十二月の話 ~トイレの花子さんのクリスマス~ その1
今日はクリスマス。出雲町では町じゅうにジングルベルが流れて、人間たちはみんなうきうきしています。ポン子はそんな人間たちには目もくれず、コンビニに飛びこんでいきました。
「トイレトイレ、トイレ貸してください!」
ポン子はコンビニの店員さんに、早口でまくし立てました。店員のお姉さんは、申し訳なさそうに答えました。
「ごめんなさいね、トイレ、今故障中なの」
「そんなぁ、もれちゃうよ!」
じだんだをふむポン子に、お姉さんは困ったような顔で続けました。
「でも、近くに公園があるから、そこにならトイレあるわよ。けっこうさびれてて、ちょっと怖い雰囲気だけど」
「お姉さんありがとう」
ポン子は急いでコンビニから出ました。早歩きで、公園を目指します。
「もれるもれる、トイレどこ、どこ。あ、あった、あれだわ」
お姉さんがいっていた公園が見えました。公園にはブランコとすべり台とともに、薄汚れたトイレがあります。ポン子はいちもくさんにトイレにかけこみました。
「ああ、よかった、間に合った」
ポン子はふうっとため息をつきました。トイレをすませて、個室から出ようとしたときです。
「こんにちは、遊びましょ」
ポン子はだれかから呼びかけられました。
「えっ、だあれ?」
「わたしは花子。ねえねえ、遊びましょう。なにして遊ぶ?」
いったいどこから声が聞こえてくるのでしょうか。とまどいながらも、ポン子は聞きかえします。
「なにして遊ぶって、あたし、花子なんて友達いないけど」
しかし、花子はポン子の言葉を聞いていないのか、一人で話を進めていきます。
「なにがいいかしら。おにごっこかしら、かくれんぼかしら。それともやっぱり……首しめごっこ!」
声が終わらないうちに、トイレの壁から、スーッとおかっぱ頭の女の子が現れました。
「わっ、なに!」
目をまん丸にするポン子の首を、花子はがしっとつかんで、そしてすぐに離しました。
「あれっ、あなた、人間じゃないわね」
「そういうあんたは、ゆうれいじゃないの!」
ポン子ににらみつけられて、花子は口をとがらせました。
「なによ、わたしのじゃまをしたくせに。どうして人間のふりなんかしてるのよ、まぎらわしいわね」
「別にいいじゃない、あたしは化けだぬきなんだから」
女の子はポン子をまじまじと見つめました。
「化けだぬきってことは、人間に変化してるのね。へぇ、お兄ちゃん以外の人間を見るの、初めてだわ」
赤い吊りスカートをゆらめかせて、花子はふわふわと、ポン子のまわりを飛んでいます。
「それよりあんた、さっき首しめごっことかいって、あたしの首をしめようとしてきたでしょ。どうしてあんなことするのよ?」
まゆをつりあげるポン子に、花子は平気な顔で答えました。
「だって、わたしたち都市伝説のゆうれいは、人間を呪い殺さないといけないって、お兄ちゃんから教わったんだもん」
「なにそれ、どういうこと? 人間を呪い殺すなんて、どうしてそんなひどいことしようとするのよ?」
「どうしてって、お兄ちゃんからそう教わったからよ」
「お兄ちゃんって、いったいだれ?」
「わたしを創ってくれたお兄ちゃんのことよ。『トイレの花子さん』っていう都市伝説のゆうれいとして、わたしは創られたの。お兄ちゃんはすごいのよ。いろんな都市伝説のゆうれいを創ることができるんだって。真っ白な着物を着てて、背が高くって……」
まるで好きな人について話をするような、花子の口ぶりに、ポン子は背すじが寒くなるのを感じました。
「あんたはただのゆうれいじゃないの? 都市伝説のゆうれいっていったいなによ」
「さあ? わたしまだ生まれたばかりだから、難しいことはわからないわ」
困り顔で答える花子に、ポン子はさとすようにいいました。
「とにかく、他のだれかを呪ったりしたらだめよ。あんたがどんなゆうれいなのかはわからないけど、ともかくその『お兄ちゃん』のいうことは、聞いちゃだめ」
花子はますます困った様子で、ポン子を見つめました。
「でも、それじゃあわたし、消えてしまうわ」
「消えてしまうって、どうして?」
花子はなにかを思い出そうと、目をつぶりながらうでを組みました。
「お兄ちゃん、なんていってたかな。いろいろ難しいこといってたから、あんまり覚えてないんだけど。確か、わたしたちは人間を驚かしたり、呪ったりしないと存在できないとか、そんなこといってたと思うよ。だから、トイレに入ってきた人は呪い殺しなさいって」
ポン子はなにも答えられず、ただ口をあんぐりと開けているだけでした。目の前にいる、からだの透けた小さな女の子が、まるで本当に『化け物』であるかのように思えます。ポン子は首をふって、それから花子に向かい合いました。
「そのお兄ちゃんは間違っているわ。あたしも化けだぬきだけど、別に人間を化かさなくても消えてしまったりしないよ。出雲のお山に住んでる、他の妖怪たちだってそうだもん。だから、あんたも人を呪い殺さなくても、消えてしまったりなんてしないわよ」
「でも、お兄ちゃんいってたもん。人間はわたしたち妖怪やゆうれいを消し去ろうとする悪いやつらだから、こらしめないといけないって。そうしないと、いつか人間たちに消されちゃうだろうって」
花子はさびしそうに笑いました。
「わたし、まだ生まれたばかりだけど、消えちゃうのはいやだよ。せっかくお兄ちゃんに創ってもらったのに、消えちゃうなんて」
花子のからだが、まるで煙のようにゆらめきました。ゆうれいだから当たり前なのかもしれませんが、花子のからだは今にも消えてしまいそうです。思わずポン子は、花子の手をつかみました。ゆうれいなのに、なぜかその手にふれることができました。
「よかった、さわれた。じゃあ、あたしについてきて。人間は悪い人ばかりじゃない、あたしたちとも仲良く暮らせるって、教えてあげるから」