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三月の話 ~ポン子と陰陽師~ その8

「でも、本当にこれで大丈夫なのかな」


 巣穴の中で、コン兄ちゃんの荷造りを手伝いながら、ポン子がぽつりとつぶやきました。


「呂樹のことか? 他の陰陽師たちがしっかり見張ってるからな、当分悪さはできないだろう」


 出雲の湯での戦いのあと、出雲町にはすぐに陰陽師の応援部隊が現れました。陰陽師と聞いて、ポン子たちはみがまえましたが、彼らはただ呂樹を捕らえただけで、他の妖怪たちにはなにもしませんでした。どうやらコン兄ちゃんが、陰陽師たちに事情を話していたみたいです。


 その陰陽師たちは、出雲の湯を使ってすぐに、町の結界を壊し、町の人たちをもとに戻しました。そのあといろいろとあとかたづけがありましたが、それも終わり、コン兄ちゃんは陰陽師の修行に戻ることになったのです。荷物の最後の点検をしながら、ポン子はふっと顔をあげました。


「もしかしたら呂樹は、自分が存在している理由を、探そうとしていただけなのかもね」


 パンパンにつまった旅行かばんを、コン兄ちゃんと一緒にグーッと押さえながら、ポン子がフフッと笑いました。


「そうだな。呂樹はおれたち、本当の妖怪と違って、自分が何者なのかわからなかったのかもしれないな。だから、人間も、そして妖怪のことも憎んでしまった。でも、本当はどちらとも仲良くやりたかったんだと思うよ」


 コン兄ちゃんは手を止めて、なにかを考えるようにうつむき、つぶやきました。


「……おれたち陰陽師の術には、妖怪を捕まえるだけじゃなくて、殺す術もあるんだ」


 ポン子がまんまるい目をさらに丸くしました。コン兄ちゃんは苦い顔で続けました。


「もちろん今は、禁じられて教えられることもない。でも、呂樹ほどの力を持ったやつなら、そんな術だって知っていたはずだ。それに、その術をもっと磨けば、人間にだって応用できたはずだ」

「じゃあ人間を殺すこともできたってこと?」


 コン兄ちゃんはうなずきました。


「ああ。だが、呂樹はそれをしなかった。術としては当然知っていただろうし、使うこともできただろう。でもあいつはそうしなかった。たぶん心のどこか奥深くで、人間とも妖怪とも、つながりを感じていたからだと思う」


 旅行かばんに鍵をかけると、コン兄ちゃんは立ちあがりました。


「もう、行っちゃうの?」


 ポン子がコン兄ちゃんを見あげます。コン兄ちゃんはポン子の頭をポンポンッとたたきました。


「ああ、また修行の日々さ。まあでも、陰陽師ユーチューバーとしてデビューするまでは、とにかくしっかりがんばらないとな」


 おどけるコン兄ちゃんの着物を、ポン子はぎゅっとつかみました。コン兄ちゃんが首をかしげます。


「どうした?」

「……コン兄ちゃんは、お山ではもう暮らさないの?」


 いつになく、ポン子がしおらしくたずねます。コン兄ちゃんははぐらかすように、明るい声で答えました。


「さあな。でも、おれが帰ってくる場所はここだけさ。まだポン子に撮影の手伝いをしてもらってないからな」


 にやっと笑うコン兄ちゃんに、ポン子はふくれっつらをしていいかえしました。


「それってこの間の恐怖動画のこと? もう、コン兄ちゃんのバカ! 絶対手伝ってあげないんだから」


 ぽかぽかたたいてくるポン子から、コン兄ちゃんは笑いながら逃げていきます。そして巣穴から出ると――


「おっ、桜の花だ。そうか、もう春なんだな」


 お山の木々は、桜の花がちらほらと開花していました。ポン子も目を輝かせて、その様子を見ています。


「そうだ、出発する前に、出雲の湯にでもよっていくか。ポン子もくるか?」


 コン兄ちゃんに聞かれて、ポン子は元気よくうなずきました。





 出雲の湯に行くというのに、ポン子の足取りは重く、のろのろとしていました。


「どうした、ポン子。もしかして具合でも悪いのか? それなら今日はやめとくか?」


 コン兄ちゃんがポン子の顔をのぞきこみました。ポン子はぶんぶん首をふります。


「ううん、違うの。ただ、クズハお姉さんにどうやって説明しようかなって思って」

「ああ、そういうことか」


 コン兄ちゃんは頭をかきながら、ふうっとため息をつきました。


「そのまま話すしかないんじゃないか。結果的には、呂樹はもちろん、他の妖怪たちも誰一人死ぬことはなかったんだ。それだけでも、十分あいつを救ったことになるだろ」


 呂樹が創りだした妖怪たちは、妖怪しばりのなわでとらえられたあと、出雲のお山で暮らすことになりました。もともと出雲のお山の妖怪たちは、他の町から来た妖怪にも差別したりしないので、呂樹が創りだした妖怪たちもすぐにとけこむことができたのです。


「そうね。コン兄ちゃんのいうとおり、一本だたらのおじさんも、むつみさんもリンコ先生も、みんな元気になったわ。でも……」


 町の人たちももとに戻って、なにも失われることがなかった、だからコン兄ちゃんはそんなことをいったのでしょう。ですが、ポン子はさびしそうに首をふりました。


「でも、誰一人死ななかったわけじゃないわ」

「えっ? いや、だって誰も犠牲には」

「ソフィーちゃんが犠牲になったでしょ。いくら呂樹をつかまえても、他のみんなが無事であっても、ソフィーちゃんは帰ってこないわ」


 コン兄ちゃんの顔がくもりました。しばらくの沈黙のあと、ぼそっとつぶやきました。


「すまなかったな」

「ううん、いいの。コン兄ちゃんがいったとおり、他には誰も犠牲にならなかったんだもの。それだけでも奇跡のようなものだわ」


 それだけいうと、ポン子も黙りこんでしまいました。強い風が、二人の髪をかきわけます。ポン子は目を細めました。


「出雲町も、出雲のお山と同じだね。少しずつだけど、春の足音が聞こえてきてる」


 ポン子にいわれて、コン兄ちゃんも町並みをじっくり目で追いました。アスファルトの割れ目から、名前もわからない花が咲きかけています。風は強いですが、冬の風のように冷たくはなく、さわやかなにおいがします。町の人たちもどこかうきうきとしていて、コン兄ちゃんのように、あたりを見わたして春を感じている人もいるほどです。二人はなにもいわず、そのままゆっくりと出雲の湯へ向かいました。ですが――


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