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三月の話 ~ポン子と陰陽師~ その4

 だれもなにもしゃべりませんでした。冷たい空気が、さらに重く凍っていくように感じます。その沈黙を破ったのは花子でした。


「ところで、あなたはどうしてここにきたの? その話をしにきただけじゃないんでしょう」


 花子の冷静な口調に、クズハお姉さんは首をたてにふりました。


「ええ、そうだったわ。さっきあなたたちが話していたでしょう、呂樹が自ら創りだした妖怪を、一ヵ所に集めようとしているって。その場所こそが、わたしがいたあの銭湯なの」

「えっ、それじゃあ、呂樹がかくれている場所って、出雲の湯なの?」


 きつねにつままれたような顔をするポン子に、クズハお姉さんはくすっと笑いました。


「意外かしら? でも、ポン子ちゃんが思っている以上に、あの銭湯はすごいところなのよ。ポン子ちゃんは、出雲町が他と比べて妖気がとても強い場所だってことは知っている?」

「それは知ってるけど、そういえばどうしてなのかしら? 出雲のお山に近いから?」


 考えこむポン子に、クズハお姉さんが教えてくれました。


「それはね、この土地の地下に関係あるの。この土地、正確には出雲のお山の地下には、強い妖気を持ったマグマだまりがあるのよ。その熱が地上に伝わるときに、妖気もいっしょに伝わっていたから、ここは妖気がとても強いってわけね。そして、出雲の湯はそのマグマで温められたお湯を使っている。だからこの土地でも、さらに強い妖気を宿しているのよ」

「そうだったんだ。あっ、そうか、だから呂樹は、その妖気を利用するために」

「そうよ、そのために呂樹は出雲の湯を占拠したの。でも、呂樹の目的はそれだけではなかったわ」


 再びクズハお姉さんの顔がくもりました。重苦しい空気がただよいます。花子が気づかわしげにたずねました。


「大丈夫? 気分が悪いの?」

「いえ、大丈夫よ、ありがとう。呂樹の目的についてだったわね。呂樹の目的は……わたしだったの」


 ポン子は目をぱちくりさせて聞きかえしました。


「えっ、どういうことなの?」

「呂樹が憎んでいるのは、人間だけではなかったのよ。いいえ、人間以上に、わたしのことを憎んでいた。でも当然よね。呂樹にとってわたしは、自分を捨てたひどい母親だもの。だから呂樹はすがたをくらましたあと、ずっとわたしのゆくえを追っていたの。そしてわたしを見つけるとともに、出雲の湯の力を知った。だからこそ出雲の湯を乗っ取ろうと計画したのよ」


 疲れたように肩を落とすと、クズハお姉さんは首をふりました。


「わたしは呂樹と会ったわ。赤ん坊のころ以来だったけれど、そのときのおもかげは残っていたわ。それに……なんだか迷っているようにも思えたの」

「迷ってるって、そんなはずないじゃない。だって実際に結界をはって、コン兄ちゃんを捕まえているのよ」

「そうね、もしかしたらわたしの思い違いかもしれない。それか、そうであってほしいという願いなのかも。でも、わたしにはあのとき呂樹が、泣いているように見えたのよ。赤ん坊のころに、わたしを探して泣いていたように」


 ポン子はなにもいえませんでした。コン兄ちゃんをさらっていったときの、あの冷たい視線を思い出し、ポン子はぎゅっとスカートのすそをにぎりしめました。


「わたしは呂樹に殺されるだろうと思っていたわ。それにそれを覚悟もしていた。わたしがあの子にしたことを考えれば、当然だって思っていた。でも、あの子は出雲の湯を乗っ取りはしたけれど、わたしのことを傷つけはしなかった。追い出しただけだったわ」


 クズハお姉さんは言葉を切りました。なにか悩んでいるように、下を向いていましたが、やがて顔をあげてポン子を見すえました。


「ポン子ちゃん、あなたにお願いがあるの。呂樹を……助けて欲しいの」

「そんな、そんなの、自分ですればいいじゃないの! そりゃあ、あたしは呂樹を止めにいくけれど、呂樹を助けるのはお母ちゃんであるあなただけじゃない! あたしにそんなお願いするなんて、そんなの勝手だよ!」


 激しく首をふって、ポン子はクズハお姉さんにつめよりました。顔を真っ赤にして、まんまるい目も三角にしています。


「あなたさっき、昔の自分に出会ったらどなってやりたいっていってたじゃん。それって自分がやってきたことが、間違っていたと思うからでしょ。それなのに、まだ間違うの? 自分で呂樹に会って、自分であやまらないとだめだよ」


 ポン子の必死の説得に、クズハお姉さんの目がわずかにゆらぎました。しかし、それでもクズハお姉さんは、最後まで首をたてにはふりませんでした。


「それはできないわ。きっと呂樹は、わたしのすがたを見たら逆上して、死ぬまで抵抗しようとするでしょう。だけどポン子ちゃんなら、きっと説得できるわ。だからお願い」

「でも!」


 ポン子は食い下がりましたが、クズハお姉さんは目をふせ、ポン子と顔をあわせようとはしませんでした。さらになにかいおうとするポン子を、花子が止めました。


「ポン子ちゃん、もうなにをいってもだめよ。わたしにはわかるわ。この人の覚悟が」

「だけど、実のお母ちゃんなのに!」

「実のお母さんだからこそ、会わないっていうのはとてもつらくて残酷な選択でしょう。でも、そうしないと呂樹を救えないから、だから必死でたえているのよ」


 ポン子はハッとして、クズハお姉さんの顔に目をやりました。クズハお姉さんも顔をあげました。めがねの奥に見える目は、さっきと違い、少しもゆらがずまっすぐにポン子をとらえていました。少しの沈黙のあと、ポン子は静かにたずねました。


「それで本当に、後悔しない?」


 クズハお姉さんはしっかりポン子を見つめたまま、首をたてにふりました。


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