六月の話 ~からかさおばけの歌~ その3
「ポン子ちゃん、サトルさん、こんなこと二人に頼むのは、とってもひどいことだと思うんですが、千佳ちゃんにぼくを」
からかさおばけがいうより早く、ポン子は千佳に、からかさおばけを差し出しました。
「……えっ?」
「はい、これ使って」
ポン子からからかさおばけを差し出されても、千佳はなんのことかわからず、ただぼうぜんとしていました。ポン子は千佳の手にからかさおばけをわたして、さらに続けました。
「このかさ、千佳ちゃんにあげるわ」
千佳は顔をあげ、目を大きく開いてポン子を見ました。千佳の手にわたったからかさおばけが、息をのむ音が聞こえました。
「え、でも、お姉ちゃんたちは? このかさ、お姉ちゃんの大事なかさじゃないの?」
千佳がポン子を上目づかいで見ます。ポン子はちらりとからかさおばけに目を向けました。もちろんからかさおばけはなにもいいません。ですが、ポン子にはからかさおばけが考えていることが、痛いほどにわかりました。
「大事なかさだよ。とっても大事なお友達。でも、千佳ちゃんに使ってほしいの」
「……どうして?」
ピッピーッというクラクションの音が聞こえてきました。目の前の道路を、車が猛スピードで通っていきます。水しぶきがあがり、危うくポン子たちはぬれそうになりました。通行人のお兄さんが、「スピード落とせよ、バカ」とはきすてるようにいいました。
「こんなに雨も強くて、車もいっぱい通るんだもん。千佳ちゃんがぬれちゃうでしょ」
「でも、お姉ちゃんたちも」
ポン子は二ッと歯を見せて、それから千佳の頭をなでました。
「お姉ちゃんね、大事なかさだから、このかさがしゃべる言葉がわかるの」
「おい、ポン子ちゃん」
サトルが目を丸くします。ポン子は大丈夫だよといわんばかりに、サトルの目を見てウインクしました。心を読むまでもなく、サトルはポン子ちゃんのいいたいことがわかり、静かに口をつぐみました。
「それでね、このかさがお姉ちゃんにいったの。あの女の子、かさがなくなって泣いてるから、だからあの女の子にぼくをわたしてくれって」
「ほんとに? かさが、かさがおしゃべりするの?」
「ほんとよ。かさをうーんと大事にしたら、かさは持ち主とおしゃべりできるの。別に百年待たなくても、ちゃんとしゃべれるようになるんだよ」
最後の言葉は、ポン子なりのいたずら心だったのでしょうか。いったあとにポン子はちらっと舌を出しました。
「じゃあ、千佳も、おしゃべりできるようになるかな? かさと、おしゃべりできるようになるかな?」
「もちろんよ。だって千佳ちゃんは、かさを大事にするいい子だもん。あたしのかさだって、千佳ちゃんのこと大好きっていってるわよ」
千佳の目が大きく開きました。それでも心配そうにポン子とサトルを見て、千佳はたずねました。
「でも、お姉ちゃんたちはぬれちゃわない?」
「あたしたちは大丈夫。ビニールがさ、買っていくから」
千佳は言葉を忘れてしまったかのように、ポン子とからかさおばけを交互に見ています。ポン子はいたずらっぽく笑って、千佳の耳元でささやきました。
「それにね、あたしのかさって、おしゃべりするだけじゃなくって、実は歌うのが上手なんだよ。『おばけなんてないさ』も九十五点だったし」
「……ほんとに、いいの? お姉ちゃんの、大事なかさなのに、お友達なのに?」
ポン子はもう一度千佳の頭をなでました。そして背中を押すように、やさしくポンポンッとたたきました。
「いいのよ。だってかさが、千佳ちゃんにぬれて帰ってほしくないっていうんだもん。……でも、ちゃんと大事にしてあげてね。約束よ」
ようやく千佳の顔に、笑顔が戻りました。千佳はうなずき、からかさおばけを勢いよく開きました。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」
からかさおばけをさしたまま、千佳は二人に何度も手をふりました。ポン子とサトルも、千佳のすがたが見えなくなるまで、ずっと手をふり続けていました。
「ポン子ちゃん、けっこういきなことするじゃねぇか。からかさおばけも喜んでたぜぃ」
サトルの言葉に、ポン子はめずらしくてれたように笑って答えました。
「そうね、喜んでくれてたらうれしいわ。それじゃ、あたしたちもかさ買わなくっちゃね」
「でも、お金まだあるんでぇ?」
「もちろ……」
ポン子が口をパクパクさせて、サトルを見ています。
「まさか」
「カラオケでから揚げとフライドポテト頼んで、すっからかんになってたの忘れてた……」
今度はサトルが口をパクパクさせました。
「どうすんでぃ、かさがなけりゃ、おいらたちずぶぬれになって、変化がとけちまうじゃねぇか! 人間たちにばれちまうよ」
「こうなったらお山までダッシュよ! それっきゃないわ」
「だいたいポン子ちゃんが、から揚げバクバク食ってたのがいけねぇんでぃ」
「あんただってあたしのポテト食べたじゃん」
「なにを!」
「なによ!」
二人はしばらくにらみ合っていましたが、やがて、ため息とともに空を見あげました。
「ま、千佳ちゃんがぬれないですんだんだから、良しとしましょう」
「そうするとすっか」
帰り道、千佳とからかさおばけは大声で、『おばけなんかないさ』を歌っていました。雨の音が二人の声にまざって、楽しげな音色をかなでるのでした。