十二月の話 ~トイレの花子さんのクリスマス~ その3
クリスマスの準備で飾りつけられた商店街は、どこを見てもきらきらと輝いて見えました。ですが、たとえそうでなくても、花子の目には全てが輝いて見えたことでしょう。あちこちをきょろきょろしながら、お店をひとつひとつ確認して、ポン子を質問攻めにします。
「ポン子ちゃん、ここ、たくさんお洋服があるわよ。すごいすごい!」
「洋服屋さんよ。花子ちゃんに似合いそうなのが、たくさんあるでしょ」
「こっちはいっぱいくつが並んでるわ! すごいかわいい」
「そこはくつ屋さんだわ。女の子のくつもいっぱいあるし、見ていこうか」
「これって、本だよね! 人間が読むやつ! わたし、初めて見た!」
「本屋さんはちょっと苦手だけど、でもクリスマスの絵本とかあって、かわいいね」
「こっちも、こっちも!」
まるでおどるような足取りで、花子は次から次へとお店の中をのぞいていきます。ポン子はそれぞれどんなお店か、そして見どころなんかも説明します。まるでお姉さんのように得意げです。
「それにこっちからは、なんだかおいしそうなにおいがするわ」
「ホントだ、クリスマス限定のスペシャルクレープだって! 花子ちゃん、これ食べよ」
クレープ屋さんを見つけて、ポン子がさっそくクレープを二人分注文しました。花子がすぐに寄ってきて、興味しんしんにたずねます。
「クレープって、どんな食べ物なの?」
「見ればわかるわ。それに食べたらすぐに好きになるわよ」
やがて、店のお姉さんが温かいクレープを二人に手渡しました。スペシャルというだけあって、なんとも豪勢です。イチゴ、りんご、バナナ、桃にブルーベリーと、たくさんの果物が入って、ホイップクリームもどっさり入っています。
「すごいわ、こんなの初めて。それに、本当はなにか物を『食べる』っていうのは初めてなの」
「そっか、トイレにいたときは、ゆうれいみたいなものだったから、なにかを食べるってこともなかったのね」
ポン子は花子に目配せして、最初にクレープをがぶりとぱくつきました。花子もまねしてかぶりつきます。花子が目をまるくしました。
「おいしい……」
「甘くて、ちょっとすっぱくて、いい香りが口の中いっぱいに広がるでしょ。こんなおいしいものを作る人間が、本当に悪いやつらだって思う?」
花子は首を振りました。その目を見て、ポン子は驚きに声をあげました。
「どうしたの? もしかして、泣いてるの?」
「わかんない。でも、これ食べたら、なんだか、涙があふれて、止まんなくなっちゃって」
花子の目から、青白い光がいくつもいくつもあふれて、そして消えていきました。ゆうれいのときの涙と同じでした。何度も目を手でぬぐって、花子は無理に笑いました。
「おかしいよね、すごいうれしいはずなのに、今、幸せで胸がいっぱいのはずなのに、なんでだろう」
ポン子はなにもいわずに、ただ花子の頭をなでてあげました。花子は目をぬぐうのをやめて、口の中に押しこむように、クレープを急いで食べあげました。ポン子があきれたように笑って、口元についたクリームをふいてあげました。
「そんなに急がなくっても、あたし別に横取りしたりしないよ」
「ううん、違うの。ただ、もしこのまま消えちゃって、このクレープを食べられずに終わっちゃったらって考えたら、怖くて……」
ポン子は笑うのをやめて、真顔で花子を見つめました。静かに、それでもはっきりした口調で花子にたずねます。
「ねえ、花子ちゃん。花子ちゃんは、今食べたクレープの味を、思い出せるよね」
ポン子がなにをいいたいのかわからなかったのでしょうか、花子は首をかしげました。
「それは、もちろん思い出せるけど」
ポン子はうなずき、それから花子にほほえみかけました。
「それと同じだよ。あたしは、クレープの味も思い出せるし、花子ちゃんと出会って、一緒に人間の町で遊んだのも思い出せる。それに、花子ちゃんが本当は人間の町に行きたいって思ってたことも、一歩踏み出したことも、花子ちゃんの涙も、笑顔も、全部思い出せるよ。……あたしが花子ちゃんのことを覚えてる限り、花子ちゃんは消えない。絶対に」
じっとポン子に見つめられて、花子の目からあふれる光の涙が、じょじょに消えていきました。気づいたら花子の目からは、光でなくて本当の涙があふれていました。手で涙をぬぐって、花子はつぶやきました。
「温かい……」
ポン子はニッといたずらっぽく笑って、それから花子の手を取りました。
「ほら、しんみりしてたら、せっかくのクリスマスが台無しだよ。もっといろんなお店を見に行こうよ」
ポン子に手を引かれて、花子もかけあしでついていきます。空からはふわり、ふわりと、雪が舞い落ちてきました。町の中はジングルベルの軽やかなメロディに、人々の楽しげなおしゃべりであふれています。ポン子がふと、空を見あげると、エメラルドグリーンにゆらめくオーロラのようなものが見えたように思えました。それにそりと、何頭ものトナカイも。けれどもポン子は、気にせず街中に視線を戻しました。今日はクリスマス。でも、それ以上に今日は特別な日なのです。花子の初めての出雲町デビューなのですから。




