三月の話 ~ポン子と陰陽師~ その1
もう三月になるというのに、出雲町はまだ厳しい寒さにつつまれていました。しかし、町は寒さだけでなく、薄い紫色の光にもおおわれています。町の外れにある、リンコ先生の病院も例外ではありませんでした。
「やっぱりどこを探しても見つからないわね」
リンコ先生が、気落ちした声でいいました。フードつきのコートを脱いで、ほうっと白い息をはきます。そのうしろには人間に変化した、ポン子のすがたも見えます。
「お帰りなさい、外は寒かったでしょ。すぐにお茶をわかしますね」
ウサミさんがパタパタと、給湯室へ入っていきました。
「偵察ご苦労さん。やはり予想した通り、呂樹はうまく身を隠しているようじゃな」
一本だたらが苦虫をかみつぶしたような顔をします。病院の待合室には、一本だたらだけではなく、出雲のお山の妖怪たちが勢ぞろいしていました。呂樹は出雲のお山への侵略はやめましたが、今は出雲町へと狙いを変えていたのです。そこでリンコ先生の病院を、呂樹と戦う意思のある妖怪たちが、隠れ家として使っているのでした。しかし、みんな視線を落として、疲れた顔をしています。
「それに、やはり出雲町全体が結界におおわれているみたいだわ。町の人たちもみんな呂樹にあやつられているようね」
むつみさんがため息まじりにつぶやきました。一本だたらも重苦しい声でいいます。
「呂樹はコンをあやつって、二人で結界を張ったんじゃな。わしら妖怪はなんともないようじゃが、人間たちは呂樹のあやつり人形となるようじゃ。しかも、だんだん結界の範囲が広がっていっている。このままでは出雲町だけでなく、この国全てが結界におおわれてしまうぞ」
暖房を入れているはずなのに、部屋の中は全然暖かくなりませんでした。こんな寒い日は、出雲の湯で温まりたいところですが、一番風呂が大好きなリンコ先生ですら、出雲の湯には、もうずっと行っていません。ほんの何ヶ月か前は、当たり前のような日常だったのに……。ポン子はコン兄ちゃんの笑い顔を思い出して、目をごしごしとこすりました。
「サルタヒコの話では、術を使っている呂樹かコンを倒せば、結界を消すことができるそうじゃ」
「でも、居場所までは教えてくれなかったんでしょう?」
みんなに温かいお茶を配りながら、ウサミさんがたずねました。
「そうじゃ。というよりも、やつ自身呂樹がどこにいるか知らない感じだった。サトルが心を読んだから、間違いない」
サトルはお茶をふーふーしながら、うなずきました。
「間違いねぇはずでぃ。でも、あいつがやろうとしてることは、ちゃんと読むことができたってんだ」
呂樹は、日本を再び妖怪たちの世界にしようとしていたのです。そのために妖気が強い出雲町で、都市伝説のゆうれいなどを、人工的に創り出していたのです。
「でも、どうして呂樹は妖怪たちの世界を作ろうなんて思ったのかしら?」
クルルが首をひねりました。
「世界征服でもするつもりにゃか。あちっ」
ミイコが舌を出して顔をしかめます。ポン子は思わず笑ってしまいました。
「よかった、ポン子ちゃん、やっと笑ったね」
きららにいわれて、ポン子はハッと顔をあげました。ミイコもいたずらっぽく笑います。
「そうにゃ。コン兄ちゃんのことは心配だろうけど、ずっと暗い顔ばっかりだったら、ポン子ちゃんもしんどくなるにゃよ」
「べ、別に、そんな暗い顔なんてしてないわ」
ポン子がぷいっと顔をそむけます。ミイコときららが一緒に笑いました。
「もう、大事な作戦会議なのに、二人ともふざけて。あたしトイレ行ってくる」
ポン子は大またで部屋から出ていきました。
――二人とも、いわれなくてもわかってるわ。いくら心配したって、コン兄ちゃんが戻ってくるわけじゃないもん――
ポン子は、はあっと大きなため息をつきました。洗面所で、ばしゃばしゃっと顔を洗います。
「だめだめ、しっかりしなくちゃ。あたしがコン兄ちゃんを助けるんだ」
顔をハンカチでふいて、鏡を見ると、いつの間にかポン子のうしろに、おかっぱ頭の女の子が立っていました。
「あっ、花子ちゃん! えっ、どうしたの?」
そこにいたのは、トイレの花子さんでした。赤い吊りスカートをゆらめかせて、花子ははにかむように笑いました。
「ポン子ちゃん、久しぶり。たまには遊びに来てくれたらよかったのに。さびしかったよ」
「ごめんね、あれからホントにいろいろあったから。でも、どうしてここに? 花子ちゃん、あのトイレからは出られないんじゃ」
『トイレの花子さん』である花子は、あの公園のトイレからは出られないはずです。花子はうなずき、真剣な顔でポン子を見ました。
「ポン子ちゃん、よく聞いて。わたしを創ったお兄ちゃんが、わたしや、他の創りだした妖怪たちを一ヵ所に集めようとしているの。だからトイレから出ることができたの」
「お兄ちゃんって、まさか呂樹?」
ポン子は花子に、呂樹の特徴を簡単に説明しました。花子は少し考えこんだあと、うなずきました。
「うん、たぶんそうだと思う。でも、ここからが大事なんだけど、トイレから出られたあと、ある場所に引っぱられる感じがするの。逆らおうとしてもどうしても逃げられないのよ。でも、その先に、お兄ちゃん、呂樹がいると思うわ。だけどこのままじゃきっと、わたしも捕まっちゃう。お願い、ポン子ちゃん。わたしたちを助けて」
ポン子はソフィーの、あきらめたような顔を思い出しました。炎につつまれて、消えていくすがたを思い出しました。
「わかったわ。でも、呂樹はいったいどこにいるの? 花子ちゃんは、どこに引っぱられる感じがするの?」
「それは――」
「それはわたしからお話しするわ」




