三月の話 ~ポン子と陰陽師~ その6
浴場の奥から、呂樹の声がこだましました。それとともに紫色のお湯が、まるでタコの足のようにぬるぬるとうごめきながら、一本だたらに襲いかかったのです。一本だたらも黒の十手からへびを呼び出し、紫色のお湯に対抗します。しかし、お湯がへびにふれた瞬間、へびがフッと消えてしまったのです。
「しまった、封魔の呪符か!」
一本だたらのさけびとともに、紫色のお湯が一本だたらにまきつきます。すると、お湯は消えて、中から何枚もの封魔の呪符が現れたのです。
「そんなっ、一本だたらのおじさん!」
一本だたらはぐったりと動けなくなり、どてんとその場に倒れこんでしまいました。それとともに、紫色のお湯が何本も襲いかかってきたのです。
「ポン子ちゃん、ふせて!」
リンコ先生がさけんで、お湯に向かって封魔薬を何本も投げつけました。お湯が消えて、封魔の呪符が次々に燃えあがります。
「リンコ先生!」
「ほう、おれの呪符を打ち消すほど、強い力を持った化けぎつねまでいるとはな。本当に出雲のお山の妖怪たちには驚かされる。だが、これならどうかな?」
浴場の奥が、強い紫色の光で輝きます。みがまえるポン子たちの目の前に、紫色のオオカミが三体現れたのです。頭のところに、封魔の呪符が透けて見えます。
「さあ、出雲のお山の妖怪たちを捕らえるんだ!」
オオカミたちが、いっせいに牙をむいて飛びかかってきました。リンコ先生が目にもとまらぬ速さで、注射器をオオカミたちに投げつけます。三体のうち一体が、注射器につらぬかれて消えていきました。しかし、残りの二体がリンコ先生に狙いをつけます。注射器をかまえますが、それより早くオオカミが飛びついたのです。
「リンコ、危ない!」
むつみさんが身を投げ出し、リンコ先生をオオカミから守ります。オオカミにかみつかれ、むつみさんも封魔の呪符に封印されてしまいました。
「むつみっ! この、許さないわよ!」
最後の一匹が、牙を食いこませようとリンコ先生に接近します。リンコ先生は素早く身をひるがえし、オオカミをかわしながら注射器を投げつけました。注射器は見事命中し、最後のオオカミも消えてしまいます。
「さあ、これであんたのしもべは全部いなくなったわよ。おとなしく降参しなさい、呂樹!」
リンコ先生がどなり声をあげます。しかし、呂樹はやけに落ち着いた声で問いかけてきました。
「そいつらでおれのしもべが全てだと、おれがいついったんだ?」
「なんだって? ……まさか!」
リンコ先生がハッと注射器をかまえましたが、遅すぎました。紫色のお湯が、リンコ先生の足元から襲いかかってきたのです。
「リンコ先生!」
リンコ先生はその場にどたんっと倒れてしまいました。封魔の呪符がからだにはりついています。
「よくもリンコ先生を!」
ポン子ははじかれたように浴場へと入りました。クルルにサトル、ミイコにきららもあとからやってきます。
「呂樹! それにコン兄ちゃんも!」
お風呂の中には、真っ白な着物を着た呂樹とコン兄ちゃんが立っていました。着物はお湯でずぶぬれになっています。呂樹は苦々しげにいいました。
「またお前か。もう少しでうまくいくというのに、じゃまをしおって」
呂樹はゴソゴソと着物のすそをまさぐりましたが、やがて顔をしかめました。
「ちっ、弾切れか。まあいい。封魔の呪符がなくとも、お前たち子供の妖怪など、簡単にとらえることができる」
ポン子が手をふりあげてどなりました。
「強がりはやめなさいよ! あんたの手下はみんなつかまったわ。そのなんとかの呪符もないんだったら、あんたに勝ち目はないじゃない。もうあきらめて、コン兄ちゃんを返して!」
呂樹は鼻で笑いました。
「ばかめ、お前たちごときに遅れをとるほど、このおれはまぬけではないぞ! すぐにお前たちもとらえて、おれの操り人形にしてやろう。お前の大事なコン兄ちゃんと同じようにな」
呂樹があごをしゃくると、コン兄ちゃんがふらふらと手を前に突き出しました。そのまま呂樹とコン兄ちゃんは、同時に両手を合わせたのです。そのとたん、お風呂のお湯が、まるで生き物のように持ちあがり、巨大な波となってポン子たちに襲いかかってきたのです。
「きゃあっ!」
あっという間に、ポン子たちはお風呂のお湯に飲みこまれてしまいました。お湯はどんどんあふれていって、ついには浴場がプールのようにお湯でいっぱいになってしまったのです。あっぷあっぷするポン子たちに、呂樹が笑いながらいいました。
「この銭湯のお湯こそが、この町で一番妖気を持っているのだ。このお湯から出る湯気に術をほどこせば、出雲町くらい簡単に結界につつむことができる。お前たち妖怪どもの妖気も食らえば、日本全体をおおう結界も張ることができるだろう。ワッハッハ!」
――やっぱり、このお湯が呂樹の術のもとになってるのね――
ポン子は必死で泳ぎながら、同じようにお湯に飲みこまれたクルルを探しました。カッパだけあって、クルルはお湯の中を上手に泳いでいます。クルルの手をつかんで、ポン子は水面に顔を出しました。
「ぷはっ! クルルちゃん、大丈夫?」
顔をたてにふるクルルに、ポン子はごにょごにょとなにか耳打ちしました。クルルが目をまるくします。
「そんなことしたら」
「お願い、もうそれしかないの! さ、早く行って!」
クルルは迷っているようでしたが、ポン子に背中を押されて、お湯の中へもぐっていきました。




