六月の話 ~からかさおばけの歌~ その2
サトルに連れられて、ポン子たちがたどりついたのは、二階建ての小さなアパートでした。サトルが二階の一室を指さしました。
「あそこだ、間違いねぇ。あの部屋の中から、千尋ちゃんの心が感じられるぜ」
「ああ、ありがとうございます」
からかさおばけが泣きそうな声でお礼をいいます。
「しっ、静かに! 部屋からだれか出てくるみてぇだぜ」
サトルにいわれて、ポン子たちはあわててアパートの影にかくれました。ドアががちゃりと開いて、中から出てきたのは、おさげ髪の女の子と、その母親らしい女性でした。
「ママ、いってきまーす!」
「気をつけてね、かさ忘れちゃだめよ」
母親に手をふって、おさげ髪の女の子が階段をかけおります。黄色い雨靴をはいて、手には小さな赤いかさを持っています。からかさおばけとよく似たかさでした。
「あのおさげ髪の子が、千尋ちゃん?」
ポン子にいわれて、サトルはきょとんとした顔でふりかえります。
「なにいってるんでぇ? ポン子ちゃん、千尋ちゃんはあの子じゃねぇぜ」
「えっ、どういうこと?」
サトルはおさげ髪の女の子ではなく、その母親を指さしていいました。
「千尋ちゃんはあの人でぇ。あの人から、千尋ちゃんの心が感じられるぜ」
ポン子がからかさおばけを見あげました。
「やっぱり、長い時間が経っていたんですね。千尋ちゃんは大人になってたんだ」
「からかさおばけ、あんた……」
心配そうなポン子に、からかさおばけは、わざと明るい声で答えました。
「今日はありがとうございます。ポン子ちゃん、カラオケに行きたかったんでしょう。さ、行きましょう。こう見えてぼくも、けっこう歌は上手なんですよ」
おどけるようないいかたに、ポン子とサトルは顔を見合わせましたが、だまってアパートを離れました。
「あんた、ほんとに上手ねぇ。あんな上手に、『おばけなんてないさ』を歌えるなんて。九十五点なんて点数、初めて見たわ」
カラオケからの帰り道で、ポン子が興奮気味にいいました。
「それに比べてポン子ちゃん、まさかおんちだったなんて、おいら笑っちまったぜ」
ポン子は無言で、サトルを思いきりつねりました。サトルがぎゃあっと悲鳴をあげます。
「悪かったって、だからつねらねぇでくれぇ」
「今度あたしの歌をバカにしたら、こんなもんじゃすまないからね」
ポン子がまんまるの目を三角にして、サトルをにらみつけます。サトルはぶるるっとみぶるいしました。
「だいたいあんただって、そんなうまくなかったじゃ……あれ、ねえ、あの子」
ポン子が指さした先を見て、サトルも首をかしげました。
「あれ、さっきの子じゃねぇか。千尋さんの娘の。こんなところでどうしたんでぃ?」
コンビニの入り口に、さっき見かけたおさげ髪の女の子が立っていました。顔を手でおおって、肩をふるわせているように見えます。
「なにかあったのかしら? とにかく行ってみましょう」
ポン子の言葉に、サトルもうなずき、女の子のそばへ行きました。
「どうしたの? なにかあったの?」
ポン子ができるだけ優しく話しかけます。女の子はびくっと肩をふるわせましたが、顔をおおっていた手をゆっくりのけました。涙のあとがくっきりと残っています。
「お姉ちゃんたち、だれ?」
「あたしはポン子。こっちはサトル。ねえ、どうして泣いていたの?」
女の子は目をぱちくりさせて、ひっく、ひっくとしゃくりあげました。
「あのね、千佳のね、かさがなくなっちゃったの。コンビニでおトイレ借りて、出てきたときにはもう、なくなっちゃってたの」
千佳はそれだけいうと、ついにわんわん泣き出してしまいました。コンビニの前に置いてあるかさたてには、ぼろぼろになったビニールがさしかありませんでした。
「かさって、あの、真っ赤なかさ?」
ポン子はからかさおばけのかさを閉じて、千佳の肩にそっと手を置きました。千佳は涙をいっぱいにためた目で、ポン子を見つめました。
「そうだよ、ひっく。どうしてお姉ちゃん、千佳のかさのこと知ってるの」
ポン子はあわてて手をふりました。
「それは、ほら、さっきあなたのこと見かけたから、かわいらしいかさ持ってるなって思って。あたしのかさもよく似てるでしょ」
ポン子がからかさおばけのかさを見せると、千佳がぴたりと泣き止みました。からかさおばけをじっと見つめています。
「かわいい。千佳のかさによく似てる。千佳のかさも、赤くて、持ちやすくって、一緒にお歌を歌ってくれるんだよ」
「お歌? かさが歌うの?」
千佳は目をこしこしとこすって、にぱっと笑いました。
「そうだよ。雨がいっぱい降ってるとね、ポムポムって、歌うんだよ。千佳も楽しくって、歌うの。ポムポムって」
ポムポムと、口をすぼめて歌いだす千佳を見て、ポン子は思わず笑いました。となりを見ると、サトルも顔がほころんでいます。
「千佳ちゃんはお歌が好きなんだね」
「うん、大好き! 千佳のかさも歌が大好きなんだよ。いつも一緒に……」
千佳の顔が、みるみるうちにゆがんで、くしゃくしゃになっていきました。ポン子はあわてて千佳の頭をなでましたが、千佳はまた、大声で泣き出してしまったのです。
「千佳のかさ、ママが、ママが買ってくれたのに、大事にしてねって、買ってくれたのに」
――もしかしてこの子も、かさをだれかに盗まれたんじゃ――
「おいらも、同じこと考えてたんでぇ」
サトルがひそひそ声ででポン子に耳打ちしました。そのときからかさおばけが、声をひそめて話しかけてきたのです。