十一月の話 ~化けネコとおにごっこ~ その1
人間のすがたに変化したポン子は、出雲町の入り口でクルルときららを待っていました。手には真っ黒なかさを持っています。
「ごめーん、ポン子ちゃん、待った?」
「もう、二人とも遅いよ。早くしないと町で遊べなくなっちゃうじゃん」
ぷくっとふくれるポン子に、きららがふふっとすずしげに笑いました。
「ごめんね、久しぶりに人間の町に行くから、いろいろおめかししていたのよ。ほら、今日のゆかた、素敵でしょ」
きららがくるっとその場でまわりました。真っ白なゆかたには、これまた真っ白なウサギの絵が描かれています。
「素敵っていえば、素敵だけど、でもどっちも真っ白って、見づらくない? っていうか、変化するんだからおめかししてもあんまり変わらないんじゃないの?」
あきれるポン子に、クルルもくちばしをカチカチ鳴らしながらうなずきました。
「そうなのよ、きららちゃんったら、あたしが早く行こうよっていっても、どのゆかた着ていくか全然決めてくれなくって。結局遅くなっちゃったんだよ」
「あら、そういうクルルちゃんは、頭のお皿にどのお花を入れるかでずっと迷ってたじゃない。クルルちゃんこそ、変化したらお皿にどの花入れてても変わらないでしょ」
「変わるよ! お皿にお花入れるのは、おしゃれの意味もあるけど、全身がいいにおいで包まれるから、カッパにとっては大事なんだよ。それに、変化してもお花のにおいは残るんだから」
「それだったら、わたしだっていつも変化したとき、ゆかたの柄は変わらないから、おめかしするの大事なのよ」
「ちょっと待ってちょっと待って、そんなことでケンカしないでよ。ほら、早く変化して」
クルルときららに、ポン子はくるりん葉をわたしました。変化したポン子の髪の毛から、ぴょこんとたぬきの耳が出て、ぴくぴくしています。
「楽しみだなぁ、町についたら、商店街で食べ歩きして、そのあとカラオケ行って、歌いまくるぞ!」
はりきって手をまわすポン子でしたが、いきなりキャッと悲鳴をあげたのです。ちゅうがえりしようとしていた二人が、いっせいにポン子をふりかえりました。
「ポン子ちゃん、どうしたの?」
クルルときららが二人一緒に聞きました。ポン子は手に持っていた真っ黒なかさを、ぶんぶん振りながら逃げ回っています。
「ハチよハチ! ハチが刺そうとしてきたのよ」
ポン子のまわりを、ブーン、ブーンと、ハチが飛び回っています。ポン子がかさで叩き落そうとしますが、ハチはひょいっとうまくかわしました。
「危ないにゃ、そんなもんふりまわさないでにゃ!」
声がしたので、ポン子はクルルたちをふりかえりました。しかし、クルルたちもぽかんとしてポン子を見つめています。
「ねえ、二人ともなにかいった?」
「ううん、あたしはなにもいってないわ。きららちゃんじゃない? 危ないとか、かさをふりまわすなとか」
「わたしもいってないわよ。ポン子ちゃんでしょ」
「なんであたしがそんなこというのよ。今まさにハチにおそわれてるってのに、かさをふりまわすな、なんていわないわよ」
そうこういっているうちに、ハチはブブーンと、ポン子たちから離れていきました。しかしよく見ると、なんだかおかしなハチです。頭の上にリボンのようなものがついているように見えます。気のせいでしょうか?
「よかった、どっか行ったみたい」
ふーっと大きく息をはくポン子を見て、きららがフフッと笑いました。
「もう、笑いごとじゃないからね。ハチに刺されるととっても痛いんだから」
「ごめんね、でも、あわててるポン子ちゃんが面白くって」
「もうっ」
ぷくっとほおをふくらますポン子に、クルルがたずねました。
「ところでポン子ちゃん、このかさどうしたの? 人間の町で買ってきたの?」
「素敵なかさね。ほら、わたしのゆかたによく合いそうじゃない? 黒と白は女の子をおしゃれに見せるのよ」
得意そうにいうきららを、クルルがくちばしをカチカチいわせながら笑いました。
「そんなはずないよ。やっぱりお花の色、ピンクとか、赤とか、黄色とか、そういう色のほうが女の子はかわいく見えるよ。ポン子ちゃんもちゃんとかわいいかさ買わないと、あたしみたいにおしゃれにならないよ」
「あっそう、じゃあクルルちゃんは途中で変化がとけてもいいのね」
ポン子がぷいっと顔をそむけました。
「えっ、どういうこと?」
クルルが目を丸くします。ポン子は真っ黒なかさをくるくるっとまわして、得意げにいいました。
「これはただのかさじゃないの。ぬれ羽ガラスのかさなんだ。前に一本だたらのおじさんに作ってもらったの。すごいんだよ、このかさを持ってれば、雨にぬれても変化がとけないんだ」
「えっ、ホントに? じゃあ、雨の日でもお出かけできるようになったんだ」
クルルは空を見あげました。まだ降り出してはいませんでしたが、どんよりとした雲がかかっています。きららがぽんっと手をたたきました。
「そっか、だから今日は中止にならなかったんだ。雨降りそうだけど、大丈夫かなって思ってたの。雨にぬれて変化がとけたら、人間たちにつかまっちゃうもんね」
「でも、入れるのは一人だけでしょ。ちょっとでもはみ出ちゃったら、雨に打たれて変化がとけちゃうじゃない」
クルルが非難するように、くちばしをカチカチっと鳴らしました。ポン子はチッチッチッと、かっこうよく指をふりました。
「いったでしょ、これはただのかさじゃないのよ。クルルちゃんがいったように、今までのかさはちょっとでもはみ出て雨にぬれたら、だんだん変化がとけちゃってたわ。でも、このぬれ羽ガラスのかさだったら、かさを持っている人につかまってたら、つかまってる人の変化もとけないんだって。一本だたらのおじさんがいってたから、間違いないわ」
「ええっ、そうなの? すごいすごい!」
今度ははくしゅするように、クルルがくちばしをカチンカチンッといわせます。ポン子は意地悪そうな顔でクルルを見ました。
「でも、どうしよっかなぁ、クルルちゃん、あたしのことおしゃれじゃないっていってたし、つれていかないでおこうかなぁ」
「ちょっと、ひどいよそんな意地悪いって! ね、お願い、つれていってよ。あたし、一度でいいから雨の町って見てみたかったの。ね、お願い、きゅうりあげるから」
ポン子はくすくすっと笑いました。
「うそうそ、じょうだんよ。ちゃんと三人いっしょに行きましょう。みんなで遊ぶほうが楽しいもんね。もし雨が降ってきたら、二人ともあたしにつかまってよ」
ポン子のたぬきの耳のそばへと、ブーンとさっきのハチが飛んできました。ポン子がまたもやかさをふりあげます。
「もうっ、しつこいハチね! ほら、あっち行きなさいよ」
「雨が降っても変化がとけないかさにゃか。いいことを聞いたにゃ」
ポン子の耳元で、女の子の声がしました。
「えっ、だれ?」
ポン子がうしろをふりむきました。しかし、だれのすがたも見えません。ただ、ブブブンッとハチの羽音が聞こえてくるだけでした。
「いったいどうしたの?」
きららが不思議そうに聞きました。
「今、だれかの声が聞こえたような気がしたんだけど……ま、いっか。さ、行きましょ。二人とも早く変化して」
ポン子にいわれて、二人はくるっと、ちゅうがえりしました。クルルは人間のすがたに、きららは髪の色が黒く変わりました。
「あっ、ホントだ、きららちゃんのゆかたのがら、そのままだわ」
「クルルちゃんも、なんだかいいにおいにつつまれてるわ。お花のお風呂に入ったみたい」
クルルときららは、おたがいに顔を見合わせ、それから笑いました。そんな三人を、さっきのハチがブブンッと飛びながら見ていました。
「へぇ、他の妖怪も変化させることができるにゃか。そんなやつは初めて見たにゃ。面白くなってきたにゃね」
ハチはそのまま、ブーンとポン子のそばから離れていきました。ポン子たちは気づかずに、いっせいに町へとかけていきました。