一月の話 ~呪われたつくも神~ その3
「すまんなポン子、これでもだいぶ急いだんだが。大丈夫だったか?」
コン兄ちゃんがポン子の巣穴にたどりついたのは、ソフィーが来てから丸一日経ってからでした。いつもと違い、今日は、真っ白な着物を着ています。陰陽師の正装なのでしょうか。がっしりした旅行かばんを巣穴の入り口において、コン兄ちゃんは中をのぞきこみました。
「……ポン子?」
ポン子のすがたが見えません。コン兄ちゃんは巣穴の中をひとしきり見まわしました。
「あ、コン兄ちゃん、久しぶり」
巣穴のすみにうずくまっていたポン子が、ぼそぼそっといいました。そばにはソフィーがちょこんとすわらされています。
「ポン子、お前、人形から離れてろっていったじゃないか!」
コン兄ちゃんはすごい勢いでソフィーをつかんで、巣穴の外に投げ捨てました。
「コン兄ちゃん、なにやってるの! ソフィーちゃんは、そのお人形さんはたましいが宿ってるんだよ」
「そんなことはわかってる。たましいどころか、ムカムカするほどの悪意がこめられてるじゃないか。おれが電話したときよりも、さらに悪意が強くなってる。ポン子、お前気がつかなかったのか?」
ポン子は弱々しく首をふりました。コン兄ちゃんはポン子のすがたを見て、息をのみました。からだじゅうにあざができて、ぐったりと寝そべっていたのです。
「ポン子、お前、いったいなにがあったんだ?」
「さあ、普通だよ。ただ、いつもよりちょっと運が悪かったかな。森を歩いてると大きな木がいきなり倒れかかってきたり、足を踏み外してがけから転落したり」
言葉を失うコン兄ちゃんに、ポン子は力なく笑います。コン兄ちゃんは旅行かばんの中から、大きなビンを取り出しました。ふたを開けると、中からお酒のにおいがただよってきます。その中身を、ポン子にドバドバとかけたのです。
「きゃっ、コン兄ちゃん、なにするのよ!」
いきなりのことに抗議するポン子を見て、コン兄ちゃんはほっとしたように笑いました。
「よかった、悪い気はなくなったようだな」
コン兄ちゃんにいわれて、ポン子はからだが軽くなったことに気がつきました。
「どうして? さっきまで、すごいだるくて疲れてたのに」
「これは神社にお供えしていた、神の酒だからな。悪い気をはらうことぐらいは簡単さ。あとはあの人形だけか」
コン兄ちゃんがソフィーに近づいたので、ポン子はあわてて前に立ちふさがりました。
「ダメッ! コン兄ちゃん、ソフィーちゃんにひどいことする気でしょ。そんなのダメよ」
「ポン子、そこをどくんだ。早くたましいを浄化しないと、手遅れになるぞ」
「たましいを、浄化? それってたましいを消すってこと? だめよそんなの。せっかくたましいが宿ったのに、それを消してしまうなんて」
「けれど、その人形が呪いをふりまくのは事実だ。それに、呪いをふりまけばふりまくほど、その子は罪を重ねていくんだぞ」
ポン子は思わずソフィーをふりかえりました。ソフィーはうつむいています。心なしか悲しそうに見えます。
「だから、たましいを浄化して、また生まれ変われるようにしてやったほうがいいんだ。このままだとたましいは永遠に、呪いにとらわれたままになってしまう」
「でも」
なにかいおうとしたポン子のしっぽを、ソフィーが引っぱりました。
「ポン子さん、もういいんです。わたし、もう覚悟はできてますから。これ以上みんなにめいわくはかけたくないんです。ポン子さんにも……」
からだをふるわせるソフィーを見て、ポン子はもうなにもいえませんでした。
「じゃあ、はじめよう。大丈夫だ。君はちゃんと浄化できるよ。……すまなかったな」
ソフィーは深くおじぎしました。
ソフィーの浄化は、ひょうしぬけするほど簡単なものでした。巣穴の外で、枯れ木や枯れ草を集め、ソフィーをその真ん中に置きます。そして、先ほどのお酒をかけて、火をつけたのです。お酒をかけたからか、炎は一気に燃えあがり、ソフィーのすがたは見えなくなりました。煙が空高くまで昇っていきます。
「……これで本当によかったのかな」
煙を目で追いながら、ポン子がぽつりとつぶやきました。
「煙が、どんどん空に昇っていってるだろ。あれがソフィーのたましいなんだ。悪い呪いが、炎で浄化されて、罪からも開放されて、たましいが空へ帰っているんだ。……きっとあの子は、次に生まれ変わるときは鳥になっていると思うよ。翼で、どこまでも自由に飛んでいける、そんな鳥になっていると思う」
ポン子はコン兄ちゃんを見あげました。
「コン兄ちゃん、意外とロマンチストなんだ」
「うるせえな。まあでも、これではっきりした。呂樹は、この町に来てたんだな」
「呂樹ってだれ? いったいどういうこと?」
ポン子にきかれて、コン兄ちゃんは頭をかきながら答えました。
「こないだ、おれが陰陽師の修行をしているってことは話しただろ。そのときに、人間と化けぎつねの子供がいるって話もしたよな。その子供のゆくえが最近になってわかったんだ。それが今いった呂樹ってやつなんだよ」
「その人はいったい何者なの?」
目をぱちくりさせるポン子に、コン兄ちゃんは続けました。
「呂樹は陰陽師として育てられたが、もともと妖怪の力も持っている。そしてその陰陽師の力と、妖怪の力を使って、人間に害を与えようとしているんだ。そしてそのために、新しい妖怪を創りだしているんだよ。ソフィーも、それにお前が出会ったっていう、トイレの花子さんもそうだ。呂樹に創り出されて、たましいを与えられた存在なんだ」
「ひどい、そんなことのために、ソフィーちゃんにあんな悲しい思いをさせたなんて」
牙をむき出しにしてうなるポン子を見て、コン兄ちゃんはひげをそっとなでました。
「おれたちも同じ気持ちさ。それで、呂樹をずっと探していたんだ。まさか出雲町に潜んでいるとは思わなかった。ポン子、お前の力も貸してくれるか? あいつはきっと、出雲のお山を支配しようとしかけてくるはずだ。出雲のお山の妖怪を従えるためにな。だから、おれたちでお山を守らないと」
コン兄ちゃんの言葉に、ポン子は何度もうなずきました。
「もちろんよ。ソフィーちゃんにちかって、その呂樹とかいうやつをやっつけるわ!」