五月の話 ~妖怪さとりと映画館~ その2
「どうして、くるりん葉が人間の町にあるのよ。あんたの力って、お山にしか広げられないんじゃなかったの? それなのにどうして人間の町にあるってわかったのよ」
ポン子の質問に、サトルは明らかにうろたえた様子で答えました。
「そりゃ、その、なんだ、おいらの力で……」
あやしさ満点のサトルを、ポン子はいぶかしげに見ています。
「それに、あたしの巣穴はもちろん、お山に人間が入ってきたら、それこそお山中大騒ぎになるでしょ」
「それは、その……」
「だいたい、なんであんたと一緒に町に探しに行かなきゃならないのよ」
ぷいっと顔をそむけるポン子に、サトルがボソッとつぶやきました。
「くるりん葉が人間の町にあるってわかったの、おいらのおかげなのになぁ」
「えっ? まあ、それは、そうだけど」
しばらくの間、ポン子はじっとだまって悩んでいましたが、ため息まじりにいいました。
「わかったわよ。いいわ、いっしょに行きましょう。でも、今回だけよ」
ポン子はくるりん葉を自分の頭に乗せました。そして、ひょいっとちゅうがえりします。そのとたん、ポン子は赤いスカートをはいた、人間の女の子に変身しました。
「おおっ、すげぇ」
「ほら、あんたもやってみなさい。くるりん葉を頭に乗っけて、ちゅうがえりするのよ」
ポン子からくるりん葉を受け取り、サトルはくるんっとちゅうがえりしました。ぶわっとからだが浮きあがり、びゅんっと風を切るような音も聞こえました。そして、次の瞬間、サトルはぼさぼさの髪の毛をした、ひょろひょろの男の子になっていたのです。ズボンには、銀の十手を引っかけています。
「本当に人間になってらぁ。すげぇ、すげぇ」
サトルは人間のからだで、森の中を走りまわります。
「へぇ、上手に変化できたわね、初めて変化すると、ところどころ、変化できてないところがあったりするんだけど。もともと、人間によく似た妖怪だからかしら」
ポン子は自分の頭をポンポンッとたたきました。髪の毛の中から、小さなたぬきの耳が、ひょこっと出てきました。
「へへっ、ポン子ちゃんの耳、ちょっとだけ見えてらぁ」
「うるさいわね。それより、早く行くわよ」
はしゃいでいるサトルの髪を、ポン子がぎゅっとつかみました。
「いたっ、あんた、髪の毛はもとのままなのね。ちくちくして、痛くて……」
ポン子はハッと顔をあげました。髪の毛をつかまれたサトルは、なんとか逃げようとじたばたしています。
――このちくちく、さっき巣穴にあった毛じゃないかしら。じゃあもしかして、くるりん葉はサトルが――
ポン子は口をへの字に曲げて、じろっとサトルをにらみつけました。サトルは気づいていないのか、頭をふってポン子の手から逃れようとしています。
――まったく、どうやってこらしめてやろうかしら――
考えこむポン子の手からなんとか逃れて、サトルが髪をわしわしっと手で直しました。
「そういえば、ポン子ちゃんはいつも町のどこに遊びに行くんでぇ?」
いきなり聞かれて、ポン子はふぇっと、すっとんきょうな声をあげました。
「なによ、いきなり。まあ、とりあえず今日は映画を見に行こうと……あっ」
ポン子は顔をあげて、サトルの顔をながめました。サトルはなにがなんだかわかっていない様子です。
「ねえ、サトル。あんた、怖い映画って好き?」
サトルはぎくりと固まってしまいました。しかし、すぐにブンブンッと首をふったのです。
「こ、こ、怖いものなんておいら、そんなのねぇぜ。なんせおいらは、正義の妖怪なんだからよ。バカいっちゃいけねぇぜ、べらんめぇ」
ムキになって否定するサトルに、ポン子はくすくす笑ってうなずきました。
「そうよね。怖いものなんてないわよね。いいわ。信じてあげる。それじゃあ町に行きましょ」
「ほら、こっちこっち! もう、ふらふらしたら危ないって、何度いったらわかるのよ、早くついてきてよ」
髪の毛を引っぱられながら、サトルが聞きかえします。
「ついてきてって、どこへ行くってんだ?」
「くるりん葉のある場所よ」
サトルは目をまるくしました。
「いや、だってくるりん葉はおいらが……」
あわてて口を押さえるサトルに、ポン子はにたりと笑ってたずねます。
「おいらが、どうしたの?」
「別に。それよりどこに行くんでぇ?」
「ここよ、ここ」
ポン子が指さした建物には、壁にたくさんのポスターがかざられていました。宇宙を飛びまわるロケットの絵や、剣を持った男の人たちの絵、それに銃をかまえた女の人の絵などがあります。ポスターを見ながら、ポン子は得意そうに説明しました。
「ここね、『映画館』っていうんだよ。きっとこの中に、くるりん葉があると思うんだ」
サトルは急いで映画のポスターにかけよりました。目をきらきらさせています。
「なんだこりゃ? すげぇ、かっこいい絵じゃねぇか。こっちのお姉ちゃんは、美人だし。これは、ヒッ」
サトルが固まってしまいました。ポスターには、恐ろしい顔をした、白装束の女の人の写真が写っていたのです。女の人の下に、血がしたたるような文字で、『皿やしき』と書いてありました。
「こ、こりゃ、いったいなんでぇ? おいら、こんなの見たことが」
「あっ、もしかしてサトル、怖いの?」
ポン子がバカにしたような口調でいいます。サトルはぶんぶん首をふりました。
「そんなことあるかってんだ。おいら、これでも妖怪さとり一族だぞ、怖くなんてねぇ!」
「そうだよねぇ。それにサトル、心を読めるんだから、もしこわーいおばけがいたって、心を読めば平気だよね」
ポン子がにやにやしながら聞きます。サトルはムキになって答えました。
「あったりまえでぇ! おいら、怖くなんか、怖くなんか……」
ぼそぼそつぶやくサトルの手を取って、ポン子はにやにやしたままチケット売り場へ行きました。今日は休日なのでしょうか、チケット売り場には、ポン子たちと同じくらいの年の、子どもたちがたくさんいます。
――人が少ないほうが好都合だったけど、でも、いいか――
「すみません、『皿やしき』のチケットください。子ども二枚です」
ポン子がすまし顔で、チケット売り場のお姉さんにいいます。お姉さんは意外そうな顔をして、聞きかえしました。
「大丈夫? この映画、とっても怖いらしいけど。怖すぎて、今日なんか子どものお客さんは、ううん、大人の人も、だれもチケット買ってないんだけど」
『皿やしき』という映画は、恐ろしいゆうれいが出てくるお話です。お屋敷で働いていた女中のお菊が、家宝である十枚のお皿のうち一枚を割ってしまい、お屋敷の主からこっぴどいおしおきを受けてしまいます。それでいたたまれなくなったお菊が井戸に身投げしてしまうのです。お菊はゆうれいとなって、夜な夜な井戸の底で、お皿の数を「一まーい……二まーい……」と数えながら、お屋敷の人たちを呪い殺していくのです。
もちろんそんなお話の内容を知らないサトルは、お姉さんのとっても怖いという言葉を聞いて、青ざめた顔でポン子を見ています。ポン子はとびっきりの笑顔でお姉さんにうなずきました。
「大丈夫です。彼が守ってくれますから」
そういってポン子は、サトルをぐいっと引き寄せました。お姉さんは思わず笑みをこぼしました。
「そう、じゃあどうぞ。デート楽しんでね」