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三月の話 ~ポン子と陰陽師~ その7

 クルルちゃんがお湯の中へもぐっていくのを見届けてから、ポン子は大声で叫びました。


「もうおぼれちゃう! お願い、こうさんするから、水をなくして!」


 呂樹の高笑いとともに、お風呂の水はどんどんもとに戻っていきました。浴場を見まわすと、みんなおぼれてしまったのか、ぐったりとしています。ポン子はふらふらになりながらも、呂樹のそばへ近寄りました。


「おっと、それ以上は近づくな。サルタヒコをとらえたり、お前はかなりの策士だからな。こうさんするふりをして、おれをだまそうと思っているんだろう」


 呂樹がにやりと笑いました。ポン子のまんまるい目が見開かれます。


「図星だな。クックック、お前の浅知恵など、この呂樹様には通用せんわ。さあ、おとなしくこの呪符をはられて、あやつられるがいい」

「待って、その前に教えて。どうしてあなたは妖怪たちの世界を作ろうとしているの?」


 ポン子の問いかけに、笑っていた呂樹が真顔になりました。無表情の呂樹は、笑っているとき以上に恐ろしく、ポン子はぶるるっとみぶるいしてしまいました。


「……ふん、まあいい。そこまでしておれの秘密が知りたいのなら、教えてやる。おれは人間と妖怪の、化けぎつねとの混血なのだ」

「じゃあ、人間と妖怪の子どもなの?」


 ポン子は目をまんまるにして、驚いたような声を出しました。呂樹はまゆをひそめましたが、やがてふふっと、ひねくれた笑みをうかべました。


「そうだ。陰陽師が、とらえた化けぎつねを哀れに思って、殺さずにいた。その化けぎつねが、陰陽師に恩をかえそうとするうちに、次第にひかれていった。そんなところだ」


 ――クルルちゃん、まだかしら、もう少し話を長引かせないと――


 ポン子は大げさに首をふって、しばいがかった口調で呂樹にたずねました。


「どうして? どうして人間と妖怪の絆を壊すようなことをしたの?」


 呂樹がポン子をにらみつけました。たじろぐポン子に、呂樹は続けました。


「人間どもは、最初はおれを好奇の目で、次に恐れと憎しみの目で見てきたのだ。かといって妖怪の世界には戻れない。父親である陰陽師が、おれのことも陰陽師として育てたからな。人間にも妖怪にもなれないなら、いっそおれの思い通りになる世界を作ってやる。それこそがおれの、人間たちへの復讐なのだ」


 呂樹は顔を真っ赤にして、汗だくで話を終えました。


 ――うまくいっているみたい。あと少し――


 ポン子はじりじりと、気づかれないように近づきながら、呂樹にいいました。


「そんなことで町の人たちを、コン兄ちゃんをあやつってるなんて。みんなをあやつって、それで本当に満足なの?」


 この言葉は、呂樹にとって痛いところをつかれたようです。顔を真っ赤にして、ポン子をどなりつけました。


「人間に化けるだけのいたずらたぬきごときに、このおれの気持ちが分かってたまるか!」

「そんなのわからないよ! みんながあなたのあやつり人形だったら、みんな同じになっちゃうじゃない。人間は自分と違うものを嫌うけれど、それじゃああなたも同じじゃないの。あなたは結局、今も人間の目が怖いだけでしょ。ちゃんと向き合わないと、いつまでたっても怖いままじゃない! そうやって怖い怖いって思うより、一歩踏み出さないと。あたしだって、最初は人間の町が怖かったよ。でも、それでも一歩踏み出したからこそ、いろんなことを体験した。怖いこともあったけど、それ以上に楽しいことでいっぱいだった」


 いつの間にか演技ではなく、本気でポン子は呂樹に語りかけていました。少しずつ近づき、説得を続けます。


「ねえ、今からでも間に合うよ。怖がらないで、一歩踏み出して。人間は、あなたが思っているよりも、ずっと優しいよ。みんながみんな、あなたが見てきたようなひどい人たちじゃない。そうでしょう」

「そんなはずはない! 人間は、自分と違うやつらを憎むおろかな生き物だ! おれはそんな人間をこらしめようと思っているだけだ! お前ごときにそんなことをいわれる筋合いはない!」


 荒い息づかいで、呂樹が声をはりあげました。ポン子も呂樹に負けずににらみつけます。じりじりと二人はにらみあいながら、お互いに間合いを図ります。そのうちにポン子は、お風呂のお湯がぼこぼことあわ立ってきているのに気がつきました。


 ――あっ、しまった完全に忘れてた……。でも、うまくいったみたいだわ――


 ポン子はにやっと笑いました。


「そんなに顔を真っ赤にして、のぼせないの?」


 呂樹はハッとして、お風呂のお湯に手をふれました。


「あつっ!」

「今ごろ気づいたの? さっきクルルちゃんに頼んで、ボイラー室に行ってもらったんだ」


 ふらふらする呂樹に、ポン子はにやにやしながら続けました。


「早くあがらないと、ゆでだこになるよ」


 呂樹はおぼつかない足取りで、お風呂の外へ出ようとします。今にも倒れてしまいそうですが、なんとかお風呂からあがろうと、足をお湯から出します。


「今だ!」


 いきなり呂樹にかけより、ポン子はくるりっとちゅうがえりしました。ポンッと音がして、ポン子はせっけんに変化したのです。そのまま呂樹の足元へすべっていき……。


「うわっ!」


 せっけんを踏んでしまった呂樹は、すってんころりんと、ひっくりかえってしまったのです。ポン子がせっけんから、人間のすがたに戻りました。


「バカな、こんな、マンガみたいな終わりかたをするなんて……」


 呂樹はそのまま、がっくりと意識を失ってしまいました。浴場に、クルルがかけこんできます。


「ポン子ちゃん、大丈夫?」

「ありがとうクルルちゃん、作戦成功だよ」


 クルルにピースしてから、ポン子はお風呂の中へ入っていきました。やけどしそうな温度でしたが、ばしゃばしゃとコン兄ちゃんに近づき、頭にはられたお札をはがしたのです。


「ん……ここは?」

「コン兄ちゃん、よかった、無事ね」


 呂樹の術から解放されたコン兄ちゃんは、うわっと悲鳴をあげました。


「あちっ、あちち、なんだこれ、ポン子、お前まさか、おれをゆでて食っちまうつもりか」


 バチャバチャと飛びはねながら、コン兄ちゃんはお風呂からあがりました。


「なによそのいいかた! せっかくあたしが助けてあげたのに、感謝の言葉もないなんて」


 コン兄ちゃんは、目をぱちくりさせていましたが、浴場の中を見まわすうちに、開いた口がふさがらなくなっていきました。


「いったい、なにがあったんだ。あっ、呂樹!」


 ぐったりと意識を失っている呂樹を見て、コン兄ちゃんはポン子をふりかえりました。


「もしかして、お前がやったのか?」


 ニッと笑うポン子を、コン兄ちゃんがぎゅうっと抱きしめました。突然のことに、ポン子はびくっとからだを固くしました。


「ごめんな、怖かっただろう。でも、ありがとうな。おれたちのふるさとを、出雲のお山を守ってくれて」


 それだけいうと、コン兄ちゃんはポン子を抱きしめたまま、からだをふるわせはじめました。


「コン兄ちゃん、泣いているの?」


 ポン子の言葉には答えず、コン兄ちゃんはポン子をより強く抱きしめました。ポン子はほほえみ、コン兄ちゃんの頭をそっとなでてあげました。


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