二月の話 ~てんぐのサルタヒコ~ その3
サルタヒコが飛びかかってきました。きららがポン子の前に出て、思いっきり吹雪をあびせかけます。氷のつぶてが、きらめきながらサルタヒコを襲います。
「ふはは、こんなもの、はねかえしてくれるわ!」
サルタヒコは手に持っていたうちわを、ぶうんっと力強くあおぎました。とたんに吹雪が押し戻されます。
「ひゃあっ、冷たい、凍えちゃうよ!」
「あいつのうちわ、吹雪をはねかえすことができるの?」
ぶるぶるふるえるポン子に、ミイコが力強くいいました。
「それなら、にゃあの出番にゃね」
ミイコがネコのように空高く飛びあがり、空中でポンッと巨大なトラに変化したのです。
「これなら、はねかえせないにゃよ!」
ミイコのするどい爪が、サルタヒコめがけてふり下ろされます。しかし、サルタヒコは少しも怖気づくことなく、ミイコに向かってうちわをあおいだのです。とたんにミイコは煙につつまれて、変化がとけてしまいました。
「にゃにゃ? なんでだにゃ?」
「ばかめ、そのような子どもだましがこのわしに通用するか。わしのうちわは、どんな妖術も打ち消し、はねかえすのじゃ」
サルタヒコがミイコをガシッと捕まえ、一本だたらがすぐになわでしばります。
「にゃにゃにゃ、なんだこれ、変化できないにゃ」
「妖怪封じのなわじゃ。これにしばられたものは、妖術も使えず逃げ出すこともできん。さあ、まずは一匹」
サルタヒコがにやりと笑いました。
「ミイコちゃん!」
きららが一本だたらに吹雪を放ちますが、サルタヒコがうちわで吹雪をそらしました。さらに、むつみさんが首をグーッと長くのばして、きららをぐるりと取り囲んだのです。
「しまった、逃げられないわ」
そのまま首をなわのようにして、むつみさんがきららを捕まえました。きららは逃げ出そうともがいていますが、すぐに一本だたらにしばられてしまったのです。
「てやんでぃ、こうなりゃおいらが!」
「ばか、サトル、考えずに突っ走っちゃダメ!」
ポン子の叫びを無視して、サトルは銀の十手で一本だたらに挑みかかりました。一本だたらは真っ黒な十手で、サトルの十手をはらいのけました。
「うわっ、オヤジさん、それは」
一本だたらはその黒い十手を、サトルに向けました。とたんに黒い十手から、何本もの黒いへびが現れたのです。サトルは急いで、一本だたらの心を読もうとしました。
「あれ、なんででぇ、心が、読めねぇ」
「愚か者が、クロガネはすでに、呂樹の呪符によってあやつり人形と化しているのだ。呪符がはられている限り、クロガネに心などない。あのろくろ首も同じことじゃ」
黒いへびはうごめきながら、サトルのからだに巻きつきました。もがけばもがくほど、へびはからだにからみつきます。
「くそっ、動けねぇ」
そのまま一本だたらは、妖怪封じのなわでサトルをしばりました。
「くははは! さあ、あとはお前たちだけだ」
しかし、ポン子とクルルのすがたはどこにも見えません。サルタヒコは森の中を見わたしましたが、森はしんと静まりかえっています。時おり冷たい風が、木々の間をかけ抜けます。
「ふんっ、逃げたか、それともかくれているのか? まあいい。まだ時間はたっぷりある。かくれんぼにつきあってやろう」
大またに歩いて二人を探すサルタヒコを、木のかげにかくれて、ポン子とクルルが見ていました。クルルが小声でたずねます。
「どうしよう、あたし、妖術なんてなにも使えないし、あんなやつに勝てっこないよ」
「シッ、静かに。……クルルちゃん、よく聞いて。あたしに考えがあるの」
ポン子はクルルに、ごにょごにょとなにか耳打ちしました。クルルのくちばしが、開いたままふさがりません。
「本当に? うまくいくかな」
「うまくいくかは、やってみないとわからないわ。でも、ミイコはうまくやっていたんだし、あたしたちにだってできるわよ」
がさがさっという音がしたので、サルタヒコがふりかえりました。そこにはポン子が、ぬれ羽ガラスのかさを剣のようにかまえて、サルタヒコをにらみつけていたのです。
「ほう、もうかくれんぼに飽きたのか。まあいい。探す手間が省けたというものよ」
「それはどうかしら」
鼻で笑うポン子に、サルタヒコはまゆをつりあげました。
「挑発のつもりか? それともなにか、わなでもはっているのか。まあいい。お前のようなこわっぱが、わしに勝てるはずがないからな。まずはその変化をといてやろう!」
サルタヒコはうちわをぶんっと、力強くあおぎました。木をなぎ倒さんばかりの突風が、ポン子を襲います。ポン子はぬれ羽ガラスのかさを開いて、足をグッとふんばりました。
「むっ、変化がとけぬだと?」
サルタヒコが、金色の目を見開きました。ポン子はベーっと舌を出して、バカにしたようにさけびました。
「ぬれ羽ガラスのかさは妖術から身を守ってくれるのよ。そんなことも知らなかったの?」
サルタヒコの赤ら顔が、ますます真っ赤になっていきます。うちわを投げ捨て、つばさをバサバサッと羽ばたかせました。
「この小娘が、いわせておけば!」
ものすごい速さで、サルタヒコがポン子に飛びかかってきました。ポン子は転げるようによけると、ぬれ羽ガラスのかさを閉じて、森の中をかけぬけていきます。
「おのれ、待て、待たんか!」
「てんぐさん、こちら♪ 手のなるほうへ♪」
手をたたいてはやし立てるポン子を、サルタヒコはおにのような形相で追いかけまわします。完全に頭に血が上っていたため、いつの間にかクルルのすがたが見えないことに、サルタヒコはまったく気がつきませんでした。
「はぁ、はぁ、おのれ、ちょこまかと逃げおって。もう許さんぞ。クロガネ、お前もこっちに来て手伝え!」
一本だたらがサルタヒコに近づきました。ぎゅっと黒い十手をにぎりしめて、何匹もの真っ黒なへびを作り出します。サルタヒコがにやりと笑いました。
「ふん、てこずらせおって。だが、これでもう鬼ごっこは終わりだ。クロガネ、さっさとあの子だぬきをとっつかまえんか!」
一本だたらはわずかにうなずきました。そして、真っ黒なへびをあやつって、一気にサルタヒコにまきつかせたのです。
「なにっ、クロガネ、なにをする!」
「まだわからんのか。わしはもうあやつられてはおらん。クルルちゃんがわしとむつみにはられていた呪符を、はがしてくれたんじゃ」
一本だたらの頭の上には、小さなハチが飛んでいました。むつみさんが、サルタヒコのうちわでハチをあおぐと、ポンッという音とともに、クルルがその場に現れたのです。
「そうか、あの化けだぬきはおとりで、変化したもう一匹が、クロガネたちの呪符をはがしたということか」
サルタヒコは無念そうに、がっくりと肩を落としました。一本だたらとむつみさんが、急いでサルタヒコを妖怪封じのなわでしばります。
「よかった、うまくいったのね」
「うん、ポン子ちゃんの作戦のおかげだよ。さ、あとはあの呂樹っていうやつだけね」
ポン子がうなずいたときです。
「ポン子ちゃーん、みんなー」
リンコ先生とウサミさん、それにジロリが、手をふりながらかけてきます。ポン子も手をふりかえします。
「みんな、てんぐのサルタヒコをやっつけたわ」
得意そうなポン子の声をさえぎって、リンコ先生がどなりました。
「そんなことより、今すぐ来て! 町が、出雲町が、大変なの!」
「大変って、いったいなにがあったの?」
リンコ先生が、険しい顔でいいました。
「あの呂樹って陰陽師、本当に戦争を起こす気だわ。人間と、妖怪たちの戦争を」
森の中を、冷たい風がかけぬけて、ポン子は思わずみぶるいしました。
「コン兄ちゃん、あたし、いったいどうしたらいいの?」




