第5話 レオンの危機の舞台裏
8月10日 編集致しました
長めです。
3歳時の身体を、これまでに無いほど駆使して、メリルの腕に飛び込む。
「レオン様……!! お助け出来ず申し訳御座いません。本当に、本当に、ご無事で何よりです。……レオン様に危害を加えようとするなど、万死に値する!」
そんな声と共に、温かく俺を受け止めてくれる、メリル。
でも、後半がよく聞き取れなかった……
「メリル、なにかいった?」
重要な事だったら、どうしよう?
ただでさえ、迷子になって、挙句の果てに人質にされたというのに……
「いえ、レオン様何も。直ぐにレオン様のお部屋にお連れ致しますので、少しお休み下さい」
どうやら、何も言っていなかったみたいだ。空耳かぁ。俺も、もう3歳。老化が始まって……こないな。
それで、この……俺の魔法のせいで暗闇を彷徨っているおっさんは、どうなるんだろう?
なんか、可哀想……
「メリルー! 掃除は終わった? ……って、レオン様!? た、大変失礼致しました!」
えーっと、物凄い勢いで走って来た人……あっ! 図書室に入って来た執事見習いさんだ!
その、執事見習いさんが、俺の元に、いや正しくは、メリルの元に走ってくると同時に謝罪をしてきた。
見事なスライディング土下座だったよ……花丸をあげたいくらいのね……
「ジーク、掃除は終わったわ。私はレオン様をお部屋にお連れするから、コイツの後片付けをお願い」
さっきから、掃除とか、後片付けとか……大掃除でもやっていたのか? それにしては、短剣が出る程の物騒な掃除だけど……これが、この世界の常識なのか?
「了解!」
まあ良いや。
あ、ちなみに、執事見習いさんの名前はジークさんでしたー!
で、なんか、段々眠くなって来た……
魔力切れかな?
そんなに魔法を使った記憶はないんだけどな……
「メリル……ねむくなってきたから、ちょっとねる……」
「はい、レオン様。良い夢を……」
◇◇ ~no side~
「奥様、かなり手練の侵入者を確認致しました」
礼儀正しく、ノックをしてからアリアーヌの私室に入る、セバス。
そんなセバスの一声に、他の貴族家から届いていたお茶会の招待状の選別を行っていたアリアーヌの手が止まる。
「それは本当の事なの、セバス?」
「はい、奥様。屋敷の裏側で確認されたという事です。第一発見者のジークは、予想外の手練だった為、取り逃がしたという事です」
「(ジークが取り逃がす程の手練……? わたくしの手に終えるかしら?) そう……今朝感じた悪寒は、そういう事だったのね……。レオンを……わたくしの部屋に連れて来て頂戴。あと、『暗闇』を総動員して、侵入者を生け捕りにして頂戴」
「了解致しました」
執事の模範とまで言われる程の滑らかな一礼をして、セバスは退室していった。
その後ろ姿を見ていたアリアーヌは、セバスが完全に退室するのを見計らって、優雅な動きで立ち上がり、今は国境付近で魔物の討伐に当たっている最愛の人のことを想うのであった。
……あなたが居てくれれば…侵入者をエルメント邸に入れさせることなんて無かっただろうに…。ただでさえ人手が少ないのに、屋敷の護りの大半を魔物の討伐に送ってしまった…わたくしの責任です……
◇◇
エルメント辺境伯家に侵入した者は、誰一人として生きて帰っていない。
屋敷が迷路の様な造りなので迷うという理由もあるが、戦闘能力を持つ執事・メイドで構成される『暗闇』の戦闘能力が一般市民の頭5個分程高いのが主な要因だ。大抵の侵入者は、『暗闇』のメンバーによって、音も無く闇に呑み込まれ、二度と光のもとに出てこれなくなってしまう。
『暗闇』の存在は、代々エルメント辺境伯、エルメント辺境伯夫人、エルメント辺境伯家執事長またはエルメント辺境伯家家令(場合によっては両方)、エルメント辺境伯家メイド長にのみ伝えられ、他の貴族家に存在が知られたことは、エルメント辺境伯家の歴史上、一切ない。
そんな『暗闇』だが、何も良い点ばかりではない。
一、構成員が非常に少ない(十数名)
ニ、各員によって戦闘時の得意分野が異なるため、統率を取りづらい
三、本職(執事・メイド)の仕事が忙しいため、鍛練の時間が少ない
四、他領の調査を担うこともあるため、エルメント邸にいるメンバーが非常に少ない
などなど、悪い点も沢山の挙げられる。
◇◇
風の中級魔法。
【伝達】
これは、対象者へ自分の声を届ける魔法だ。
アリアーヌの私室から退室したセバスは、エルメント邸の長い、長い廊下を早足で歩きながら、【伝達】の詠唱を行っていた。
『神が吹く息よ、我の言葉を【暗闇】に伝えよ《伝達》』
魔法が発動したことを確認してから、
「あ、あ、緊急連絡、緊急連絡。 屋敷の敷地内に侵入者を1名確認。速やかに生け捕りにせよ。また、レオン様は奥様の部屋に移動させるので、レオン様の事は気にするな!」
セバスは全員に指示を出した。
『了解』
各員がセバスに聞こえていないことを知りつつも、それぞれの口元でセバスに対して理解の意を言う。
久しぶりの侵入者とはいえ、戦闘能力が高い【暗闇】によって、この件は速やかに対処されるははずだった。
そう、はずだったのだ。
しかし、予想外の事が重なる事によって、事態は誰一人として予期せぬ方向へ流れていく事になる。
第一に、侵入者は1人ではなかった。
実は、同時に5人の侵入者がエルメント邸に侵入したのだ……一人の囮を屋敷の裏に残して。
勿論、ジークは侵入者が複数人いる事も視野に入れていたが、最終的には侵入者は一人であると判断したのだ。
彼らは、【魔力感知装置】の欠点を失念していたのだ。
エルメント邸を囲むように【魔力感知装置】は機能している。
この【魔力感知装置】とは、クロシアム王国に関わらず、他国にも存在する『古代遺跡』から見つかる魔道具だ。
まだ、詳しいことはわかっていない、古代遺跡。
わかっているのは、太古の昔に創られていること。創ったのは、太古の昔を生きていた人類であること。当時の人々は、今とは比べ物にならない程の高度な技術を持っていたこと。
そんな、とても不思議な存在である古代遺跡からよく発掘される遺物の中で、最も多いのは、『魔素を補充するだけで作動し続ける道具、通称【魔道具】』だ。
現時点では使用上限回数があるなどの、魔道具の劣化版のようなものを使うのが主流だが、太古の昔の人々は、魔素さえ補充すれば半永久的に使用することが可能な魔道具を開発し、生活水準を大幅に上げることに成功したと、記録には残っていた。
魔道具は、基本的には物凄く高額で、一般庶民の生涯年収を何十倍と上回るが、魔道具の内のいくつかの種類の物は、発掘量が多く、安価で取引されることも多い。(それでも、一般庶民には手が出せないが)
その安価な魔道具一種である【魔力感知装置】は、登録された魔力を持つ人以外が魔力感知装置が作動する区域に入ると、物凄い音のブザーが鳴り、侵入者が入った事を知らせる魔道具だ。
人によって魔力は微妙に異なるので、微妙に異なる魔力を感知し、侵入者の位置・数を教えてくれる非常に優秀な魔道具で、警備費が日々恐ろしいほどかかる王侯貴族には重宝されている。
しかし、魔力感知装置には重大な欠点が存在する。
あまりにも魔力の保有量が少ないと、感知されないのだ。
否、感知出来ない訳では無いのだが、魔道具を造った古代人が、
「新しく魔道具を造ったのよ」
「凄いじゃん」
「それがさ、泥棒を感知出来るのは良いんだけどさ、ネズミとか、虫とかが入って来ても音が鳴るのはちょっと……」
「じゃあ、あまりにも魔力の保有量が少ない生物……ネズミとか、虫とかは感知されても音が鳴らないように、音が鳴る、限界魔力保有量を決めたら?」
「おっ! それ良いね! 採用〜」
という会話をしたと、石碑に残っていた。
つまり、魔力の保有量が少なすぎると、感知されても、ブザーが鳴らないのだ。
「別にネズミと同じ位の魔力量の人がこの世にいる訳が無いのだから、問題はないのでは?」
と思う人がいるかも知れないが、それは大きな間違いだ。
あまり知られてはいないことではあるが、稀にいるのだ。
……魔力の保有量が圧倒的に少なくして産まれてくる人が……
人間の0.000001%
100万人に1人の確率でこの世に産まれ落ちるのだ。
『神々に愛されなかった人』『魂が汚い人』など、沢山の呼び名で呼ばれるその、【魔力不適合者】達は、差別され、時には心無い言葉をかけられたりした末、
……大体の人が心を病むことになる
ある者は自ら死を選び、ある者は犯罪に堕ち、そしてある者は……人を殺すところまで堕ちた。
そして、その『堕ちた』者達を雇い、エルメント辺境伯家の機密情報を暴くためか、エルメント家の有りもしない後ろめたい事を発見する為か……あるいはエルメント家の血縁者を暗殺する為か。いずれにせよ、何らかの目的でエルメント家に危害を加えようとする人がいたのだ。
その人は、侵入者が何らかの目的を達成させる前に殺されないように侵入者を1人だけ感知させて、残りはエルメント邸に侵入させていたのだ。
……エルメント邸内を巡回している【暗闇(使用人)】の目を撒いて目的を達成させることは不可能だと判断したのか、【暗闇(使用人)】を一箇所に集めるために一人の囮(捨て駒)を用意して。
そして、その作戦は見事に成功する。エルメント邸内で一番の強さを誇る、アルフレッドは不在。エルメント邸を警備している騎士達も、不在。そして、エルメント邸の皆の平和ボケ(気の緩み)。レオンが熱病から奇跡的に回復したのを期に、エルメント邸の皆は、表情には出さないものの、内心はお祭り騒ぎの様に興奮していた。そして、使用人がエルメント邸で働くときの心構えや、注意等を記した『マニュアル』これが、また一つの混乱を導いた。
『マニュアル』
見習い執事・見習いメイドの皆さん、エルメント邸にようこそ! 早速ですが、皆さんには、このマニュアルの内容を全部覚えて貰います。
(中略)
ニ章 侵入者について
一、魔道具のブザーが鳴った場合、魔道具にて人数を直ぐに確認する。
ニ、当主様(女当主様)、奥様(旦那様)、跡継ぎ、跡継ぎ以外の子どもの順にお守りする。
三、侵入者を発見次第、速やかに処分又は生け捕りにする。
(後略)
ジークは侵入者と戦闘したあと、速やかに魔力感知装置で、限界魔力量保有者の人数を確認した。
勿論、魔道具には『1』と表示されている。囮の、『1』と。
これを見て、エルメント家に仕えて日が浅いジークは安心してセバスに報告をした。
「侵入者を屋敷の裏で確認致しました。魔道具を確認しますと、侵入者の人数は、1人と表示されておりました」
と。
その後、他の【暗闇】が囮ではない他の侵入者を発見し、なんとか全員捕まえることができた。
そして第二に、レオンが迷子になったのだ。
レオンがいた図書室を出て、右に行くと、角を曲がることもなくアリアーヌの部屋に行くことができるのだが、方向音痴なレオンはたどり着くことができなかった。
そして、セバス達も、まさかレオンが迷うとは思ってもいなかった。この前までは、レオンは一人でアリアーヌの部屋へ行けたのだ……そう、熱病にかかるまでは。
レオンが熱病にかかったことによりレオンは前世からの『方向音痴』という特性が熱病から回復後にレオンに装着され、セバス達が把握しない内に、レオンは極度の方向音痴になってしまったのだ。
メリルもさぞかし驚いたことだろう。
奥様の部屋にいると思っていたレオンが、自分の目の前におり、理由が『迷った』という状況に、内心では、色々な感情が渦巻いていたに違いない。
◇◇
今回の出来事は、簡潔にまとめると、
侵入者を発見したジークがセバスにその事を伝えに行き、セバスが現時点でエルメント邸内にいる人で最も身分が高いアリアーヌへ報告。その間に何人も侵入者がいることが発覚し、そのことをジークがセバスに伝えようとアリアーヌの部屋へ行ったものの、既にセバスはレオンの元へ行っており、慌てて図書室へ走り、図書室でレオンをアリアーヌの部屋へと案内しようとしていたセバスと遭遇。
直ぐに邸宅全域に警戒網が拡大され、侵入者の最後の一人をメリルが拘束しようとした時に迷子のレオンと遭遇。
レオンを人質に取られたメリルは、侵入者を攻撃することが出来ず、レオンの危機となるが、レオンの策によって、見事に状況をひっくり返し、侵入者を拘束した。
と、なる。
これを期に、エルメント辺境伯家の警備はさらに強化されることとなった。
レオンは、そのことを知る由もないが。
まあ、こうして、レオンのピンチは過ぎ去ったのだった。
ついでに、レオンを人質に取った最後の侵入者はその後メリル達によって色々と可哀想なことになったのを、追記しておく。




