二月の話 ~てんぐのサルタヒコ~ その2
出雲のお山は、お祭り騒ぎのように、たくさんの妖怪たちであふれていました。みんな、一本だたらの鍛冶場のほうから逃げてきているようです。鍛冶場に行く途中の森も、木々がざわめき、まるでおびえているようでした。
「いったいなにが起きてるの?」
逃げていく妖怪を捕まえて、ポン子がたずねます。
「やばいって、真っ白な着物の男が、妖怪たちに変なお札はってるんだ。はられたやつらはみんな、動けなくなっちまうみたいなんだ。もうお山はおしまいだ!」
その妖怪は、叫びながら逃げていきました。ポン子は青い顔でコン兄ちゃんを見ました。
「どうしよう、コン兄ちゃん」
「あわてるな、呂樹がかけた術なら、たぶんおれがとけるはずだ。とにかく今は、呂樹を止めることが先決だ。行くぞ」
コン兄ちゃんが走り出したので、あわててポン子も続きます。
「ポン子ちゃん、どこ行くの!」
ふりかえると、クルルが心配そうにポン子を見ていました。サトル、きらら、ミイコも一緒です。
「そっちに行ったらだめでぃ! ポン子ちゃんも捕まっちまうぞ」
サトルが大声でいいました。ポン子も負けじと、大声でいいかえします。
「あいつはあたしとコン兄ちゃんが止めるわ。だからみんなは早く逃げて」
「止めるって、どうやって?」
きららが落ち着いた声で聞きかえしました。
「どうやってって……」
ポン子は言葉につまってしまいました。
「ポン子ちゃんとコン兄ちゃんだけで、あんなすごい術を使う人、止められると思う?」
「それは、わかんないけど、でも、とにかくやらないと、出雲のお山が、あたしたちのふるさとがめちゃくちゃにされちゃうのよ」
きららはすずしげな顔で答えました。
「そうじゃなくて、ほら、わたし雪女だから、あいつらを止めるのに役立つわよってことよ」
ぽかんとしているポン子に、ミイコもにやりと笑いました。
「にゃあも妖術が使えるにゃ。それに、運動神経はポン子ちゃんには負けないにゃよ」
「おいらだって、相手の心が読めるんだから、ぜってぇ役に立つと思うぜ」
まん丸の目をさらにまるくするポン子に、クルルがくちばしを鳴らしました。
「ポン子ちゃんだけに戦わせるなんて、そんなことできないよ。ポン子ちゃんだけじゃなくて、あたしたちにとっても、出雲のお山は大事なふるさとなんだから」
とまどうポン子の肩を、コン兄ちゃんがたたきました。
「コン兄ちゃん」
「いいじゃないか、仲間は多いほうが心強いからな。だが、かなり危険だぞ。みんな、それでも行くのか?」
コン兄ちゃんの重々しい声に、みんないっせいにうなずきました。
「よし、それじゃあついてきな。はぐれないように気をつけるんだぞ」
「気をつけるのはお前のほうじゃないのか?」
低く、無感情な声が、森の中にひびきました。コン兄ちゃんが素早く森の中を見わたします。
「呂樹、どこだ、どこにいる!」
コン兄ちゃんがどなります。はらはらと雪が降ってきました。二月の冷たい空気が、今さらながら身をつつみます。
「コン兄ちゃん、うしろ!」
突然ポン子が悲鳴をあげました。コン兄ちゃんがふりかえるよりも早く、呂樹がコン兄ちゃんの背中にお札をはりつけたのです。コン兄ちゃんはうずくまり、苦しそうにうめき声をあげました。
「コン兄ちゃん!」
「にげ、ろ……」
呂樹はさらに、何枚ものお札を取り出し、コン兄ちゃんにはりつけていきました。お札がはられるたびに、コン兄ちゃんはからだをびくつかせていましたが、ついに動かなくなってしまいました。
「くくく、これでじゃま者はいなくなった。あとは出雲のお山の妖怪たちをまとめてとらえれば、おれの計画は完成する」
「コン兄ちゃんになにをしたの!」
まるで初めてその存在に気がついたかのように、呂樹は無遠慮にポン子をじろじろとねめつけました。その視線の冷たさに、ポン子の背すじがぞくぞくします。
「お前は確か、化けだぬきだな。サルタヒコのうちわの元になった葉っぱの作り手か。なるほど確かに、強い妖力を感じるぞ」
近づこうとする呂樹に、きららが吹雪をあびせかけました。サトルとミイコが、ポン子の前に立ちふさがります。
「ポン子ちゃんに近づくんじゃねぇ!」
「そうにゃ、あっちいけにゃ」
呂樹はお札を前につきだしました。とたんに呂樹の目の前に、青い光の壁が現れたのです。きららの吹雪は、その壁に当たって防がれました。
「なるほどなるほど、子どもだが強い妖力を持った妖怪たちだ。お前たちも捕らえて、おれのあやつり人形にしてやりたいが、まずは出雲町を支配するほうが先だからな。お前たちの相手はサルタヒコたちに任せよう」
バサバサッと羽の音が聞こえてきました。上のほうから、赤ら顔に長い鼻の大男が、翼をはためかせて降りてきたのです。てんぐのサルタヒコでした。がっしりした両うでには、一本だたらとむつみさんをかかえています。
「一本だたらのおじさん、それにむつみさんまで!」
「この二人はすでに、おれの呪符によってあやつられている。お前の声も届きはしない」
呂樹が高笑いするのを、ポン子はキッとにらみつけました。
「サルタヒコよ、あとは任せたぞ」
「ああ。先に行け。すぐに追いつこうぞ」
呂樹はコン兄ちゃんをかついで、光の中に消えていきました。追いかけようとするポン子たちの前に、サルタヒコが立ちふさがります。
「むだなことはするな。おとなしく我らに従うのだ」
「そんなの絶対にいやよ! コン兄ちゃんを返して!」
ポン子の叫びを聞いて、サルタヒコはほえるように笑いました。
「ならば力ずくでも、我らに従ってもらおう」