。もう時間が遅いからか、電車の中は人もまばらで空いている。一息ついて座席に座り込むと、一日の疲れがどっと体を支配した。

 僕は電車の窓に頭をもたせかけると、昨日からの出来事を反芻した。

 あやと喧嘩して、朝起きたらあやはおらんかって学校に遅刻しそうになった。それから大学行って、バイト行って、後なんやったっけ・・・・・。僕の意識は少し睡魔に支配されかけていた。ああそうや。野尻さんにあやとのことを相談しようと思ったら、野尻さんはバイトがあってあかんかって・・・・。

 あれ、そういえば野尻さんはA学院大学やなかったか?確かそうや。あやと同じ大学やんか。もしかしてあやのこと知ってるわけ・・・ないか。あの大学にどれだけ生徒がおるんや。まして学年も違うしな・・・・。そんなことを考えながら、僕の意識はだんだんと遠くなっていった。

7.以心伝心

 ゴン!と音がして僕が後頭部の痛みで目を覚ますと、車内アナウンスで僕の降りる駅の名前がアナウンスされていた。どうやら寝ていて後ろのガラスに頭を思いっきりぶつけたらしい。

 僕は痛む頭をさすりながら、電車を飛び降りた。危ない危ない。寝過ごすところやった。

 駅の改札を抜けると、僕は早足で家路を急いだ。あやが帰ってることを願って。

 アパートの近くまで来て、一番端の自分の部屋の窓を見てみたが灯りは付いていなかった。僕の心はその部屋同様重く暗いものに支配された。あやはまだ帰ってへんのかな・・・・。

 いや、もう寝てるのかもしれへん。きっとそうや。だから部屋の電気が消えてるんや。そう自分に言い聞かせると、僕は階段をわざとゆっくり上った。正直な話、部屋のドアを開けるのが怖かった。

 もしあやがいなかったら・・・。僕はどんだけヘタレなんや。ほんまに自分がいやになる。

 鍵穴に鍵を差し込みガチャリと回してドアを開けた。部屋の中は真っ暗で静まりかえっている。あやのいる気配はなかった。

 僕はがっくりと肩を落とすと、くたびれたスニーカーを脱ぎ部屋の電気を付けた。やっぱりあやの姿はどこにも見当たらなかった。

 どこいったんやあや・・・・。そんなに僕のことが許せへんかったんか・・・・。それとも何かあったんやろか。いや、そんなわけはない。あやは幽霊や。しかも見えてんのは今のところ僕だけやし、事件とか事故とかに巻き込まれてるなんてことはまずないやろ。やっぱり自分の意思で帰ってないんや。

 情けない話、僕は正直泣きたくなってきた。あやのおらん部屋に帰るのがこんなに寂しいなんて考えてもみんかった。あの満月の夜あやが僕の部屋にやって来てから、あやのいる生活は僕の一部のようになってしもうてたんや。

 僕はあやと喧嘩したことを死ぬほど後悔した。なんだか心がからっぽになってしまったような気がする。もしかすると、あやはここには帰って来ないかもしれない。僕はなんとも言えない沈んだ気持ちで、肩に掛けていたバックをどさりと机の上に置いた。

 その時だった。昨日レポートを書いてちらかしっぱなしの机の上に、「拓弥へ」と書かれた書置きを見つけたのは。

 僕は慌ててその紙を手に取ると、もう一度よく見直した。それは僕が昨日散らかしっぱなしにしていたレポート用紙に書かれていた。二つ折りにされて綺麗な字で「拓弥へ」と書かれている。間違いなくあやの字やった。

 僕は恐る恐るその紙を開いてみたが、本当は読むのが怖かった。だってそれは別れの手紙かもしれへんから。けど、これを読まんと何も解決せえへんような気がして僕はしっかりしろと、自分に言い聞かせると手紙を読み始めた。

 拓弥へ

 あなたがこの手紙を読んでるってことは、私はきっとそこにはいないわね。別にこの部屋を出て行ったわけじゃないの。ただ少しの間留守にするね。

 それと、昨日はごめん。せっかく謝ってくれたのに素直になれなくて。私の性格は知ってるよね?私が今ここにいないのはケンカしたことが原因じゃないから。あんまり自分を責めないで。どうしても、やらなきゃいけないことがあるの。今は話せないけど、帰ったら必ず話すから。

いつも迷惑かけてごめんね。最後にひとつだけ。

拓弥のことが好きだよ。多分初めて会ったときから。幽霊の私にこんなこと言われても、拓弥を困らせるだけのはわかってる。でも、きっと顔を見ると言えそうにないから・・・・。

 気持ちを伝えたかったの。必ず帰るから。そしたら拓弥の気持ちを聞かせて。待っててね。では。

                                      あやより

 手紙を読み終えた僕の心臓は、今までにないぐらい早い鼓動を刻んでいた。あやが僕のことを好きやって?そんな奇跡みたいなことがあるんか?やらなきゃいけないことってなんや?僕の知らんところで何が起こってる?

 何だか色々なことが書かれ過ぎていて、僕の頭の中は一瞬パニックになった。取り合えず落ち着かんと。僕は深呼吸をするとベッドの上に座りなおして、もう一度あやの手紙を読み返した。

 必ず帰るからと、手紙には書かれている。けどこの内容やったら、もう会えないような意味に取れなくもない。もう会えないかもしれないから、自分の気持ちを伝えておくと・・・・。

 あやはずるい。突然僕の前に現れて、僕の心の大部分を占める存在になったのに、僕がその気持ちを伝える前に自分の気持ちだけ伝えていなくなるやなんて・・・。反則やこんなん。ほんまにずるい。

 僕は心臓を鷲づかみにされた気分やった。僕かてあやのこと好きやのに、なんで伝えられへんねん。

僕ら両思いやんか。もう幽霊とかそんなん関係ない。そんなことは考えたってしゃあない。今大事なんは二人の気持ちや。

 そんなことに気付いたって、全部後の祭りやった。あやがどこにいるかなんて、僕には検討もつかんかった。今すぐ部屋を飛び出してあやを探しに行きたいのに、どこを探していいか全く分からない。

 いつもあやが出掛けるとき、その行き先を聞いたらあかんような気がして、僕は一切聞かへんかった。僕はアホや。ケンカになってでもいいから聞いとけばよかった。

 なんぼ後悔したって、後悔先に立たずや。僕は自分の馬鹿さ加減を一人責め続けた。その時、ふとあることを思い出した。そうや!あそこに行けば何か分かるかもしれへん。

 僕は自転車の鍵を引き出しから探し出すと、勢いよくドアを開けて部屋を飛び出した。急いで部屋の鍵をかけ、階段を走って下りると携帯電話の画面を見た。深夜1時40分。帰りの電車は無いから、やっぱり自転車やな。

 僕は自転車置き場に置いてある自分の自転車の鍵を開けると、自転車に飛び乗り力強くペダルを漕いだ。秋の夜風が少し火照った頬に気持ちいい。もうすぐ冬やなと、白くなる自分の息を見て思った。

 こんな寒空の下、あやは何してるんやろう。僕はあやの顔を見たくて仕方なかった。

 怒ったときに膨れっ面で僕を睨む顔、笑ったときに大きく口を開ける癖、短気で自分の気持ちに正直なところ、歌がうまくないのに歌うのが好きなこと・・・・。そんなあやの全部が好きや。いつかはきっと別れの時が来るんやろう。けど、今は・・・・。今はあやと一緒にいたい。僕はただあやが好きなんや。生きてても死んでても。何でもいい。そばにいてくれたら。

あや、あや、あや。何度も心の中であやの名前を呼んだ。そうすればあやに聞こえるような気がして。そんなことあるわけないのに。

20分ほど自転車をこぎ続けただろうか。僕の目的地が見えてきた。そう、さっきまで僕がバイトをしていたホテルや。

どこを探そうにも心当たりのない僕は、唯一の手がかりであるこの場所にやってきたんや。つい1

時間ほど前にここで見かけたあやに似た女の子はやっぱりあやだったような気がして。

僕は乱暴に自転車を路地裏へ投げ出すと、あやらしき女の子の姿を見かけた辺りへ行ってみた。

もしかしたらまだその辺にいるかもしれへん。僕は息を切らしながら必死でその辺りを探し回った。

でもあやらしき姿はまったく見つからへん。あかん。遅かったんや。もしかしたらあれはあやかもしれへんかったのに!ほんまに僕はあほや!どうしようもないあほや。なんであのとき追いかけへんかった。声をかけへんかったんや!もう嫌や。こんなん。なんでこんなしんどいねん。なんでこんなに後悔ばっかりやねん!どこいったんやあや。お願いや。帰って来てくれ。僕のとこに・・・・。

僕は泣きたいのを必死にこらえてその場にしゃがみこんだ。

「あれ?津森じゃないか。どうしたこんなところで?何やってんだ。お前帰ったんじゃなかったのか?」

聞き慣れた声に出かかっていた涙を急いで飲み込んで、僕は何事もなかったかのように立ち上がって振り向いた。

 野尻さんの笑顔がそこにあった。


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