二月の話 ~てんぐのサルタヒコ~ その1
二月だというのに、一本だたらの鍛冶場は、まるで夏場のようなうなる熱気につつまれています。出雲のお山の妖力を含んだマグマを、たっぷり流しこんだ炉から、一本だたらは枝分かれした木を取り出しました。
「ふうむ……」
真っ赤に燃えた炉から取り出したのに、その木はこげてすらいません。一本だたらは手に真っ黒な十手を持って、なにやら念じています。すると黒い十手から、もやもやとした黒いけむりが湧き出てきたのです。そのけむりを木にまとわりつかせて、一本だたらはポン子のくるりん葉を取り出しました。
「さあ、これで仕上げじゃ!」
一本だたらはかけ声とともに、木にくるりん葉をはりつけたのです。黒いけむりが木とくるりん葉をつつみこみます。そして次の瞬間には、巨大なうちわに変わっていたのです。うちわから、パチパチと火花がはじける音がしました。一本だたらはできたてのうちわを持ったまま、トントントンッと一本足で外へ出ていきました。
「ちょうどいい、くもっているようじゃな」
一本だたらの言葉通り、空はどんよりと雲がかかっていて、今にも雪が降ってきそうでした。開けた場所に出ると、一本だたらは空に向かって、うちわをぶうんっとあおぎました。うちわからとどろくような風が巻き起こり、頭上にかかっていた雲がふわりとゆれて、消し飛んだのです。つるつるの頭を手でなでてから、一本だたらは息をはきました。
「ふう、ようやく完成したわい。……さあ、約束の品じゃ。受け取るがよい」
鍛冶場の中へ戻ると、一本だたらは奥にいたサルタヒコに声をかけました。一本だたらから巨大なうちわを受け取り、サルタヒコは確認するようにうちわを調べはじめました。
「本当に戦うのか、サルタヒコ」
サルタヒコのほうを見ずに、一本だたらがたずねました。サルタヒコも、顔をまったくあげずに答えました。
「昔のわしとは違うぞ。今は力を持った協力者と一緒だからな」
「協力者? 一匹狼だったおぬしにか」
一本だたらがサルタヒコに目をやりました。サルタヒコも顔をあげ、ほえるような笑い声をあげました。
「そうよ。すでに出雲町を我らの支配下に置く計画も整っている。いずれはこの国全てもな。そこでだ、クロガネよ、そろそろはっきりさせてもらおうか。お前は我らに協力するのか?」
そばで二人のやり取りを見ていたむつみさんが、ごくりとつばを飲みこみました。一本だたらはため息まじりに答えました。
「前に伝えた通りじゃ。わしはおぬしのうちわを再生させはしたが、それ以上の協力はせん。出雲のお山の妖怪たちもそうじゃろう。人間たちと争うより、人間たちと共存することをわしらは選んだのじゃから」
サルタヒコの金色の目が、カッと見開かれました。赤ら顔が、さらに真っ赤に染まっていきます。
「なるほどな。だが、お前の妖力は我らにとって必要だ。力ずくで協力してもらおう」
とたんに一本だたらのうしろに、真っ白な着物を着た男が現れたのです。不意をつかれた一本だたらに、男は文字がびっしり書かれたお札をはりつけました。
「ぐっ、ぬぬぬ……」
一本だたらはうめき声をあげながらも、ぎゅうっと黒い十手をにぎりしめました。黒い十手から、さらに真っ黒なへびが、何匹も現れたのです。シャーッといかくしながら、へびがサルタヒコと着物の男に飛びかかりました。
「ほう、封魔の呪符をはられても、まだ動けるとはな。さすがは歴戦の妖怪だ。だが、このおれには及ばんな」
着物の男のすがたが消え、一瞬で一本だたらのうしろに回りこみました。一本だたらが反応するよりも早く、着物の男はさらに何枚ものお札をはりつけたのです。
「ぬ、ぬうう……」
ついに一本だたらは、その場に倒れこみ、動けなくなってしまいました。逃げようとするむつみさんにも、着物の男はお札をはりつけます。むつみさんは思いっきり首を伸ばして、鍛冶場の外に叫びました。
「ジロリ! 早く逃げなさい!」
むつみさんもお札の力で、首を伸ばしたまま動けなくなってしまいました。鍛冶場の外から、バタバタと足音が聞こえます。
「ふん、逃げたところでむだよ。出雲のお山一の力を持つクロガネをとらえたのだ。すぐに他の妖怪たちも、おれのあやつり人形にしてやる。この呂樹様のな」
着物の男、呂樹は、高笑いしながら、サルタヒコとともに鍛冶場を出ていきました。
「ポン子さん! 大変です、親方が」
肩で息をしながら、ジロリがポン子の巣穴に飛びこんできました。ポン子と、一緒に巣穴で暮らしていたコン兄ちゃんが、急いでジロリにかけよります。
「いったいどうしたの、一本だたらのおじさんに、なにがあったの?」
ジロリは大きな一つ目をうるませながら、さっきあった出来事を二人に伝えました。コン兄ちゃんは口を一文字にむすんでいましたが、やがて口を開きました。
「よく伝えてくれたな。あとはおれたちに任せるんだ。リンコさんの住んでる病院はわかるか?」
「うん、知ってるよ」
「よかった、それじゃあ君はリンコさんとウサミさんを呼んできてくれるか。呂樹と戦うなら、あの二人の力もいるからな。ポン子、それにジロリも、早く人間に変化するんだ」
コン兄ちゃんにいわれて、ポン子はあわててくるりん葉をとってきました。
「ポン子、ぬれ羽ガラスのかさも持っていけよ。ぬれ羽ガラスの羽は、雨だけじゃなくて、たいていの妖術から身を守ってくれる効果があるんだ。どんな術を使ってくるかわからないからな、用心に越したことはない」
ジロリは二人におじぎして、町へと走っていきました。そのすがたを見届けてから、コン兄ちゃんはいいました。
「よし、行こう。おれたちで出雲のお山を守るんだ!」