六月の話 ~からかさおばけの歌~ その1
「あーあ、雨、雨、雨ばっかり。梅雨って大きらい。雨ばっかりで、お出かけできないんだもん」
巣穴の中で、ポン子は大きなため息をつきました。木がかさのかわりになってくれているので、巣穴にまで雨は流れこまないのですが、じめじめした空気はいやなものです。
「久しぶりに町に出て、カラオケでも行きたいな。いっぱい歌ったら、じめじめした気分も吹き飛ぶのに。かさがあったら、雨の中でも出かけることができるんだけど」
くるりん葉で変化したら、よほどのことがない限り、元のすがたには戻りません。でも、雨だけは別でした。冷たい雨に当たると、なぜか変化がとけてしまうのです。
「お風呂に入ったり、プールに行ったりしても、変化はとけないのに。どうして雨に当たっただけでとけるのかしら。おかげで雨の日は巣穴でじっとしてるしかないわ」
ポン子はうらめしげに、巣穴の外を見あげました。と、バシャ、バシャと、なにかがはねる音が聞こえてきます。不思議に思って、ポン子は巣穴から顔を出しました。
「あっ、かさ」
そこにいたのは、小さく赤い、子ども用のかさでした。ただ、普通のかさとは違って、持ち手のところが足になって、小さな手が二本、にょきっと生えていたのです。ぎょろっとした一つ目が、ポン子をじっと見ています。
「こんにちは、ぼく、からかさおばけです」
からかさおばけはよろよろしながらも、ぴょんっと飛んでポン子のそばに着地しました。
「ふうっ、いやぁ、ようやくつくも神になれたってのに、歩くのは難しいですね」
つくも神とは、妖怪の一種で、道具にたましいが宿ったものです。いろいろな道具が百年経つと、変化する力を得るのでした。
「へぇー、あんた、つくも神なんだ。すごいわね、百年間も生きてきたなんて」
からかさおばけは首をふりました。
「いいえ。ぼくは百年なんて生きてませんよ」
「えっ、でも、つくも神って、百年経たないとなれないんじゃないの?」
からかさおばけは、はにかむようにからだをかたむけました。
「だって、この町は特別ですから。出雲町は、出雲のお山のすぐそばだから、妖気がすごく強いんです。だからぼくのような普通のかさでも、すぐにつくも神になれるんです」
からかさおばけは、よろけそうになりながら、ポン子にたずねました。
「ところで、町に行きたいんですよね」
「えっ、うん。でも、雨降ってるから行けないのよ。雨にぬれたら、せっかくの変化がとけちゃうもん」
つまらなさそうにいうポン子に、からかさおばけがいいました。
「ぼくを使ってください。ぼくをさせば、町に行けますよ」
「えっ、いいの?」
ポン子の声がはずみます。からかさおばけはうなずき、一本足でくるくるっと飛びあがりました。そのとたん、からかさおばけは真っ赤な子ども用のかさに変化したのです。
「ありがとう、やったわ、久しぶりに町にいける。カラオケ、カラオケー♪」
「でも、そのかわりお願いがあるんです」
からかさおばけの言葉に、ポン子は歌うように答えました。
「いいわよ、なんでもいって。カラオケー♪」
「……人を探してほしいんです」
「だから、おいらが呼ばれたってぇことか」
ぼさぼさ頭の男の子に変化したサトルが、納得したようにうなずきました。からかさおばけのかさに、ポン子とサトルはひっついて入っています。
「あんたの銀の十手をつかったら、人探しなんて簡単じゃない。ね、お願い、友達でしょ」
上目づかいでサトルを見て、ポン子が甘い声で頼みます。
「もちろんでぃ、おいら、ポン子ちゃんのためならなんだってするぜぃ」
サトルが胸をどんっとたたきます。雨にぬれそうになるサトルに、ポン子はあわててかさを寄せます。
「ちょっと、気をつけてよ。雨にぬれたら、変化がとけちゃうじゃない」
「ああ、わりぃ、おいら、うれしくってつい」
サトルがへへっと笑うのをみて、ポン子はわざとらしいため息をつきました。
「それで、もう一回聞くけど、探してるのは、千尋ちゃんって女の子なのよね」
からかさおばけはポン子に、人間の女の子を探してほしいとお願いしていたのです。
「でも、あんたも災難だったわね。かさどろぼうに盗まれて、大好きな持ち主と離れ離れにされちゃうなんて」
「ええ、盗まれたあとも、出雲のお山の前にあるバス停で捨てられちゃって、そのまま長い時間がたって、気がついたらからかさおばけになっていたんです」
「ひどい話ね。でも、あんたがからかさおばけになるまで、百年ってわけじゃなくても、けっこう経ってるんでしょ。その千尋ちゃんは、もう大人になってるんじゃないの?」
ポン子の言葉に、からかさおばけは自信なさげに答えます。
「わからないです。いったいどれくらいの時間が経ったのか。でも、たとえ大人になっていても、ぼくは千尋ちゃんに会いたいんです」
「なぁに、おいらにまかせとけってんだ。一本だたらのオヤジさん特製の、銀の十手を使えば、おいらの力は何倍にもならぁ」
サトルはベルトに下げていた銀の十手をにぎりしめ、目をつぶって集中します。
「からかさおばけの心の中にある千尋ちゃんの記憶を、銀の十手にこめれば」
銀の十手から、目がくらむほどの光が放たれました。ポン子は思わず目をおおいます。光は一瞬でやみましたが、まだ目がちかちかするのか、ポン子は何度もまばたきします。
「よし、わかったぜ、あっちだ!」
「ちょっと待って、だからぬれたら変化がとけるってば!」
かけだそうとするサトルの手をぎゅっとつかんで、ポン子はあきれ顔でいいました。
「何度いえばわかるのよ。まったく、さ、それじゃあ行きましょう。案内して」