五月の話 ~妖怪さとりと映画館~ その3
ポン子はサトルの手を取って、シアタールームへと入っていきました。サトルの手が汗ばんでいます。
「すごい、貸し切りみたい」
シアタールームはガラガラでした。お姉さんのいうとおり、本当に怖いのでしょう。子どもはもちろん、大人のすがたも見えません。というよりも、人っ子一人いませんでした。
――よかった、だれも人がいないみたいね。これなら存分にやれそうだわ――
くくくとほくそ笑むと、ポン子はサトルの顔を盗み見ました。サトルはきょろきょろとあたりを見まわしています。おどおどしていて、ときおりビクッとからだを固くします。ポン子は笑いをこらえるように口を押えました。
――だめだめ、ここで笑っちゃ全部台無しになっちゃう。まだよ――
ふーっと深呼吸すると、ポン子はしおらしい表情をうかべてサトルに顔を向けました。
「ねえ、サトル」
席にすわってから、ポン子が甘えるような声でたずねました。
「なんでぇ?」
予告が流れるスクリーンを、おびえるように見つめながら、サトルがポン子にすがりついてきました。ポン子はからだをよせてくるサトルを、ぐいぐい押しのけながらも、ねこなで声で続けます。
「サトルはあたしのこと、ちゃんと守ってくれるよね。どんなに怖くても、途中で叫んだり、泣き出したりしないよね」
「あ、あたりめぇだろ。ポン子ちゃんのことは、おいらが守ってやらぁ」
ポン子は笑い出しそうになるのを、けんめいにこらえながら続けました。
「そうだよね。いざとなったら、相手の心を読めばいいんだし。大丈夫だよね」
「あたぼうよ。大船に乗った気分でいろよ」
――泥船じゃなきゃいいけどね――
そうこうしているうちに、あたりが暗くなっていきました。サトルが小さく、ヒッと悲鳴をもらします。ポン子は笑い声を出さないように、口を手で押さえました。
「一まーい……二まーい……」
「ひぇぇ、た、助けてくれぇ!」
サトルが情けない声をあげます。それを聞いて、ポン子はもう大爆笑です。シアタールームにだれもいないことをいいことに、おなかをかかえて笑っています。
「ほら、早く心を読まないと、井戸からおばけが出てきちゃうわよ」
「さっきから、さっきからやってるんでぇ! でも、でも、どうしても、心が読めねぇんだ」
銀の十手をにぎりしめたまま、サトルは必死で目を閉じています。
――そりゃそうだよ、映画なんだから、そこにおばけがいるわけでもないのに――
がたがたふるえるすがたを見て、ポン子はさらに笑い声をあげます。
「ほら見て、うわっ、こわーい、ゆうれいが出てきた! サトル、助けてぇ」
笑いながら悲鳴をあげると、けなげにもサトルが目を開いて、スクリーンに映ったおばけをにらみつけます。
「こ、こ、こ、このやろう、おいらが、おいらがポン子ちゃんを、守るんでぇ」
スクリーンいっぱいに、おばけのアップが映りました。サトルは十手を取り落とし、ひいっと悲鳴をあげてうずくまります。
「ひえぇ、おいらが、おいらが悪かったですぅ! もう許してぇ……」
げっそりしたサトルを引っぱって、ポン子はシアタールームから出てきました。満面の笑みをうかべています。
「結局サトルは、あたしのこと守ってくれなかったんだね」
わざとらしくぷいっとすねるポン子に、サトルがすがるような声であやまります。
「悪かったよぉ。でも、おいら、怖くて」
「ふん。まあいいわ。でもあんた、もう一つあたしにあやまることあるでしょ」
サトルの手を離して、ポン子がうで組みします。サトルは目をそらしました。
「な、なんのことでぇ?」
「あんた、あたしのくるりん葉を盗んだでしょ!」
サトルの顔が真っ青になっています。冷や汗を流しながら、サトルは首をふりました。
「し、し、知らねぇ。おいら、そんなこと」
「巣穴にあんたのちくちくする毛が落ちてたの、見つけたのよ。あたしの毛はふわふわなんだから。あんた、あたしが巣穴を留守にしてる間に、こっそりしのびこんで、くるりん葉を盗んだんでしょ。ほら、白状しなさい!」
ついにサトルは、その場にひれふして、泣き出してしまいました。
「ごめんなさーい! おいら、おいら、うらやましかっただけなんでぇ」
「えっ? どういうこと?」
「だって、だってみんな、おいらのこと、心を読むからって怖がって、だれも近づいてくれねぇ。だからさびしくって、でもポン子ちゃんは、みんなと仲がいいから、おいらうらやましくって、つい……」
ポン子はきょとんとしています。
「じゃあ、あたしと仲良くなりたいから、くるりん葉を盗んだの?」
「そうだよ、だって、ポン子ちゃんだって、おいらのこと苦手だっていってたじゃないか」
ポン子は小さくため息をつきました。
――そうね、確かにあたしも、さっきやりすぎちゃったし――
「ほら、立ちなよ。泣いてないで、こっちを向いて。もうあたし、怒ってないからさ」
ポン子に手をつかまれて、サトルは立ちあがりました。
「本当でぃ?」
「ホントよ。心を読んだっていいわ」
「でも、そうしたら、ポン子ちゃんに嫌われるんじゃねえかって思って」
ポン子は首をふりました。
「今だけはいいよ。ほら、読んでみて」
ポン子にいわれて、サトルはポン子の心に飛びこみました。サトルの顔が、みるみる笑顔になっていきます。
「でも、こんな風にあたしが、心を読んでいいっていうまでは、読んじゃだめよ。あたしだって、秘密はいろいろあるんだから」
サトルは何度もうなずきました。
「さ、それじゃあ行きましょ。まだまだ町には、たくさん面白い場所があるんだから」
ポン子に手を引っぱられて、サトルはきょとんと首をかしげました。
「えっ、でも、おいら……」
「さっきお姉さんもいってたでしょ。せっかくのデートなんだから、いろいろ案内してあげるよ。あ、でも別にあんたとつきあうとかじゃないからね。今日は特別。だから調子に乗るんじゃないわよ」
じろりとポン子ににらまれて、サトルは満面の笑みで、首をたてにふりました。