十一月の話 ~化けネコとおにごっこ~ その2
「あっ、ポン子ちゃんずるい! あたしのたこ焼き、食べないでよ」
クルルが身をよじりますが、ポン子がひょいっとたこ焼きを一つつまんで、口にほうりこみました。
「あふっ、あふっ、ああ、おいしい。いいじゃん別に、クルルちゃんだって、さっきあたしのコロッケ食べたじゃん」
「だからって、ずるいよ!」
クルルが非難するように、くちびるをむーっととがらせました。変化していなかったら、きっとくちばしをカチカチカチカチ鳴らしていたことでしょう。
「あたしは一口かじっただけなのに。ポン子ちゃんもうたこ焼き三つ目だよ」
たこ焼きをめぐって、二人がじたばたするのを、きららがにこにこしながら見ています。手にはクレープを持っています。クレープのはしから、真っ赤な具がこぼれそうになっていました。
「……きららちゃん、それ、辛くないの?」
きららが食べているクレープを見て、ポン子がこわごわたずねました。
「え、別に、普通だよ」
きららが首をかしげます。クルルがそれを見て、クレープにぱくっとかみつきました。
「あっ、クルルちゃん!」
ポン子が声をあげました。ポン子の心配そうな顔はよそに、クルルは笑顔で口をもぐもぐさせました。
「へへ、きららちゃんが油断してるからよ。うん、ふわふわの生地で、おいし……辛っ! な、なにこれ、辛い、水、水!」
クルルが口を押さえてバタバタするのを見て、ポン子がおなかをかかえて笑いました。
「あはは、ダメだよクルルちゃん、きららちゃんは辛いもの大好きなんだから。ところで、それ、いったいなにが入ってるの?」
「えーっと、唐辛子と、タバスコと、辛子明太子と……」
クルルの顔から血の気が引きました。ぶるぶるふるえて、今度はのどを押さえます。
「そりゃあ、辛いはずだわ。とにかくなにか飲み物でも飲もう」
「飲み物をお探しでしたら、にゃあのお店はいかがかにゃ?」
女の子の声がしたので、ポン子がふりかえると、そこにはポン子たちと同じくらいの年ごろの、茶色い髪の女の子が立っていました。ふりふりのメイド服を着ています。
「よかった、お店があるんだ。でも、あんた店員さん? なんだか子供みたいだけど」
「そうですにゃ、にゃあが店員さんですにゃ。ささ、どうぞ入ってにゃ」
なかば強引に、ポン子たちは小さな喫茶店に案内されました。ビルとビルの間に、無理やり入りこんだようなつくりです。看板にネコの絵がかけられています。
「は、はやふ、みふ、みふ……」
ろれつがまわらないクルルの手を引いて、店員の女の子とポン子たちは喫茶店の中に入っていきました。カランカランと鈴の音がお店の中にひびきます。ポン子はお店の中を見まわしました。
「あれ?」
お店の中には他のお客さんはおろか、店員さんのすがたも見えませんでした。不思議そうに首をかしげるポン子を、さっきの茶色い髪の女の子が席へ案内します。
「ささ、どうぞこっちへにゃ」
「ちょっと待って、もしかして店員さんって、あなただけなの?」
いぶかしげな声でポン子がたずねます。女の子は、オレンジ色の目をきらきらと輝かせて、うなずきました。
「そうですにゃ。店員さんはにゃあだけですにゃ。ささ、どうぞすわってにゃ。おいしいミルクティーをお出しするにゃ」
「ミルクティーって、前にポン子ちゃんが持ってきてくれた、人間の飲み物よね。あれ、すごくおいしかったわ」
きららが歌うような声でいいました。クルルも、涙目で口を押さえてうなずきます。首をひねるポン子でしたが、クルルの顔が真っ青になっているのを見て、あわてて店員さんにお願いしました。
「じゃあ、ミルクティーを三つお願い」
「かしこまりましたにゃ」
女の子は鼻歌を歌いながら、ミルクティーの準備をはじめました。カチャカチャと食器がぶつかる音が聞こえてきます。ポン子は心配そうにキッチンらしきところを見つめました。アチッと悲鳴が聞こえてきたり、フニャッとさけび声が聞こえてきたり、女の子はずいぶん騒がしく準備をしているようです。
「大丈夫かな、あの子。でも、不思議なお店ね。雰囲気はいいのに、お客さん誰もいないの、もったいないなぁ」
「はやふ、はやふ……」
あぶら汗だらけで、クルルがぴくぴくしています。さすがのポン子もかわいそうになって、クルルの背中をさすりました。
「お水だけでも先にもらおうかしら。ちょっとー、店員さーん」
ポン子の声が聞こえたからか、それとも準備が終わったからか、さっきの女の子が「はーいにゃ」と元気よく返事しました。やがて、お盆にカップを三つのせて、危なっかしい足取りでやってきました。
「ミルクティー三つ、持ってきたにゃ」
女の子が三人の前にカップを置きました。ミルクティーのいい香りが鼻をくすぐります。
「いい香りね、クルルちゃん、熱いかもしれないけど、大丈夫?」
「大丈夫ですにゃ、にゃあはネコ舌にゃから、人肌の温度になってるにゃ」
「いや、あんたには聞いてないし……。しかもなんで売り物のミルクティーをあんたの好みの温度にしてんのよ」
ポン子はあきれたように女の子を見あげました。そんなポン子の視線も気にせず、女の子は「にゃっしっし」と笑っています。
「なんれもいいはら、はやふ……」
クルルはミルクティーを一気に飲み干しました。どうやら本当に人肌くらいの温度みたいです。ポン子たちもこわごわミルクティーに口をつけました。
「どれどれ……わっ、おいしい!」
一口飲んで、ポン子は目をまるくしました。ミルクのまろやかな香りと、優しい甘さが、口の中を満たしていきます。クルルときららも、うっとりした顔をしています。
「すごい、これとってもおいしいわ。香りもいいし、どうやって作ったの?」
「にゃっしっしっし、それはにゃ、この化けネコ印の『バケネ紅茶』を使ったからにゃ」
そういうと、女の子はくるりっとターンしました。とたんに真っ赤なリボンを頭にむすんだ、着物すがたの女の子に変身したのです。
「にゃあの名前はミイコだにゃ。バケネ紅茶はにゃあたち化けネコが飲む分は大丈夫にゃけど、他の妖怪たちが飲んだらどんどん毛が生えていって、化けネコになるんだにゃ」
「えっ、じゃああんたも、妖怪?」
ポン子ががたんっと立ちあがりました。クルルときららも、大きく目を見開いています。
「そうにゃよ。でも、心配しないでいいにゃ。化けネコになりたくなければ、にゃあにタッチすればいいにゃ。おにごっこにゃ」
バカにしたようないいかたに、ポン子がいらだたしげに問いただします。
「そんなの信用すると思うの?」
「信じないなら、化けネコになるだけにゃよ」
ミイコがにゃししと笑いました。くやしげににらみつけるポン子に、ミイコは続けていいました。
「でもにゃあは、おにごっこのおににゃけど、おにじゃないから、おみゃーらが化けネコになりそうだったらタッチさせてやるにゃ。でも、そのときはそのかさと交換にゃ」
ミイコがぬれ羽ガラスのかさを指さします。ポン子はハッとしました。
「あっ、思い出した! あんたあのときの声の!」
「今ごろ気づいたにゃか。にゃあはハチに変化して、おみゃーたちの話を聞いていたんだにゃよ」
「そうか、それであたしたちをつけてきて、うまいことだましてかさを奪おうと思ったのね!」
「その通りにゃ。ついでにこの店も、にゃあの妖術で作った店にゃ」
ポン子は店の中を見わたしました。全て本物とまったく変わらないように見えます。
――もしこれが本当に妖術で作られているなら、こいつ、かなりすごい妖怪だわ――
「それじゃ、ゲームスタートにゃ。おにさんこちら♪ 手のなるほうへ♪」
ミイコが手をふりながら、店から出て行きました。ポン子たちも追いかけます。
「あいつ、どこ行ったの?」
「ポン子ちゃん、見て、お店がなくなってる!」
さっきまでお店だったところが、ビルとビルの間のわずかなすき間に変わっていたのです。やはり妖術というのは本当なのでしょう。
「こうなりゃ絶対あの化けネコを捕まえてやるから!」