四月の話 ~カッパのシャンプー~ その3
浴場に入ってきたのは、こしまで届く、長い髪のお姉さんでした。つり目でスッとした顔つきの美人さんです。お姉さんはクルルに目をやると、にこっと笑いかけました。
「あら、今日は一番風呂じゃなかったのね。かわいらしい先客さんがいたみたい」
ポン子がお姉さんに気がつき、手をふりました。
「あっ、リンコ先生、久しぶり」
「ポン子ちゃんもいたのね。あっ、じゃあこの子、ポン子ちゃんのお友だち?」
「うん。クルルちゃんっていうの。そうだ、ちょうどよかった。リンコ先生、クルルちゃんにシャンプーしてあげてくれる? クルルちゃん、シャンプーに興味あるんだって」
それだけいうと、ポン子は再び「うぇーい」と声をあげます。しかし、クルルは気が気ではありません。お皿がばれないように、あわてて頭に手を当てました。しかし、リンコ先生は気にしない様子で、クルルを手まねきしました。
「ポン子ちゃん、どうしよう」
「心配しないでも、大丈夫だよー、はー、ごくらくごくらく♪」
まじめに聞いてくれないポン子を、クルルはうらめしそうに見ます。すると、リンコ先生がそばにきて、クルルの手を取りました。
「ほら、おいで。わたしがシャンプーしてあげるわ」
リンコ先生はクルルを引っぱって、鏡の前にあるいすにすわらせました。おっかなびっくりで固まっているクルルをよそに、リンコ先生は細長いつつのような容器に手をのばしました。
「ほら、これがシャンプーよ」
リンコ先生がシャンプーの容器を押して、どろっとした液体を手のひらの上に出しました。それを手であわだてながら、クルルにささやきました。
「さ、それじゃあ目をつぶってごらんなさい」
いわれたとおりに目をつぶると、リンコ先生の指が、わしゃわしゃとクルルの髪をマッサージしていきます。甘くやさしいお花の香りが、あたり一面にただよいます。
――あぁ、お花のいいにおいがするわ。なんのお花かしら? かいだことないけど――
クルルの疑問に答えるように、リンコ先生が教えてくれました。
「いいにおいでしょう。これ、ラベンダーって花の香りなのよ」
「ラベンダーっていうんだ。初めて聞く名前だわ。でも、すごいいいにおい。ありがとう」
ふにゃっと力が抜けるクルルに、リンコ先生がいいました。
「さ、それじゃあしあげよ。目をつぶったままでいてね」
ザバッと頭に、温かなお湯がかけられました。ラベンダーの香りが、からだじゅうに広がります。
「はぁ……。いいにおいだわ。これがシャンプーなんだ」
甘い香りにつつまれたまま、クルルはしばらくぼーっと鏡を見ていました。鏡にはリンコ先生のうしろすがたが映っていましたが、クルルは目をぱちくりさせました。
――あれ、今のって、もしかしてきつねの……耳――
リンコ先生はポン子にあいさつして、お風呂の中に入ってしまいました。もう耳は見えないので、もしかしたら錯覚だったのかもしれません。クルルはハッと、シャンプーの容器を手に取りました。
――そうだ、この液体を、あたしのお皿に入れれば――
クルルはシャンプーを自分のお皿に入れました。すると、さっきよりももっと強いラベンダーの甘いにおいが、からだいっぱいに広がったのです。それはまるで、お花のベッドに全身で飛びこんだような気分です。うっとりしているクルルに、ポン子がお風呂からあがってしゃべりかけてきました。
「ごめんごめん、のぼせちゃってたわ。それで、どうだった? シャンプー気持ちよかった?」
「うん、これ、すごいよ。もう、全身お花につつまれたみたいだったわ、ポン子ちゃん、ありがとう」
「喜んでもらってよかったわ。あー、それにしても、いいお湯だった」
ポン子はぐーっとのびをして、お風呂場から出ていきます。クルルもあわててあとを追いました。お風呂から出ても、ラベンダーの香りはクルルを優しくつつんだままでした。
――でも、リンコ先生のあの耳、あれってやっぱり――
そんなことを考えていると、番頭のクズハお姉さんが、ひょいっと奥から顔を出しました。
「ふふ、温まったかしら? ポン子ちゃん、いつものあれはいらないの?」
「あっ、そうだ。クズハお姉さん、お願い。クルルちゃんのぶんもね」
クズハお姉さんはふふっと笑って、再び奥へ入っていきました。戻ってきたときには、ビンに入った飲み物を二つ手に持っていました。
「はい、コーヒー牛乳。お風呂のあとはこれが一番だよ」
ポン子はクズハお姉さんからビンを受け取り、クルルにわたしました。
「これ、人間の飲み物なの?」
小声で聞くクルルに、ポン子はうなずきました。
「ほら、こうやって飲むのが一番おいしいんだよ」
ポン子はこしに手を当てて、コーヒー牛乳を一気に飲み干しました。口をあんぐり開けるクルルに、ポン子がへへっと笑います。
「ほら、クルルちゃんも飲んでみてよ」
ポン子にうながされて、クルルはおそるおそるコーヒー牛乳に口をつけました。
「……おいしい!」
クルルの目が丸くなりました。クズハお姉さんがうれしそうに目を細めます。
「うれしいわ。やっぱりお風呂のあとはコーヒー牛乳よね」
そういって奥へ戻るクズハお姉さんを見て、クルルはまた目をぱちくりさせました。
――えっ、クズハお姉さんも、あれ、きつねの――
「今日のクルルちゃん、なんだかとってもいいにおいがするね」
ポン子と町に行った次の日、カッパ友達たちが、クルルのまわりに集まってきました。
「ホントにいいにおい、ねえ、どんな香水をつけたの?」
「あのね、化けだぬきのポン子ちゃんと一緒に、シャンプーをね――」




