プロローグ
荒らし、二次転載は禁止します。
作者は小心者ですので、酷評・あまりにも辛辣な感想等は御遠慮下さい。
プロローグ 月夜
満月の輝く夜だった。僕、津森拓弥はコンビニで弁当を買ってアパートへ帰る途中だった。
もう10月だというのに今夜はものすごく暑い。そういえば台風が来るんだったな。家を出て
くる前に見ていたニュースで言っていたっけ。それなのにどうしてこんなに空が晴れわたって
いるのだろう。嵐の前の静けさというやつだろうか
真夏の夜のようなねっとりとした風をうけながらアパートに帰り着くと、もう12時を回っ
ていた。
何でこんな時間に一人で弁当を食わなあかんねん、と思いながら買ったばかりのCDをコンポ
にセットし、めちゃくちゃ栄養の偏っていそうな唐揚げ弁当のふたを開けた。今夜はバイト先
のホテルでパーティが遅くまであって帰ってきたのが十一時を過ぎていた。だから、もう飯を
食わへんと寝ようかなと思ったけどやっぱり腹が減ってコンビニへ何か買いに行くことにした
のだった。
男一人ちゅうんはほんま虚しいもんやなあ。彼女がほしいなあ。でも女は…。など
と、くだらない事を考えながらペットボトルの茶をすすったときだった。
いきなり部屋の電気が消えたのだ。それも電気だけやない。さっきまで大きな音を立てていたコンポの音も止まってしまい何も聞こえなくなった。最初、僕はなにが起こったのかまったく分からず、状況を把握するまでにだいぶ時間がかかった。
ああそうか停電やな。と思い窓に目をむけると、夜の街にはネオンが眩しく光っている。どうゆうこっちゃこれはと僕はいささか混乱した。
そういえば停電する要因なんて何もない。まだ台風は来ていなかったし、近所で電気工事もしていなかった。 それなら電気系統の故障しかない。けど、ブレーカーが落ちるほど電気を使いまくったわけではないし、コンポも止まっているのだから電球が切れたわけでもない。どうやらこれは完全に故障のようだ。こんな時間だから当然のことながら電気屋もしまっているだろう。「なんやねんほんまに。かなわんわ。」と僕は一人ぶつぶつ言いながら懐中電灯を探した。
しかし不幸中の幸いだったのは今夜が満月だった事だ。部屋の中がすごく明るくてどこに何
があるのかはっきり見えた。それにしても月明かりがこんなにもやさしいものだとは思わんかった。なんだかその光は昼間の太陽の直接的な光と違い、体の内部から照らされているような不思議な感じがした。
僕はなぜだか急に満月が見てみたくなった。本当にどうしてだか分からないけど。
満月を見るために僕がベランダのある窓の方へ体をむけたときだ。僕が見えないはずのものを見たんは。
女が一人立っている。やわらかな月の光を浴びて音もなく窓辺に女が佇んでいた。肌の色が透けるように白く、まるで月明かりに溶け込んでしまいそうや。20歳前後だろうか、薄暗くてよくはわからないがロングヘアで、切れ長の涼しげな目、女にしては背が高くて細めのわりときれいな女だ。そうまるで、何かの話に出てくる幽霊のようだった。
しかし僕はそういう非現実的なものは信じない主義だったし、大方目の錯覚だろうと思っていたのだ。そう確かに最初はそう思っていた。しかしそれはどうも錯覚ではないようだった。女が僕ににっこりと笑いかけたのだ。普通の人間ならここで大声を上げるか、はたまた声が出ずその場にへたり込んでしまうところだろうが、僕は、そのどちらにも当てはまらんかった。恐怖なんて物はこれっぽっちも感じなかった。それどころかその女を見つめていると不思議と幸せな気持ちになってきた。
女がいつまでたっても何も言わないので、僕は自分から話しかけてみる事にした。
「あんた誰や?一体何者なんや。何で僕の部屋におるんや。」
すると女は、ふっとため息を吐いた。
「男の人っていつもそう。どうして初めてあった女には質問しかできないのかしら。本当につまらないわ。他に言う事ってないの?ねぇ?」
僕はいささか不愉快になってきた。一体何やねんこの女は?人の部屋に勝手に入り込んで、その事を責めずに親切に聞いてやった人間に言う言葉かそれは。
「ああそうや。他に言う事なんか何もあれへん。僕はそこら辺になんぼでも居るつまらん男やからな。それがわかっとんやったらさっさと出ていってくれ。」
僕は少し怒った調子で言った。
「ごめんなさい。怒った?別にあなたがつまらないって意味で言ったんじゃないのよ。」
なんかむかついてきた。この女完全に人のことばかにしとる。
「充分そういう意味で言うてるやないか。そんならこっちも言わしてもらうけど、女かてそやないんか?いや女だけやない。人間みんなそやないんか?なんで質問したらあかんのや。何でそれがつまらんのや。人間質問し合ってそんでお互いのこと知って仲ようなっていくもんと違うんか?」
言ってから僕は後悔した。何でこんなこと言うてしもたんやろ。いつもならこんなこと言わないで軽く流すのに。女は面食らった顔をしてこっちを見ていた。それから静かに口を開いた。
「ごめんなさい。そうね、あなたの言う通りだわ。でもあなたがつまらないなんて言ってないわ。これは本当よ。信じて。私誰にでもすぐにこういう口きくの。きっと性格がひねくれてるのよね。自分でも分かってるけど、どうしようもなくて。それで、この部屋に居たのはこの部屋のカーテンが開いてて、誰も居ないのが見えたから。そこにあなたが帰って来たの。ほんとにごめんね。勝手に入ったりして。」
「いや。ええよ別にそんなあやまらんでも。僕もちょっと言いすぎた。ここまで怒る事なかったよな。ごめんな。」
それから僕らは顔を見合わせて笑った。そして自己紹介をしていない事に気がついた。
「僕、津森拓弥言うねん。出身地は大阪や。今、大学の2年生。今年で二十歳やねん。」
「私はあや。西野あや。ひらがなであやよ。私も今年で二十歳になるはずだったわ。」
「だった?」
ぼくは怪訝な顔をして聞き返した。
あやは少し真剣な顔をして僕にこういった。
「ねえ何を聞いても驚かない?そしてこれからもずっと私と友達でいてくれる?そう約束して。」
あやはそう言いながら僕の前に細くて奇麗な小指を突き出した。僕はためらいがちにあやの小指に自分の小指を絡めた。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます指切った。」
あやはそう言って僕の指を振り回して、そして離した。たったそれだけのことなのに何だか僕はどきどきした。あやはほんとに奇麗だったから。
「ああ。約束するで。絶対あんたのこと嫌いになったりせえへん。」
「それじゃあ言うわ。実は私、幽霊なの。人間じゃないのよ。」
一瞬僕は自分の耳を疑った。馬鹿にされているんじゃないだろうかと考えた。けど、あやの目の色は本当に真剣で、嘘の色なんてどこにも見えなかった。
「どうして黙ってるの?やっぱり嘘だと思ってるのね。あなたも他の人と同じだわ。私は嘘なんてついていないのに、どうして誰も私のことを信じてはくれないの?いつだってそうよ。いつだって。いつだってっ!大嫌いよみんな。」
あやはそう吐き捨てるようにいった。でもその言葉は僕に向けられたものでないような気がした。今まで彼女が関わってきたすべての人間に向けられているような気がした。きっと彼女は生きていたときあまり幸せじゃなかったんだろうな。
「何でそんな悲しいこと言うんや。僕がそんなこと思てるように見えたんか?それは心外やな。僕は信じるで。あやがそうやって言うんやったら信じる。あやを信じる。さっきの指きりに誓って嘘はついてない。ほんまやで。」
「……ほんと?」
あやは少し泣いていた。その涙が月明かりできらきら光った。それはとても奇麗で、僕はますますどきどきしてきた。どうしてだろう。あやと初めて会ってまだ10分くらいしかたっていないのに、僕はあやにときめきっぱなしだ。もしかしてこれが一目ぼれと言うやつだろうか。いや、違うそんなんじゃない。きっとあやが美人だからだ。それだけのことや。僕は美人に弱いんや。それに、ある出来事以来、女というものを信用しないことにしている。
「あやはなんで幽霊になってしもたんや?事故かなんかで死んだんか?」
「……連続通り魔殺人事件て覚えてる?」
「ああ、そういや1ヶ月くらい前にテレビでそんなこと言うとったな。若い女性ばかりを狙って殺してたって・・…ってまさか・・…。」
「そう、私もその犠牲者のうちの一人よ。」
僕は言葉を失った。何を言ったらいいか分からなかった。そしてやはりあやに騙されているんじゃないだろうかという思いが再び湧いてきた。大方家出でもして男を騙し歩いているんじゃないだろうか。だいたいよく考えてみれば幽霊なんてこの世にいるわけがないんやから。
「やっぱり嘘だって思ってる。」
沈黙に耐えきれなくなったのか、あやが小さな声で呟いた。
「いや、そんな嘘やなんて思ってないけど、いきなりそんなこと言われてもなあ。どう言ったらええかわからんし・…。証拠って言うか、やっぱりそいうんがないとな・…。」
「いいわよ。じゃあ見せてあげる。」
そういうとあやはいきなり僕のほうに歩み寄ってきた。僕は、これはもしかしてキスでもされるんか!?とアホなことを考えてしまった。でも、次の瞬間そんな考えは吹飛んで、変わりに頭の中が真っ白になった。
あやが僕の体を通り抜けたのだ。あやには実態というものがなかった。そう、まるでホログラムを手でつかんだ感じだ。映画とかでは見たことがあったけど、実際にそれを体験して僕の思考回路はしばらくまともに働かなかった。
「どう?これでほんとに信じてくれた?」
まだ混乱している僕にあやは、皮肉とも嫌みともつかないような冷ややかな表情で微笑した。
「あ、うん。そ、そのどういっていいか……。そのつまりやなあ…。えーと。あやは幽霊や。」
僕は、このときほど自分を情けないと思ったことはない。腰を抜かしてその場に座り込む方がまだましだったかもしれない。それとも大声を上げてこの場から逃げ出すか。
とにかくこの時の僕は、本当に混乱していてこんなアホな答え方しかできなかった。あやは僕のことをさぞかし情けない男だろうと思ったに違いない。
しかし、まったく予想だにしなかった反応があやから返ってきた。
「あははは。拓弥君っておもしろい。何当たり前のこと言ってんのってかんじ。普通の人ならここで叫ぶか、気絶するか、私に消えろって言うわよ。」
あやは腹を抱えて笑っていた。さっきまで泣いて怒ってたくせに、女ちゅうもんはほんまに気まぐれやなあ。
僕が少し呆れ顔であやをながめていると、まだ涙目のあやはちょっとむせながら「ごめん」とあやまった。
「ちょっと笑いすぎだね。私。でもすごくうれしかった。消えろなんて言われたらどうしようかと思った。これで、私出ていかずにすむみたいね。」
「え?ちょっと待ってや。出ていかずにすむって・…。」
「私、今日からこの部屋でお世話になることに決めました。よろしくお願いいたします。津森拓弥君。」
あやは、まるで新妻のようにぺこりとかわいらしくお辞儀をした。
「って…。ちょお待ってや。マジで言うてんのか?この部屋男の一人暮らしやぞ。何考えとんねん。」
これにはさすがの僕も参った。そりゃあ、僕やって男やからな。女の子と二人きりで暮らすとなるといろいろと妄想も膨らむわけや。でも、あやはそんな事おかいまなしだった。
「それって、拓弥が私に何かするってこと?そんなの無理よ。だって私は幽霊なんだから。だって、他に行くところもないし私の姿が見える人間と居た方が何かと便利でしょ?」
「そりゃそうやけど・・…。でも、さっき僕ら指切りしたで。あんとき確かに人間の指に触れているような感触があったで。あれはなんなんや?」
そうだ。さっきはまるで実態がなく空気みたいにあやは僕の体をすり抜けていったけど、その前にした指切りは確かに指に触れている感触があった。
「ああ、それはね私が自分でコントロールしたから。これって幽霊になってみて発見したことなんだけど、普段はさっきみたいに人とか物とかすり抜けちゃうのね。でも、自分がその人に触れたい、その物に触りたいと思ったときは触れることができるの。これってすごくない?」
あやは無邪気に笑いながら言った。しかも僕のこと呼び捨てや。僕も知らない間にあやを呼び捨てにしてたけど、こんな事で幸せを感じてる僕は、よっぽど女に縁がないんやなあと虚しくなってきた。
だから困るんや。こんな欲求不満の僕のところに居座られたら。いくら相手が幽霊とはいえ、同い年のしかも美人。そのうえ、こっちからはまったく手を出せないときたら(最も人間だったとしても、僕にはあやに手を出す勇気なんてないけど。)僕はどうやって、肉体的な不満を解消したらええんや?
でもここまで身の上話を聞いてしまった以上、追い出すわけにもいかなくなってきた。
僕がそんなことで悩んでいると、何も言えない僕に代わってあやが口を開いた。
「そんなに悩まなくても大丈夫よ。私だって、二十歳の普通の女の子なんだからずっと部屋でいるってことはないって。たまには出て行くから一人の時間もできるよ。それにもし、拓弥が彼女でも連れてくるっていうんなら、その時は消えておくから。」
「そうか。そうやな。あやの言う通りやな。それやったら大丈夫か。」
なんだかこっちの考えてることをすべてあやに見透かされているようで僕はめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
「じゃあ、ここにいていい?おいてくれるの?」
「ああ。ええよ。しゃあないな。」
なかば、あきらめ気味に僕が言うとあやはやったあと叫ぶと僕に抱き着いてきた。もちろん実態ありで。今まで、女性に抱き着かれた経験のなかった僕はこの時ほど驚いたことはなかった。あやっていう人はなんて素直に感情を表現する人なんだろう。と、同時にこんなことでこれから先あやとうまくやってけるんだろうかと、不安になってきた。その時の僕には、これからどんなことが起こるかなんて知る由もなかったから。
窓の外ではさっきまでの満月が姿を隠して、雨が降り始めていた。ああ、そういえば台風が来るんだったな……。まだぼーっとしている頭の片隅で僕はそんなことを考えていた。
その夜、僕の部屋の電気は一晩中つくことはなかった。
日々忙しいので、なかなか更新することができないかもしれませんが、お暇なときにでも読んで下されば嬉しいです。よろしくお願いします。